「ただ、母と最後のお別れをしたかった。それだけなのに、今の日本ではそれすら叶わないのか、と。あの時の無念を今も引きずりながら生きています」
新型コロナウイルスで母を亡くした天谷さん(仮名・50代)は、涙ながらに訴える。
21年2月、入居する介護施設で感染し、病院で息を引き取った。院内で起きたクラスターの影響もあり、死に目に会うことは叶わなかった。母の死後、兄と一緒にいくつかの葬儀社に問い合わせするも、「感染者の方の葬儀は対応出来ない」と伝えられた。「せめて拾骨と火葬前の立会だけでも」と懇願するも、電話越しにあっさりと断られたという。
その後も母の拾骨や立会いを巡り、葬儀社や火葬場に何度も抗議したが、「ルールだから」の一点張り。最後のお別れを告げたい、という要望は認められなかった。再会が叶ったのは、無機質な箱に収められた遺骨となっての 状態だった。
省庁縦割りの弊害も。いまだ「家族の最後に会えない」コロナ禍での葬儀
新型コロナウイルスの 第7派では、国内の1日当たりの死亡者数は過去最高となった。遺族の悲しみに追い打ちをかけるのが、 その葬儀の実態だ。家族でも火葬に立ち会えないのだという。遺族ら関係者に話を聞いた。
火葬のガイドラインはなんのためにあるのだろうか
遺骨になってやっと再会できた

天谷さんは母親の火葬に立ち会うこともできなかった(写真撮影:栗田シメイ)
これまで国内の新型コロナウイルスでの死亡者累計は43,177人(9月15日時点)。第7派を迎え、死亡者の数は急増した。8月23日には一日の死者数が過去最多の343人を数えている。現在はその数字は落ち着つきを見せているが、「ピーク時の8月中旬には火葬も数日待ちという状況もあった」(都内の葬儀社)という。そして、天谷さんのように、親族との別れも満足に出来ない例も散見された。
厚労省のガイドラインでは通常通りの火葬を推奨
厚労省が2020年7月に発行した、コロナで亡くなった人の処置、搬送、葬儀、火葬などの31Pに渡るガイドラインがある。そこには、「火葬した遺骨に感染リスクはない」との明記がある。その上で、拾骨時の遺骨に感染対策は必要ないこと、火葬従事者に通常どおりの拾骨業務を行うことを推奨している。その後2年が経過するが、遺族からは未だこのガイドラインが徹底されていない、という声も多い 。
管轄である厚労省の医薬・生活衛生局の担当者に聞くと、「なかなかガイドラインが浸透しない現実がある」と嘆く。
「令和2年の7月のガイドラインを制定してから、去年、今年の6月と計3度通知をしています。当省としては当初より、100度以上で焼却した遺骨は感染リスクがない、と明確に打ち出しており、それは今も変わらない。ただし法的な拘束力があるわけではなく、厚労省としては各自治体に徹底をお願いすることしか出来ません。拾骨や火葬に関しては、ガイドラインに従い正確に行い、多くの方に認知して欲しいというのが我々の思いでもあります」
葬儀の後にガイドラインの存在を知った天谷さんの遺族は、火葬場を訪ね、「(自分たちは)濃厚接触者でもなく、PCR検査も受けている」と食い下がった。だが、「拾骨は防護服の着用が義務付けられている」と押し返された。後で再度ガイドラインを確認したところ、そんな内容の記載は存在しなかった。
「母の亡骸は大きなビニール袋に入れられて密閉されていました。特殊な棺桶に入れられて、病院から出棺する際には、顔さえも見られない状況でした。どんな顔でこの世を去ったかも確認出来ていません。霊柩車ではなく、普通のワンボックスカーで事務的に運ばれていきました。そんな状況の中で、葬儀社のスタッフの人達は談笑しながら車のすぐ側でタバコを吸っていたことにも怒りを感じた。葬儀社は、母の遺体に敬意を払ってくれているとはとても思えなく、その態度に一層悲しい気持ちにさせられたんです」
新型コロナによる死亡者を火葬できるのは都内でも少ない
天谷さんの葬儀を担当した葬儀社は、
「基本的に私達は国のガイドラインに沿った葬儀を行っている。それ以上話せることはありません。あとは火葬場さんのご判断に任せている面もあります。今年に入って、去年までとは拾骨の状況は変わってきていますが……」
と話す。
一方の火葬場に取材をすると担当者はこう答えた。
「正直、去年までは拾骨や立会をお断りすることが多かったです。確かに国のガイドラインには『遺骨に感染リスクはない』とありますが、遺族の方が濃厚接触になっていた可能性も高いわけです。火葬は専門的なスタッフが行うため、もしそこでクラスターが発生すれば業務が止まってしまうリスクが生じます。ただし、今年に入り拾骨は希望に沿って可能な限り行うようになっています。これまで遺族の方とトラブルになったという報告もなければ、拾骨に防護服の着用が必須だったという事実もありません」
しかし天谷さんのケースでは、母親はそもそも介護施設に入居している間に感染しており、天谷さんらが濃厚接触者になるわけではない。
新型コロナウイルスで亡くなった者に対応できる葬儀社や火葬場の数は限定的でもある。特に火葬場については、東京都ですら20を切っている。その分特別料金が加算されるため、自ずと遺族はいっそう葬儀に対して厳しい視点を向ける面もある。
都内の葬儀社や火葬場の話しを聞くと、「少しずつノウハウが蓄積されたことで、立会や拾骨の条件を緩和してきた」という。ただし、それは一部のみで、未だに拾骨が叶わない遺族が多いのも現実だ。
「今年に入ってから立会や拾骨を許可する火葬場も出てきています。ただし、それ以上に対応が出来ないという社も目立つ。難しくしているのはガイドラインの制定は厚労省ですが、葬儀社の実質的な管轄は経産省だということ。つまり強制力は持てないということです。葬儀社側からすると、リスクを考慮して仕方ない部分もあるのですが、遺族の方の気持ちを考えればいたたまれなさを感じます」(都内・葬儀社の担当者)
遺体の保管料5万円
今年2月に父を亡くした吉川さん(仮名・40代)も、やはり死別に立ち会えなかった。
コロナに罹患し、病院での闘病の末亡くなった。遺体は火葬場に直行したが、死亡者増から火葬のスケジュールが詰まっており、2日間の空白の時間が生じた。遺体安置に伴う保管料として、約5万円を追加請求されたという。遺骨となった父がようやく生家の敷居をまたいだのは、亡くなってから3日が経過した後だった。
「父が亡くなり、『病院へ迎えにいくことも、火葬場に行くことも遺族はできない』と葬儀社から説明を受けました。どうしても最後のお別れがしたく火葬場に向かいましたが、『葬儀社以外は入れない』と拒否されました。父の死後、母は明らかに塞ぎ込むようになり、いまだ立ち直れていないんです。もちろん葬儀社のルールがあるのは承知していますが、『父は本当にもういないの?』と気持ちの整理がつけられません。今年春に親を亡くした私の友人も、やはり全く同じ状況でしたね」
取材した2人に共通する想いは、「同じような思いをする人がこれ以上増えないで欲しい」ということだ。天谷さんは、自宅の一室に飾られた遺影をみるたび、「私に出来ることはなかったのか」と自責の念にかられるという。母はいったいどんな思いで、世を去ったのかー。叶わなかった最後の対話を求め、時間を見つけては故郷に眠る母の墓を訪れている。
取材・文/栗田シメイ
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