コミュニティをエンパワーメントした“名もなき英雄”

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主人公のパットを演じたのは、『悪魔のはらわた』(1973)や『サスペリア』(1977)、ラース・フォン・トリアー作品で知られるウド・キアー
© 2021 Swan Song Film LLC

ウド・キアーが演じたパットことパトリック・ピッツェンバーガーは、老人ホームで孤独に暮らす偏屈なおじいちゃん。
かつて街一番のヘアメイクドレッサーとして活躍し、女装パフォーマーとしてもゲイバーのステージに立っていた人物だが、今では上下グレーのスウェットに身を包み、静かに余生を送っている。

そんな彼の元に舞い込んだのが、亡くなったかつての顧客が遺言に託した、死化粧の依頼。ゲイとして生き、最愛のパートナーであるデビッドを亡くし、親友だった元顧客と袂を分かったパットの胸には、輝いていた頃のさまざまな思い出が去来する。

本能に突き動かされるようにホームを抜け出した彼は、仕事道具の化粧品を万引きし、立ち寄った美容院で「熱中症予防に」とピンクの帽子を譲り受け、みるみる気高さを取り戻していく。たとえ時代遅れと揶揄されながらも、田舎道をランウェイのように堂々と闊歩する姿は、最高にゴージャスだ。

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バビ江ノビッチ

「私たちのゲイのコミュニティの中には、その時代、その土地によって、パットのような“名もなき英雄”って、必ずいたんです。教科書に載るような人ではないけれど、ポジティブなエネルギーを振りまいて、同世代のコミュニティの人々を確かにエンパワーメントしていた。その生き様やファッションによって、“自分の生きたいように生きていいんだよ”という肯定的なメッセージを発してくれていました」(バビ江ノビッチ)

主人公のモデルになっているのは、トッド・スティーブンス監督の地元であるオハイオ州サンダスキーに実在した同名の人物。まさに、監督にとっての“英雄”だったという。

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トッド・スティーブンス監督
© 2021 Swan Song Film LLC

「故郷のサンダスキーは小さな田舎街だったので、話し方にしても洋服にしても、周りと同化しなきゃいけないみたいな変なプレッシャーがいっぱいありました。男の子は“スポーツ少年でありなさい”みたいなね。僕が実在のパットを知ったのは、9〜10歳の頃。近所を自転車で走り回っていたら、すごくゴージャスな帽子をかぶって長いタバコを吸っているミスター・パットが目についたんです。自信たっぷりに、誇らしげな雰囲気をまといながら、”クィアですけど何か?”といった感じで歩いている。まるで珍しい野鳥を目撃したような感覚になりました。閉鎖的な社会に違和感を覚えていた僕には、ロックスターのように見えたんです」(スティーブンス監督)

そして17歳のとき、勇気を振り絞って地元のゲイバーに足を踏み入れた監督は、きらびやかな格好をして踊るミスター・パットを再び目撃する。

「僕の世界はここにある」

自身もゲイである監督は、そのことを初めて確信したという。