――代表作である「後宮史華伝」シリーズは、架空の凱王朝を舞台にした物語です。個性的な特技を持つヒロインを主人公に、凱王朝の宗室・高一族の関係者との政略結婚から始まる夫婦の愛の物語と、後宮で起きる政治的陰謀の謎解きを絡めながら、読み切り形式で書き続けられています。本作はどのようにして生まれた作品なのでしょうか。
もともと第1部第1巻の『後宮詞華伝』は完全な読み切りとして書いたものです。当初は3、4巻でまとめるなどの構想も予定もなく、続編を意識した作品ではありませんでした。すべては売り上げしだいでしたね。

皇后、女官らのきらびやかで残酷な「後宮」――後宮小説の第一人者・はるおかりのにその魅力を訊く その2〜「後宮史華伝」シリーズの展開と広がり
その1では後宮小説や中国史との出会い、そして後宮というモチーフへの思い入れや魅力を訊いた。今回は、はるおかの代表作である「後宮史華伝」シリーズにスポットをあてて、物語が誕生した経緯やシリーズ全体を通した構想を聞いた。
「後宮史華伝」シリーズの展開と広がり

(『後宮詞華伝』より イラスト/由利子)
運よく続編を書かせていただけることになり、当時の担当編集さんからは『後宮詞華伝』の主役の夫婦をメインに据えて続きを……というお話がありましたが、私が「主役を交代させたほうがよいのではないか」と提案し、第2巻の『後宮饗華伝』につながりました。その際、シリーズとして一貫した形式があったほうがよいということで、毎回ひとつのテーマをヒロインの特技に取り入れること、謎解きをからめてストーリーを作ること、舞台を後宮とその周辺に限定すること、主役のどちらかを皇族にすることなどの縛りを取り入れました。
結果的には読み切りにして正解でした。主役ふたりの続きでは彼らの人生のその後しか描けませんが、主役を交代させることによってさまざまな人の多種多様な生きかたを追いかけ、宗室・高一族の系譜をとおして、王朝がつむいでいく時代の大きな流れを描くことができていると思います。
――衣装や食べ物など、後宮の華やかな生活に関する詳細な設定や描写は、「後宮史華伝」シリーズの読みどころのひとつです。一方で、皇帝の寵愛を競い合う妃たち、あるいは後宮に仕える去勢された宦官たちの愛憎が生み出す血なまぐさい陰謀も物語には登場します。華やかさと陰惨さの双方があることで読み応えが生まれていますが、どのようなバランスを意識されているのでしょうか。
華やかさと陰惨さのバランスにはいつも苦慮しています。第1巻の『後宮詞華伝』はつづける構想がなかったこともあり、ずいぶん手加減をして書きましたね。第2巻の『後宮饗華伝』では終わりのほうに前作の登場人物にとって厳しい展開を書いたのですが、実はこれを書くかどうかはかなり迷いました。当時はコバルト文庫でしたので、少女向けらしく読者を驚かせないよう登場人物にやさしい展開にするか、少女向けの枠にこだわらず、史実のような理不尽な展開にするか、熟考したすえ、後者を選びました。ふりかえってみればこの選択が現在の「後宮史華伝」シリーズの路線を決めたんだと思います。
王朝というのは初期と後期では雰囲気がちがいます。初期は乱世の泥臭さ、前王朝から引きずる血なまぐささがありながらも、新しい時代が勃興していくという期待や希望がにじみ、人びとが活力にあふれて、全体としてはどこか明るさがあります。ところが、王朝が爛熟期を過ぎて滅亡へ向かっていく時期になると、政情が乱れて官界が腐敗し、国の骨格であったさまざまな制度が弛緩して、人びとは退廃的になり、生活は奢侈に流れ、人心はすさみ、その結果としてだんだん雰囲気が暗くなっていきます。
「後宮史華伝」シリーズがおもに描いているのは後者ですので、時代がくだるにつれて華やかさと陰惨さは競い合うようにどんどん加速していきますね。最新刊の『後宮戯華伝』の時点ではかろうじてバランスを保っていますが、このバランスはいずれ破綻します。「後宮史華伝」シリーズが最終的に目指しているゴールはその破綻を乗り越えた地点にあります。
――「後宮史華伝」シリーズはコバルト文庫で第10巻まで刊行された後、オレンジ文庫に移籍して第2部がスタートし、現時点で第2巻まで発売されています。シリーズを通じて特に思い入れが深い巻はありますか?
シリーズの方向性をしっかり見定めた巻としては第1部第5巻の『後宮幻華伝』ですね。この巻から宦官が物語に深くからんでくるようになり、モデルにしている明王朝の大きな特徴である、政治を左右する巨大な宦官組織がより描きやすくなりました。

(『後宮幻華伝』より イラスト/由利子)
それまでは少女向けということで宦官の登場をひかえていたんです。宦官は悪いイメージが強く、その成り立ちに性的な要素があるため、女性読者には気持ち悪いとか、いやらしいとか、不快な存在としてとらえられるのではないかと危惧していたので。みなさんが考える宦官の悪いイメージは、だいたい正しいのですが(明代宦官の残虐さ、悪辣さは中国史のなかでも際立っています)、私はそれだけではないと思っています。彼らにも人生があり、この時代に即した彼らなりの生きかたがあったのだということをふまえて、作中の宦官を書いています。
――主役カップルや脇役を含め、大勢のキャラクターがシリーズに登場します。お気に入りのキャラクターはいますか?
お気に入りというのとはちょっとちがいますが、『後宮幻華伝』のヒーロー役だった高遊宵(こうゆうしょう)は「後宮史華伝」シリーズ全体の流れにおいて重要な存在なので印象深いです。彼は第4巻『後宮陶華伝』から第2部第2巻『後宮戯華伝』まで登場し、皇帝として、あるいは太上皇として、凱王朝の爛熟期を支えました。彼の死とともに王朝の最盛期は終わったといってもよいです。ここから先の凱王朝はどうしても下り坂になっていきますが、私としてはここから先の物語こそ書きたかったものです。
『後宮幻華伝』の宦官、因四欲(初登場時は因少監でした)も鮮明におぼえていますが、いま思えばよい時代に生きた幸せな宦官でした。そういう意味で、彼は「後宮史華伝」シリーズ第1部を代表する宦官ですね。オレンジ文庫に移ってからの第2部に登場する宦官たちの生きかたとくらべると、あまりにも平和でした。それは彼の性格がそうさせたというよりも、時代の雰囲気が導いた結果だと思います。
女性キャラクターなら『後宮幻華伝』のヒロインであった李緋燕(りひえん)が印象深いですね。彼女は皇子を産めなかったにもかかわらず皇太后になり、夫である高遊宵の重祚にともなって皇后に立てられるという経歴の持ち主で、夫亡きあとも後宮に君臨しています。皇帝に愛されていただけでは、これほど長い期間、後宮で地位を保つことはできません。彼女を陥れようとする陰謀もたくさんあったはずです。次々に仕掛けられる罠を乗り越えてきた経験があるからこそ、第2部第1巻『後宮染華伝』に登場した李緋燕は、出過ぎた発言をして皇帝の怒りを買ったヒロインに苦言を呈し、後宮では自分以外のだれもが敵になり得ること、与えられた役割以上の行為をしてはならないこと、後宮における権威の源泉は皇帝の寵愛であることを教えています。
シリーズ全体としては、特定のキャラクターに肩入れすることは基本的にありません。あくまで主役は舞台となる後宮であり、登場人物たちはその都度あらわれて芝居を演じ、自分の出番が終われば観客の前から去る役者にすぎないという認識です。
その3へ続く
その1はこちら
取材・構成/嵯峨景子
後宮詞華伝
はるおかりの

2015年10月30日発売
803円(税込)
文庫判/288ページ
978-4-08-601879-1
継母から冷遇され笑顔を失った淑葉のなぐさめは書法に親しむこと。しかし、その能書の才さえも奪われてしまい……。そんな折、突然舞い込んだのは皇兄・夕遼との政略結婚で!? 中華後宮ミステリー!
後宮饗華伝
はるおかりの

2016年3月1日発売
803円(税込)
文庫判/304ページ
978-4-08-601893-7
発売即重版の『後宮詞華伝』と同じ世界観の作品が登場! 都にある天仙菜館で料理人として働く鈴霞は、ひょんなことから皇太子・圭鷹の正妃に迎えられ!? 身代わり花嫁が謎解く、中華後宮ミステリー!
後宮幻華伝
はるおかりの

2017年3月1日発売
803円(税込)
文庫判/304ページ
978-4-08-608030-9
12人の妃を娶った凱帝国の崇成帝・高遊宵は、妃たちを同じ位につけ、床を共にした者から位を上げると宣言。妃たちは必死に皇帝の気を惹こうとするが、ただ一人、科学好きの令嬢・緋燕はその気になれず……。
後宮染華伝
はるおかりの

2020年6月19日発売
682円(税込)
文庫判/336ページ
978-4-08-680328-1
陰謀渦巻く後宮で繰り広げられる、華麗なる中華寵愛史伝、開幕!
栄華を極める凱帝国に、新しく皇貴妃が誕生した。名は共紫蓮。そのつとめは、諍いの絶えない後宮を治めるため、偽りの寵妃となること。
後宮では、理知的な蔡貴妃と妖艶な許麗妃の派閥に分かれ、常に騒動が起きていた。
身重の皇后は気が優しく、妃嬪たちを制御しきれていなかった。聡明さを買われて入宮した紫蓮は、皇太后のうしろだてのもと、なんとか後宮を統率していった。
皇帝たる高隆青とは、男女の愛はなく、職務上の絆で結ばれているのみ。己の責務を必死にこなしながらも、紫蓮は一抹の寂しさを覚えてもいた。
隆青には、かつて深く寵愛した妃がいた。元皇貴妃たる黛玉は、皇帝の寵愛を一身に受けながらも、大罪を犯して冷宮に送られた。だが、いまだに騒動を起こしては隆青の心を煩わせる。そのいびつな関係は、やがて大きな事件へと発展し……。
妃たちの野心と嫉妬、はかない栄枯盛衰。すべては、絢爛たる後宮が見せる泡沫の夢……。