気持ちがざわついている姿を何度か見た

「家出した僕の妻を2時間説得してくれた」ドキュメンタリー映画『瀬戸内寂聴 99年生きて思うこと』の監督が語る、本当の瀬戸内寂聴【後編】_1

――「人間は愛するために生きている」と公言していた寂聴さんと、どんな恋バナをしていたのか気になります。

最後の3年くらいは、先生が過去に付き合っていた方のお話を突然されることが結構ありました。特に井上光晴さんの話が多かったかなあ。「あんなにおもしろい人はいなかった。でもあんなに嘘をつく人もいなかった」なんて言っていましたね。

小田仁二郎さんは本当に優しくていい人だったそう。同人誌で知り合った小田さんは小説の師匠のような存在だったのですが、「小説家というのは苦しいもの。できれば君にはそんな苦労はさせたくないんだ」と喫茶店で泣いたことがあるそうなんです。それを聞いて僕はすごく優しい人だと思ったんですが、「本当に優しかったら『君がやりたいようにしなさい。小説を書きなさい』と言うはずだ」なんて、妙に冷静なところもありました。

僕自身の話も随分しましたよ。何人か付き合った人を先生に紹介しましたが、ことごとくうまくいかなくて。「あなたに問題があるわよ」と言われましたね。実は別れた妻と再婚をしたのですが、結局、逃げられてしまいまして。たまたま寂庵にいるときに「家を出ます」と電話がかかってきて、びっくりした僕は反射的に先生に電話を代わってしまったんです。そこから2時間くらい説得してくれました。結局「意志が固くてダメだった。彼女は大したもんだ!」って(笑)。自分自身も出奔した人ですからね。先生が説得してダメなら、日本中誰が説得してもダメだったと思います。

「家出した僕の妻を2時間説得してくれた」ドキュメンタリー映画『瀬戸内寂聴 99年生きて思うこと』の監督が語る、本当の瀬戸内寂聴【後編】_2

――「恋に落ちることは落雷と同じで、逃れられない」とも語っていましたが、寂聴さんが雷に打たれる場面を目撃したことは?

それはなかったですが、「あ、先生、この人のことを気に入ったな」ということはたまに感じていました。しかも大抵、かっこいい人なんです。気持ちがざわついている様子は何度か見たような気がします。ショーケン(萩原健一)さんや市川海老蔵さんを好きなことは、よく知られていましたしね。

それだけ気持ちが動くのは、人を思う力が強い人だったからだと思います。瀬尾(まなほ)さんたちスタッフに対してもすごく気を遣う人でしたから。

――監督に恋人のように甘えたり、子供のように無邪気に笑ったりする姿も印象的でした。監督と寂聴さんの関係はどんなものだったのでしょう?

いい答えが見つからないんですよね。本当にどんなことでも話し合える関係でした。肉親だからといって何でも話すわけでもないし、恋人にだって話せないことはありますから……。

「家出した僕の妻を2時間説得してくれた」ドキュメンタリー映画『瀬戸内寂聴 99年生きて思うこと』の監督が語る、本当の瀬戸内寂聴【後編】_3

――親友のような関係?

そうですね。親友という言い方が、一番近かったかもしれないですね。17年間先生と過ごして、嫌な気持ちになることが一度もなかったんです。あれだけの大御所であれば「ちょっとくらい尊敬しなさいよ」と言われそうですが、全然偉そうにしない。初対面の頃からウマが合っていたんだと思います。