「食べる者は最後の料理人」。それが私の信条です。せっかくの素材の良さや、料理人の腕を、自分の食べ方で台無しにしたくない。満喫して食べきりたい。
自分のことで恐縮ながら、若い頃から幾度となくこんなことがありました。お店でラーメンを食べていると、顔見知りでもない店主から「お客さん、ラーメン食べるの上手ですね」とか「美味しそうに食べてくれますね」と声をかけられるのです(もちろん、ほかに客のいないときに)。それで「なにを見てそう感じたんだろう?」「美味しそうってなんだろう?」と考え始めたのでした。
どんな料理にも、より美味しく味わう食べ方があります。
難しいことではありません。誰だって、揚げたての天ぷらを放置したり、寿司飯が染まるほど醬油に浸したり、アイスを1時間かけて食べたりはしませんよね(私はコンビニのおにぎりだって、できるだけ美味しく味わいたい)。けれどラーメンは「どう食べようが自分の勝手だ!」になりがち。よくわかります。ラーメンが強く愛されているからです。誰だって、我が子の愛し方に口を出されたくはないですもんね。
ただ、少なくとも店側やほかの客への迷惑は避けたい。マナーやルールというより、想像力や思いやり。一例としては、店内で「まずい」と口にすると、それが別の店の話でも、他人の耳は「まずい」という音だけを拾ってしまう……など。
スマホ片手でラーメンをながら食べする若者に、カリスマ店主はやさしく説いた
美味しいラーメン店をたくさん知ることより、大事なことがある。それは流行に左右されずにどんな1杯でも楽しめる自分になること。ラーメンを楽しむ基本やヒントを身につけるために、気軽な入門書『教養としてのラーメン』(青木健著・光文社)から一部抜粋・再構成してお届けしたい。
教養としてのラーメン #2 ラーメンの食べ方
ラーメンの食べ方なんて自由だけど…

麺を「丼のどこから抜くか」で味が変わる。
ラーメンと対峙すると、いつも私は「このラーメンはどう食べたら一番美味しくなるだろう」と考えます。それは小料理屋で、黒板の品書きを眺めながら、注文の順番を組み立てるような楽しさ。何十年も続けており、今ではほぼ無意識です。
私は麺を持ち上げることを「抜く」と呼びます。麺は、ただ垂直に持ち上げるのではなく、必ず「引き抜く」ことになるため。これを意識したのは「丼のどこから抜くか」で味が変わるからです。メンマに胡椒が効いている場合、その近くから抜くと、いきなり胡椒の香りがしたり。仕上げにかけられた香味油や鶏油の位置にムラがあれば、抜く場所で味は大きく違います。
ある店主と食事中に「青木君、ピザを裏返して食べてごらん」と言われました。半信半疑でやってみると、チーズやトマトの味と熱さがダイレクトに舌に当たり、より鮮烈な味わいに。食べ方なんて自由だと言いながら、誰もが個人的な先入観や常識に縛られがち。そこから解き放たれれば、楽しみは無限になるのです。
「一条流がんこラーメン総本家」の家元・一条安雪さんの教え
学生時代のことです。先輩の1人が「ラーメンは、漫画雑誌を読みながらじゃないと食えないんだよな」とつぶやきました。驚いた私は、学校近くのラーメン屋さんへ行き、置いてある雑誌片手に真似してみたのです。しかしラーメンにも漫画にもまったく集中できず、二度としていません。最近は漫画もスマートフォンで読めるし、SNSやゲームをしながら食べている人もたまに見かけます。
東日本大震災があったとき、ラーメン店主たちと炊き出しをするため被災地を訪ねました。行列が進み、先頭は高校生。すると彼のうしろに並んでいた中年女性が、高校生の耳のイヤホンを見て「そんなものはずしなさい、失礼ですよ」とたしなめたのです。非常時にも毅然とした精神であることに驚かされました。
四谷三丁目にある「一条流がんこラーメン総本家」では、家元と呼ばれる老店主・一条安雪さんの名調子が名物の1つ。その店でのこと。ラーメンを食べていた若者がスマホを取り出して見始めたのです。家元は笑みを浮かべたまま、彼の前へ行き、静かにこう言いました。
「お兄さん、あなたも将来、父親になったときに、そうやって食べたらダメだって、教える立場になるんだから、そういうことをしてはいけないよ」。
若者は慌てて「ニュースが気になって……」と言い訳をする。「気持ちはわかるよ。でもね、ものを食べるときに片手で、なにかをしながらってのは良くないんだよ。相手に対して失礼になるんだ」。若者は必死に謝り始める。ここで家元の口調が一段とやわらいだ。
ラーメンより大切なこと
「片手間で食べてもいいものもあるんだよ。サンドウィッチ、ホットドッグ、ハンバーガー。こういうものはね、時間がない人やなにかをしながら食べるために生まれたものだから、片手間で食べてもいいんだ」。家元は続けて、鉄火丼と鉄火巻を挙げる。鉄火とは鉄火場=博打場であり、博打をしながら食べるために生まれたのだから、これもいいのだと。
そして最後に「いずれこどもができたらね、あなたが教えてやらなくちゃいけないんだから。結婚したら連れて来なさい」と声を掛けた。若者は照れくさそうな笑顔で帰っていく。怒るのでもなく、張り紙で注意を促すのでもなく、ネットにさらすのでもない、この良質なコミュニケーション。店内じゅうがやわらかな空気に包まれていました。
なかなかできないことですが、大人がすべきことって、本来こういう行動なのでしょうね。
教養としてのラーメン ジャンル、お店の系譜、進化、ビジネスーー50の麺論
青木健

2022年1月18日
1705円
単行本ソフトカバー 192ページ
9784334952884
『教養としてのラーメン ジャンル、お店の系譜、進化、ビジネス――50の麺論』(光文社)
日本人にとっての国民食、ラーメン。お店のこと、味のこと、作り方の話、店主の話、ビジネス的側面、ラーメンファンのこと、ご当地ネタ、歴史などの基礎知識・うんちく・トレンドなど網羅したラーメン全体を俯瞰し見渡す一冊。
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