――吉田さんが「赤い女」に着目したのはなぜでしょうか。
吉田 怪談のなかに「赤い女」の話がよく出てくることは、怪談に詳しい人にはある程度知られていたことだと思います。私は怪談の取材を数千人相手にしてきましたが、「いやに背が高く」「少し昔風(たとえばバブル時代風)の赤い服を着て」「2階や3階の窓から覗いてくる・あるいは窓を覗く姿を外から目撃する」といった細かい点まで一致した女に関する話が、相互にまったく関係ない人たちから出てくることが「おもしろいな」と感じていました。しかも「『リング』が流行ったから貞子のような幽霊が語られる」みたいな、特定作品が先行するイメージとしてあったわけでもない。ではいったいどこから来たのだろうと思って調べはじめたわけです。
すると、遡ると70年代頃から「子殺しの女」のイメージが連綿とあったんですね。怪談で「ひとさらい」といえばかつては男だったのが、いつしか女になった。あるいは口裂け女の赤い服、赤いスポーツカーという特徴が、1980年に赤いスポーツカーに乗って若い女性を誘拐殺人した女性社長の事件と重なってもいて――といった連なりが見えてきたのです。
――70年代のカシマさんや口裂け女から始めて2020年代まで辿ってみて、語られ方には変化がありますか? 拡散に使われるメディアが70年代はクチコミ、80~90年代には雑誌の投稿欄などで、その後2000年代にはネットの掲示板が中心になり、近年はYouTubeやSNSに変わっているとのことですが。
吉田 大枠は変わりません。ただ、その時代のガジェットやプラットフォームに合った語られ方にマイナーチェンジはします。赤い女の話ではないですが、たとえば「隠された集落に迷い込んだ」という「犬鳴村」、「謎の無人駅に迷い込んだ」という「きさらぎ駅」を例に挙げると、「犬鳴村」のエピソードは1990年代初頭のパソコン通信時代にはすでに突撃報告の例があります。でもパソコン通信はノートPCを回線につなげて通信すれば不可能ではないものの、普通は自宅で使うものでしたから、「ふと迷い込んだ」という話には説得力がなかった。それが携帯電話からiモードなどを使って「きさらぎ駅」が2ちゃんねるに投稿されるようになると「異世界に流れ込む」という臨場感を、読み手が得られるようになった。一般に「●●駅」という異界駅の話が流行るのはさらにそのあと、2011年頃からです。以降はTwitterに「迷い込んじゃった」と画像付きでTweetする人が毎年現れるようになった。これはスマホからTwitterで投稿するスタイルがエピソードの中身と一番合っていたからですよね。「赤い女」に関しても、そういう変化はあります。

口裂け女、カシマさん…「赤い女」の系譜から見えるものとは?――時を重ねてアップデートされる恐怖
怪談や都市伝説に登場してきたカシマさんや口裂け女、窓から首ヒョコヒョコ女、アクロバティックサラサラなどを「赤い女」とくくり、その共通点と変化の系譜を辿った吉田悠軌『現代怪談考』(晶文社)。 1.赤い服か白い服を着た 2.長身または異常な大きさ 3.カラダに傷をもつ 4.存在を語るか名前を出すと出現 5.子どもを傷つけるかさらっていく ――こうした特徴を持つ「赤い女」に日本人は何を投影してきたのか。「赤い女」の語られ方はどう変わってきたのか――吉田氏に訊いた。
著名な先行するホラー作品がないのに、なぜか共通したイメージが語られる「赤い女」の謎
異様な背の高さ、下半身の欠損……人々は「赤い女」の何に恐怖しているのか
――「赤い女」は何を象徴していると思いますか。または、何を象徴しているものとして語られてきたのでしょうか。
吉田 ひとつは女性の血ですよね。それも母として子どもを産むことで死んだウブメの系譜に連なる。カシマさんやアクロバティックサラサラにはそれに加え「子殺しの母」といった要素を見ることもできるでは、と考えます。「こわい母」のイメージが70年代くらいから出てくる。それは日本の社会状況とも、ある種リンクしていたと思います。
――というと?
吉田 初期の口裂け女は実は妖怪・怪物ですらない「ただのこわい人」の話でした。それが「おそろしい母親のイメージ」をまとわされていく。これは世の中で専業主婦の教育ママ、母子一体化が進んだ結果かなと。昔の人は母親と子どもがべったりではなく、乳母や家族全体、共同体ぐるみで育てたりしていた。それが戦後、高度経済成長を経て家族は核家族化し、女性は専業主婦化する。住環境の流動化、都市化が進み、必然的に母親と子の一体化が進む。カシマさんが登場する70年代には「母性が崩壊している」という言説を通じて逆接的に「母性が大事だ」ということが語られます。なんでもそうですが、「崩壊している」という言説こそが「それが必要だ」「脅威だ」と声高に強調しているわけですよね。たとえるなら、「お前、頭悪いな」と言う人は自分が頭が悪いと言われることを恐れているから、そう言うように。
もっとも私個人が「口裂け女は怖い母親の象徴」と主張しているわけではなく、むしろ否定的なのですが、ともあれ「教育ママ」への感情の裏返しとして70年代、80年代の人々には「おそろしい母」がもっともしっくりきたのだと思います。
――「赤い女」の身体的特徴についてはどう解釈ができますか。
吉田 非女性的なイメージですよね。江戸時代から塀越しに覗いてくる巨体の女の妖怪としては、けらけら女・屏風闚(びょうぶのぞき)などが想像/創造されてはいますが、背の高さ、大きさの強調はネット怪談の「八尺様」の影響もあるのかもしれません。2000年代以降のやや新しい特徴かな、と。
口裂け女も流行当初は「背が高い」という要素はなかったのが、時代が下ると「大きい女」というイメージが付け足されていきました。統計的に言えば男性に比べて女性がぐんと背が高いということはありませんから、数メートルにも及ぶ巨体の女性は異端なイメージを抱かせるものなのだろう、と。
それから「赤い女」には下半身がないことも多い。テケテケ、カシマさんなどがそうですね。興味深いのは、このふたつは男バージョンも最初はあったのが、いつの間にか男バージョンは駆逐されて女バージョンだけになったということです。トイレの花子さんのように、はじめから女性タイプばかりがクローズアップされたものではない。こうした推移があらわしているのは、下半身が欠損している存在としてこわいのは男より女の方、と感じられた恐怖観ではないか。
ではなぜこわいのか。下半身の欠損とは性器の欠如です。女性器が血まみれになり子どもが産めなくなっている――これはウブメの表象ですよね。産むのだけれども、産めない。そのあらわれだと捉えられるのではないか。
子どもと女性の変化がこれからの「赤い女」を変える?
――デバイスや使われるアプリが変わり、少子化、女性の社会進出が進むなど世相が変わると、またこれからも「赤い女」の細部は変わっていきそうですね。
吉田 たとえば江戸時代には、殺された赤ん坊が化けて出るのはスタンダードな怪談ではありませんでした。飢饉や貧困などの時代背景もあり、子どもの命の重みが今と明らかに違いますから、当時は恐怖の対象になりづらかった。ところが現代においては殺された赤ん坊、虐待された子どもが出てくる怪談が根強くあります。統計的に虐待死の絶対数が増えているわけではありませんが、虐待死への意識の高まり、「許せない」という気持ちは強まっていますからね。そうした意識の産物なのでしょうか。
今後のことは当然まだわからないですが、こういうことがどんな恐怖が生み出されるか、言いかえれば「どんなものが人々にとって恐怖になるか」につながってくるかもしれません。
取材・文 飯田一史
『現代怪談考』
吉田悠軌

発売日 : 2022/1/27
価格 : ¥2,090
出版社 : 晶文社
単行本(ソフトカバー) : 352ページ
4794972881(ISBN-10)
978-4794972880(ISBN-13)
姑獲鳥、カシマ、口裂け女、テケテケ、八尺様、今田勇子――
そのとき、赤い女が現れる。
怪談から読み解く現代史。恐怖の向こう側にあるものとは。
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