始まりは19歳、「完全にファッションだった」
──ここまで全身を改造していると、昔から強い憧れがあったのかと思います。
いや、そうでもないんですよね。最初は19歳のときに入れたタトゥーです。パンクバンドが好きで、肘にクモの巣のタトゥーを入れました。当時は完全にファッションでした。
──その後、身体改造へ進んだのは。
20代後半に、手の甲へシリコンを入れてもらったのが最初です。そこから身体改造というカルチャーそのものに興味が移っていきました。
今は、最先端の改造を自分で試して、経験と知識を得たいんです。アフターケアや身体が治っていく過程は、自分で試さないと分からないですから。
──そこから「眼球までやろう」となるのは、かなり大きな飛躍に思えますが。
実は、僕自身は「どうしてもアイボールタトゥーをやりたい」と思っていたわけではないんです。そこまで強い憧れがあったわけじゃない。
やりたい人はたくさんいると思います。でも、海外に行けば誰でもやってもらえるものではなくて、施術できるアーティストとのつながりも必要なんです。
僕の場合は、たまたまそういう環境にいて、メキシコのアーティスト、ガト―・モレノと出会えた。その出会いが大きかったですね。
世界的アーティストの“作品”になったことが転機に
──ガト―・モレノとは、どうやって出会ったんですか。
メキシコで身体改造の国際会議があって、そこで出会いました。そのときにアイボールタトゥーやイヤーポインティングなどをやってもらったんです。
それからも彼に少しずつ身体を改造してもらって、最終的には僕自身がガトの「代表作」の一つと言われるようになりました。
──その出会いが、この道を極めるきっかけに?
決めたのは後からですね。ただ、ガトの作品になったことで、自分も身体改造のコミュニティに身を置いていくんだと腹をくくりました。
──怖さはありませんでしたか。
怖いですよ(笑)。でも一度経験すると、「これはこういうものだ」と分かってくる。未知ではなくなっていくんです。
取材・文/全夏潤 インタビュー写真/わけとく 写真提供/メジルシ髙倉
#2に続く
<プロフィール>
メジルシ髙倉
福島県出身。実家は神社。高校まで野球に打ち込み、23歳で英国に留学。現在は横浜でバー「HELL BAR」を経営しながら、海外のタトゥーコンベンションに「Meji」の名で招かれている。













