吉田 先に自分の説明をしておくと、アニメ好きのオタク青年が、30年間変わらずに今でもアニメを追いかけていて、ここ20年くらいはアニメイベントの司会をしている人間です。そんな私でも、『オッドタクシー』ほど緻密にできあがっている作品をほぼ見たことがないんです。
此元 そういう意見を聞くと、アニメを知らない自分の見識の狭さが、この作品を生んだんだなと思います(笑)。敢えてこちらから文脈を外したという感じでもないので。
吉田 今、アニメってほとんど製作委員会方式で合議制になっているので、みんなが納得するものじゃないと作りづらいんです。本来はリスク分散のためだったけれど、つまらないものも量産されるようになりました。『オッドタクシー』は、そういう合議制におもねっていない作りですよね。
平賀 少し口を挟むと、設定が動物であるとか、主人公の小戸川含め、こういうキャラクターが出てきますとか、リアルな東京のお話、というようなテーマは木下(麦)監督と私がまとめた企画書にありました。それを此元さんにお渡しして、そこから取りかかったストーリーに関しては、最後のオチも含めて此元さんが書いてくださったという流れです。だから、合議制とはほど遠い(笑)。僕が此元さんから送られてきたシナリオを見て「面白いです」って返信するくらいで。
此元 (合意形成のための)やり取りはほとんどなかったですね。
吉田 まず、(当時の)此元さんは漫画家であるのに、脚本を発注しようとしたアイディアがすごいですよね。
平賀 ちょうど木下監督と企画を進めていたときに此元さんの漫画『セトウツミ』を読んで、「やばい、面白い」と。この人に脚本を書いてもらえれば面白くなりそうだと、連絡先を見つけて連絡したのが最初です。
吉田 『オッドタクシー』の前に、平賀さんと此元さんはお仕事されていない?
此元 はい。当時はまだ『セトウツミ』を連載していた時期だったので、漫画一本でした。

話題のミステリーアニメ『オッドタクシー』の物語はいかにして生まれたのか? ニッポン放送アナウンサー・吉田尚記が、脚本家・此元和津也に迫る!(前編)
動物の姿をしたキャラたちが不穏な物語を巻き起こすミステリーアニメ『オッドタクシー』。本作の大きな魅力である、謎多き物語展開と見事な伏線回収を構築した脚本家・此元和津也に、アニメ好きでも知られるニッポン放送アナウンサー・吉田尚記が迫る!(この対談は、吉田氏・此元氏に加え、P.I.C.S.の平賀大介プロデューサー、ポニーキャニオンの伊藤裕史プロデューサーも同席の元、zoomにて収録を行いました)
アニメのセオリーから外れた『オッドタクシー』の物語を紐解く

『オッドタクシー』は合議制とはほど遠い企画
※この記事には『オッドタクシー』『映画 オッドタクシー イン・ザ・ウッズ』に関するネタバレを含みます! 未視聴の方はご注意ください!

木下麦監督がデザインした可愛らしい動物キャラも作品の魅力のひとつ
アニメかどうかより、物語として面白いかどうか
――此元さんはアニメの脚本にそもそも興味はあったのでしょうか?
此元 面白そうだとは思いました。ただ、できるかどうかは全然わからなかったですね。不安もあったんですけど、平賀さんが「脚本といっても複数で担当する場合もある」と話していて。なるほどと思って進めていたんですけど……途中で気づきました。「一人で書いてるな」と。
一同 (笑)。
吉田 アニメの脚本ってお約束がいっぱいあるんですが、勉強とかされました?
此元 してないですね。
吉田 それってプロデューサーからしてもギャンブルですよね。
平賀 それが、僕もこれまで実写が中心だったのでアニメは詳しくなくて。ただ、企画コンセプト的にも、アニメだからということは意識しすぎないようにしていたと思います。此元さんの脚本を「物語として面白いかどうか」で純粋に判断していました。アニメの知見が必要な部分は、数々のアニメ作品をヒットさせてきた伊藤(裕史)プロデューサーはじめ、ポニーキャニオンの皆さんやアニメーション制作のOLMさんにお力添えいただきました。
吉田 今、その伊藤さんも同席しているのでお聞きしたいのですが、アニメの脚本を書いたことがない此元さんのストーリーに「ん?」とはならなかったんですか?
伊藤 僕は新しいモノが好きなので、別に違和感はなかったですね。プロットも企画書も面白くて。ただ、他の会社だとこの企画は通らない可能性は高いです。
吉田 確かに、アニメ制作の常識からするとけっこう弱点が多いと思います。
伊藤 そうなんですよ。深夜アニメのビジネスをやるときに踏んではいけない部分というのがあるのですが、しっかり全部踏んでいたので逆によいかなと(笑)。

『オッドタクシー』の主な舞台はタクシー。小戸川と乗客との会話から物語が展開される
作品の“オチ”だけは先に決めていた
――此元さんはアニメであるかどうかを考えながら執筆されたのでしょうか?
此元 キャラクターが動物であるとか、仕掛け自体はアニメにしかできないものだと思いましたけど、脚本の段階で意識することはなかったです。ただ、自分で漫画を描くわけではないので舞台の幅が広がったというか。例えばハロウィンのシーンとかは、漫画だったら大変なので描かないですね。
平賀 あのシーンは木下監督が頭を抱えていました。ハロウィンの渋谷の人混み!? となって(笑)。
――漫画であれば内容をある程度ハンドリングできると思いますが、アニメチームに委ねることへの不安はなかったのでしょうか?
此元 漫画でも自分でプロットも描くんですけど、漫画では大コマで表現するシーンを、脚本上でどう表現していいのかわからなくて。最初は「(強調)みたいなことを書くわけにもいかないだろうし」と思っていたのですが、そこは木下監督を信頼してやっていたので大丈夫でした。
吉田 木下監督とならいける、と思った瞬間はどこだったんですか?
此元 ちょうど1話を書いたあと、木下さんが作ったラフの映像に、仮の声優さんが声を当てるテスト現場に呼んでもらったんです。そのときのディレクションが、僕の思い描いていたセリフの演出とズレがなくて、大丈夫だなと思いました。
吉田 そのときは1話のシナリオだけできていたんですか? 作品全体から考えると、「小戸川だけが動物に見えていた」というオチができていないと難しい作品だと思うのですが。
此元 そうですね。先にその設定だけは決めていました。作中でどう見せるかは別としても、一応この体(てい)で進めていきますと。そういう設定じゃないと、動物たちがこういうドラマになるのが理解できなかったので。
平賀 此元さんに「東京のリアルな日常をやりたいんです」と話したとき、「だとしたら動物の姿に違和感がある」という、言われてみればそうだよな……という感想をもらって(笑)。そのとき、「例えば主人公のトラウマでそう見えている、みたいなシリアスなオチでも良いですか?」という話もいただいたんです。
此元 僕が考えるなら、それしかなかったという話ですね。

登場人物は皆、動物の姿をしているが、舞台はリアルな現代の日本(東京)を映し出している
犯人はギリギリになるまで決めていなかった
吉田 オチが浮かんだ段階で、事件のあらましはできていたのですか?
此元 いや、それは書きながらですね。
吉田 犯人すらも決まっていないとか……?
此元 そうです。
吉田 (脚本家自身も)犯人がわからないままではじまっている!?
此元 最終的に、ギリギリ納得できるところで意外な人を犯人にしようとしていましたね。
吉田 彼女(和田垣さくら)を犯人にしようと決めたのはどのあたりですか?
此元 11話ですかね。二階堂の回想シーンだったと思います。最悪、脚本の段階なのであとで戻って修正できるので。
吉田 その頃はシナリオだけ動いている状態なんですよね?
平賀 いや、もう監督は1話とかの絵コンテも平行して進めていたと思いますね。
吉田 めちゃくちゃ異例の作り方じゃないですか?
此元 そうなんですかね?
平賀 異例ということに誰も気づいていないまま進めていましたね……(苦笑)。

後編に続く
『映画 オッドタクシー イン・ザ・ウッズ』
全国劇場で大ヒット公開中
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©P.I.C.S. / 映画小戸川交通パートナーズ