東京・京橋の国立映画アーカイブの展示室で、日本の映画館の歴史を振り返る展覧会「日本の映画館」が開催されている(4月12日〜7月17日)。
長期化するコロナ禍で、アップリンク渋谷(東京)、岩波ホール(同)と一時代を築いた劇場の閉館が象徴するように、映画館は今、非常に厳しい状況に置かれている。その中で映画館に人々が集うことの意義を再確認すると同時に、映画の持つパワーを映画館という場所から捉え直す好機になればと企画されたという。

日本の歴史上、映画館が休館したのは終戦翌日からの1週間だけだった!? 国立映画アーカイブ展覧会「日本の映画館」が開催中
2021年に閉館したアップリンク渋谷や、2022年7月29日をもって営業を終了する岩波ホールなど、コロナ禍で苦渋の決断をする映画館が相次いでいる。緊急事態宣言により全国の映画館は長期の休業を余儀なくされたが、日本の常設映画館の約120年の歴史を振り返ると、戦時中であっても映画館は上映を続け、人はそこに集い続けてきた。国立映画アーカイブで開催中の「日本の映画館」は、文化を作り、街を作ってきた映画館の底力を感じられる展覧会。「映画館で映画を見る」という何気ない行為が、きっと愛おしく思えるはずだ。
浅草六区で開業した日本初の常設映画館

道頓堀 弁天座(1936年) 国立映画アーカイブ所蔵

浅草六区電気館前ステレオ写真[部分](1905年頃) 個人蔵
日本初の常設映画館は、1903年(明治36年)に東京・浅草で開業した電気館。その歴史は今も高崎電気館(群馬)、Denkikan(熊本)といった劇場名に受け継がれている。映画館という単体の劇場は、映画全盛期の1960年代には全国で約7000館あったといわれている。しかし1990年代からショッピングモールなどに併設された複数のスクリーンを持つシネマコンプレックス(通称・シネコン)が主流となり、2021年12月末時点の数は、シネコンが3229スクリーンを擁しているのに対し、一般館は419スクリーン(一般社団法人日本映画製作者連盟)と、およそ8:2の割合である。10〜20代の中にはシネコンしか知らないという人も多いだろう。
そんな中で同展は、映画館が街の発展に寄与し、戦争や災害といった社会情勢に対して映画復興の光となり、さらには文化の発信地となっていった歴史を、4章に分けて展示している。

展覧会が行われている国立映画アーカイブの場所にあった、京橋 第一福宝館(1919年) 国立映画アーカイブ所蔵
戦時下でも、映画は人々の心の癒しだった
第1章の「映画常設館の誕生」では電気館が誕生し、映画街として賑わった浅草六区などの写真や模型を展示。

六区活動写真街模型 東京都江戸東京博物館所蔵
第2章「関東大震災復興から戦時期へ」では、韓国の現ソウルに建てられた宝塚劇場や、真珠湾攻撃から約1か月後の1942 年1月に人でごった返す浅草・帝国館前の群衆といった写真もあり、戦時下において映画が人々の心の大きな癒しとなっていたことがうかがえる。

テアトル東京(1961年) 東京テアトル株式会社所蔵
そして第3章「新たなる復興から戦後映画黄金期へ」と続き、第4章は「名画座とアート系劇場」と題して、ミニシアターブームを牽引し、今年7月に閉館する岩波ホールの総支配人だった故・高野悦子さんが主宰していた名作映画上映運動「エキプ・ド・シネマ」の紹介などがされている。

エキプ・ド・シネマNo.1『大樹のうた』(1959年、サタジット・レイ監督)パンフレット 国立映画アーカイブ所蔵
展示されたサタジット・レイ監督『大樹のうた』(1959)、ルキノ・ヴィスコンティ監督『家族の肖像』(1974)、テオ・アンゲロプロス監督『旅芸人の記憶』(1975)、アンジェイ・ワイダ監督『カティンの森』(2007)などのパンフレットを眺めていると、映画館が世界への窓であり、文化の発信地であったことを実感するだろう。

映画興行主中村上から占領軍への映画館建設物資使用の陳情書(1945年) 北九州市松永文庫所蔵(中村上コレクション)
さらに特筆すべきは、故・松永武さんが映画研究のために収集し、映画芸能関係の資料を寄贈した北九州市の松永文庫所蔵資料から、九州で多くの映画館を経営していた「中村上コレクション」が特別展示されていることだ。映画法が施行され、軍国主義政策が推し進められる中、各映画館にも宣伝用スチールに「海軍省検閲済」のクレジットを入れることを求める注意書や、配給会社から「貯蓄奨励」の館内放送をする旨を伝える指示書など、歴史的にも貴重な資料が鎮座しているのは見逃せない。
ちなみに年中無休の印象がある映画館だが、本展覧会の企画担当で主任研究員の岡田秀則さんによると、1945年8月15日の終戦日の翌日から1週間、休業した歴史があるという。
となると、コロナ禍の昨年、緊急事態宣言における政府の要請により映画館が休業を余儀なくされたことは、終戦時以来の非常事態で、「一度、日本の映画館がどのような歴史を巡ってきたのか、きちんと検証できないものか」と考え、本展に繋がったという。映画館の歴史を辿りながら日本の歩みそのものを考えるよい機会となりそうだ。

展覧会「日本の映画館」
4月12日〜7月17日、東京・国立映画アーカイブ展示室にて開催中
https://www.nfaj.go.jp/exhibition/movietheatres2022/
取材・文/中山治美 構成/松山梢