漫☆画太郎読者が笑本おかしばなしを読んで真っ先に感じるのは、昔話との相性の良さだろう。漫☆画太郎は『珍遊記』や『星の王子様』『罪と罰』などのマンガでもリメイク、本歌取り的な作品を描いてきた作家であり、絵本での古典アレンジもお手のもの感がある。
昔ばなし研究者の小澤俊雄氏は「昔話は3回繰り返す」「繰り返しのリズムを子どもたちは愛する」といったことを述べているが、もともと画太郎作品では反復で笑いを取ってきた。たとえば人を殴ったときの「ぶべら!!!」や、他人の顔めがけての下痢噴射が代表的だ。笑本では「おじいさんとおばあさんが すんでい……」「ました!!!」(おじいさんとおばあさんの顔アップの絵)、「おばあさんは かわへ せんたくに いき……」「ました!!!」(おばあさんの顔アップ)と、「ました!!!」(顔アップ)などの新たな反復表現を発明した。

累計23万部! 謎の新人絵本作家ガタロー☆マンはなぜ子どもを熱狂させるのか
『珍遊記』『地獄甲子園』などで読者に強烈なインパクトを与えた漫☆画太郎先生。ガタロー☆マン名義で手がけた絵本シリーズ“笑本(えほん)おかしばかし“は『ももたろう』『おおきなかぶ~』『てぶ~くろ』3冊で累計23万部を超える大ヒットとなっている。担当編集者どころか発行元の誠文堂新光社の人間はひとりもガタロー☆マンに一度も直接会ったことがない。メールのやりとりだけで3冊とも制作され、人と会うことを好まないガタロー☆マンは本シリーズに関する対面取材にも応じていないなど、謎に包まれた部分が多い。だが一方で、読者の子どもからの感想には直筆で返信を書き、書店購入者向けの特典イラスト制作などには精力的だという。ガタロー☆マン絵本の制作裏話や人気の理由を、担当するフリー編集者・穴水菜水氏と誠文堂新光社の担当編集者・渡会拓哉氏に訊いた。
画太郎マンガを知らない子どもが熱狂

©『ももたろう』(笑本おかしばなし)
こうした特徴を持つガタロー☆マンの笑本シリーズは、刊行前こそ「子どもに読ませて大丈夫なのか」といぶかしむ声があった。だが、蓋を開けると予想をはるかに超える大反響となる。
「『ももたろう』発売前は画太郎先生のファンである40~50代がコア読者なのかなと思っていましたが、発売後にテレビ番組などでご紹介いただき、また、『子どもが喜ぶ』という評判が広まったことで、コミックス売場だけではなく絵本コーナーにも徐々に置かれるようになりました」(誠文堂新光社・渡会拓哉氏)
2021年末に発表された「第14回MOE絵本屋さん大賞2021」では『ももたろう』が新人賞第1位を受賞。同賞は絵本屋さん3000人が「今年もっともおすすめしたい絵本」を選んだもので、これによって「子どもに読ませても大丈夫」という評価が確立された。
「第1弾の『ももたろう』の刊行以降、SNSなどの反響を受けて、子どもたちが楽しんでくれていることをガタロー先生は実感されています。編集している私としても、出版を重ねるごとに『子どもに笑顔になってほしい』という想いが強くなりました。先生も子どもたちに寄り添い、真摯に向き合って制作されているなと、送られてくるネームやメールを見て感じています。おそらく絵本作家デビュー当時にガタロー先生が構想していた作品とはまったく違う絵本になっていると思います。『ももたろう』『おおきなかぶ~』『てぶ~くろ』というラインナップになったのは、ガタロー先生にとっても予想外の展開なのではないかなと」(穴水氏)

©『おおきなかぶ~』(笑本おかしばなし)
2作目以降は子どもが読むことを前提に
細かい工夫を凝らして制作
笑本のコンセプトは「悲劇は喜劇に、喜劇は超喜劇に!」――悲しいお話は描きたくない、とのことだ。たしかに絵本は数多あれど、ガタロー☆マン作品ほど完全に笑いに振り切ったものは珍しい。子どもは原ゆたか『かいけつゾロリ』(読み物)や曽山一寿『絶体絶命でんぢゃらすじーさん』(マンガ)など笑えるものが大好きだが、絵本では意外と少ない。
しかも、たとえばおならと顔芸で笑いを取るという点では『おしりたんてい』(トロル)も同様だが、ガタロー☆マン作品のキャラクターはおしりたんていのようにジェントルな佇まいではなく、桃太郎はちんこ丸出し、おじいさんやおばあさん、動物たちは鼻水を垂らした顔のどアップで、全力で笑いを取りに来る。
また、笑いのポイントを強調するために2ページに1回は集中線を多用しているが、これはギャグマンガ家らしい手法であり、絵本としてはやはり珍しい。

©『てぶ~くろ』(笑本おかしばなし)
第2作『おおきなかぶ~』では「ました!!!」に加えて新たに「ませんでした!!!」が反復表現に加わり、第3作『てぶ~くろ』ではさらに「あったか~~い!!!」が加わる。
「ほかにも、『ももたろう』と見比べてもらえるとわかるのですが、大人が読み聞かせしたときに子どもからも文字がよく見えるようにと先生から指定があり、2冊目以降は文字を大きくして、文字の下に白地を強めに敷いています」(穴水氏)
そう、ガタロー☆マンの笑本は保育園や幼稚園、図書館、家庭で読み聞かせもされている。
「一部を隠せるようにシールを作ってくれないかという図書館司書の方からの問い合わせもありましたね。『桃太郎の股間があらわになっている部分が、学校側からどうしても……』と(笑)。
寝かしつけに読み聞かせをすると『子どものテンションが上がっちゃって、寝てくれない』という親御さんの声も聞かれました」(渡会氏)
担当者とは一度も会わないが、
子どもの読者には熱心に向き合う
ガタロー☆マンは書店購入者向けの特典イラスト&サインを何百枚も描き、Twitter上での動画読み聞かせコンテストの選考および受賞者への直筆イラストプレゼントを手がけ、子どもからのファンレターにはしばしば直筆の返信を書いているという。
『珍遊記』では子どものキャラクターを容赦なくボコボコにしていた作家が、そこまで子どもを大事に思っていたとは、筆者には意外だった。
「『星の王子様』でも子どもを得体の知れない存在として描いていましたしね。もちろん、本心はご本人にしかわかりませんが、累計400万部以上いった『珍遊記』のときですら『こんなに読者の反応をリアルタイムで感じることはできなかった』とおっしゃっていたことがありました。きっと今はお子さんが喜んでくれているという手ごたえがたしかに感じられているからこそ、作品制作はもちろん、プロモーションにも精力的にご協力いただけているんだと思います」(穴水氏)
誠文堂新光社としてはシリーズを可能な限り継続し、今後も力を入れて販売していきたいと語る。また、担当編集者はガタロー☆マンから「絵本作家として一生描き続ける」という決意を聞いているという。
マンガ家として活動していた、やなせたかしが絵本作家として活動し、世に知られるようになったのは50代を過ぎてからであり、『アンパンマン』がアニメ化されて国民的人気を得るようになったのは70歳前後からのことだ。
同様に、漫☆画太郎が絵本作家ガタロー☆マンとして国民的支持を集めるようになる物語が、今まさに進行しているのかもしれない――。
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