現地時間の9月12日に、アメリカTV業界の最高の栄誉とされるプライムタイム・エミー賞(以下、エミー賞)の授賞式が開催された。ロサンゼルスのマイクロソフト・シアターでセレブが一同に会し、年に一度のお祭りを盛り上げる様子が、地上波NBCおよびその系列のストリーミングサービスPeacockで、日本ではU-NEXTでライブ配信された。
あまりなじみのない人もいるかもしれないので、賞の概要を簡単に説明しよう。エミー賞は、例年6月からの1年間に放送・配信されたシーズンの番組が対象で、今年は2021年〜2022年が対象となる。アメリカのTV業界は1年=1シーズンで、9月に多くの新番組が始まり、5月に主だった作品がシーズンフィナーレを迎える。6月から8月は、再放送などが増えるというのが従来のサイクルだ。
もっとも、近年は動画配信サービスの全盛時代。“TV”というとき、当然ながらストリーミングサービスのオリジナル作品も含まれる。というより、そちらの方が主流になっているので、レガシーメディアのサイクルも現代の視聴者にとっては、あまり重要なことではないのかもしれない。
賞のカテゴリーは非常に細分化されていて把握しきれないほどだが、もっとも注目度が高いのはドラマ部門、コメディ部門、1シーズンで完結するリミテッドシリーズ/アンソロジーシリーズ部門の3つ。作品賞ほか俳優、監督、脚本あたりがハイライトとなる。
アメリカのTV業界は2010年代の半ば以降、ピークTVと呼ばれTVの黄金時代を謳歌している。製作費にしても人材にしても、映画業界との垣根が融解。動画配信サービスの隆盛によって、質も規模も過去最高を記録し続けている。そうした盛り上がりを見せるTV業界を対象にしたアメリカのエミー賞。受賞作ともなれば、世界最高峰のレベルを誇る秀作シリーズであることは、まず間違いない。
これもひと昔前なら考えられないことだが、世界同時配信がスタンダードになりつつある今、候補作の多くを日本でも視聴することが可能だ。放送主体の時代には数年単位で遅れて日本上陸することもあった話題作が、今ではNetflixをはじめとするグローバルOTTからU-NEXTのような国内の独立系サービスなどにひしめいていて、選び放題である。
登場人物全員クソ野郎、クセになる中年ギャグ、特権階級への痛烈な皮肉…絶対ハマるエミー賞作品部門ドラマ3選
アメリカTV業界の最高の栄誉とされるエミー賞が、9月12日に発表された。クオリティも製作規模も世界最高レベルを誇る、今見るべき受賞作を紹介する。
エミー賞レポート前編
TVの黄金時代を維持し続けるアメリカTV業界

作品賞(ドラマ部門)を受賞した『メディア王〜華麗なる一族〜』チーム
AP/アフロ
作品部門受賞作で見逃せない3作
手っ取り早く、今どんな作品が評価されているのかを知りたいという方は、簡単なコメントとともに各部門の作品賞を挙げておくので、これ気になる!という作品をチェックしてみてほしい。
作品賞受賞作(賞の対象となっているのは最新シーズン)
『メディア王〜華麗なる一族〜』U-NEXT

シェイクスピアの『リア王』をモチーフに作られた。右から巨大メディア帝国を築いた父ローガン(ブライアン・コックス)と、シーズン3で反旗を翻す次男ケンダル(ジェレミー・ストロング)
Capital Pictures/amanaimages
現実の複数のメディア王を参考にした巨大メディア複合企業の、熾烈な家督争い。白人特権階級の傲慢を、これでもか!と胃が締め付けられるようなギスギスとした空気や乾いた笑いと共に描く。全員がクソ野郎の富豪一族を、ブライアン・コックス、ジェレミー・ストロング、キーラン・カルキンらが嬉々として演じる様子は、見ていて鳥肌もの。才人ジェレミー・アームストロングの脚本が冴え渡る、最高に俗っぽいのにシェイクスピア劇のような重みがずしりと胸に響く映像世界は圧巻だ。
『テッド・ラッソ:破天荒コーチがゆく』Apple TV+

企画・製作・主演を務めるのは、コメディアンのジェイソン・サダイキス
Capital Pictures/amanaimages
アメフトのコーチだったテッド・ラッソが、イギリスへ渡り経験のないサッカーの監督に転身。チームの立て直しに奮闘する。中年男性のベタなギャグに最初は腰が引けるも、次第にそのベタさがクセになる。ばかばかしい笑いでコーティングしながら、セルフケアの重要性に気付かされる展開は、まさに今の時代にぴったり。ちなみに筆者の個人的な体験に基づく感想だが、この種の一見地味な作風で日本になじみのないコメディアン主体のコメディシリーズほど、日本の媒体で紹介するチャンスがないのは残念なことだ。
『ホワイト・ロータス/諸事情だらけのリゾートホテル』U-NEXT

ハワイの高級リゾートホテル「ホワイト・ロータス」を舞台に、訪れる客や従業員の複雑な事情をシュールに描く。ホテルの支配人アーモンドを演じるのはマーレイ・バートレット(右)
Everett Collection/アフロ
近年、最も充実しているカテゴリーと思われるリミテッド/アンソロジー・シリーズの覇者も、『メディア王』とテイストは異なるが、白人富裕層を題材にした風刺ドラマだ。ハワイにあるリゾートホテルを舞台に、3組の客の実情が雄大かつ美しいリゾート地の自然との対比と共に描かれる。芸達者ぞろいの優良作。白人の特権階級として生きることは罪なのか?といった問いをめぐる痛烈な皮肉は、今のハリウッドの流行りと言えそうだ。
文/今祥枝