――コバルト文庫で刊行されていた「後宮史華伝」シリーズは、第2部からオレンジ文庫に移り、物語のテイストにも変化がありました。第2部で新たに打ち出している要素について教えてください。
テイストとしては、第2部ではリアリティに重きを置いています。凱は架空の王朝ですので中国史そのものではありませんが、できるだけ本物らしく見えるように細部まで気を配っているつもりです。歴史風の物語に水をささないようにするため、現代の言葉を極力排除することにも注意しています。
第2部で新たに打ち出しているのは、登場人物の恋愛以外の感情や関係性ですね。コバルト文庫で描いた第1部はやはり恋愛にかたよりがちで、それ以外の感情や関係性を描くことは難しかったのですが、第2部では恋愛のあれこれを偏重しすぎないよう気をつけています。
――第1部から変わらずに引き継がれている要素はありますか?
第1部と変わらない点は多少の「遊び」を入れることです。歴史風の言葉や設定にこだわるとかたくるしい語り口になりがちなので、ゆるいキャラクターをときどき入れて息抜きできる箇所を作っています。
人物をつなげていくことで物語をつないでいくことも第1部から変わっていません。新しい巻を書くときには、前巻までのキャラをできるだけ出すようにしています。前巻の10年後、20年後というふうに巻をかさねていくので、登場人物も一気に年をとってしまうのですが、歳月が流れたことによる環境や人柄の変化を描きながら、彼らの人生が着実に進んでいき、時代が移り変わり、凱という王朝も年齢をかさねていっているということを表現しています。

皇后、女官らのきらびやかで残酷な「後宮」――後宮小説の第一人者・はるおかりのにその魅力を訊く その4~後宮を生きる人々が魅せる万華鏡の煌めき
その3では、「後宮史華伝」シリーズが下敷きにしている明王朝への関心と、史実を創作の材料にする際の留意点についてうかがった。今回は、少女小説レーベルからライト文芸レーベルに移籍したことで生じた変化や、シリーズ当初から引き継がれている要素、そして今もなお、はるおかを魅了し続ける後宮というモチーフへの思いを訊いた。
後宮を生きる人々が魅せる万華鏡の煌めき

(『後宮幻華伝』より イラスト/由利子)
――近年、女性向けエンターテインメント小説の中で、後宮というジャンルが盛り上がりを見せています。はるおかさんのご活躍は、その人気に大きく貢献されていますが、書き手としてジャンルを取り巻く空気の変化は感じられますか?
デビュー当時はいわゆる「姫嫁もの」が流行っていましたね。デビュー作は当時の少女小説界の時流に合わせて書いたものでした。あのころは世界観や物語よりも恋愛模様に力点が置かれ、それ以外の要素は枝葉として切り捨てられていた風潮があったと思います。私自身もその風潮に合わせた作品をたくさん書きましたが、書きつづけていくうちに行き詰まりを感じるようになりました。ヒーローとヒロインの恋のゆくえだけが重視され、それが売り上げに直結してしまうので、恋愛以外のものを書くことが許されない雰囲気になっていたんですね。後宮という題材も少女向け小説ではヒロインを溺愛する舞台装置として使われるだけで、後宮そのものの存在意義や歴史的な背景などを語ることができる雰囲気ではありませんでした。
――かつての少女小説にみられた多様性が後退し、刊行される作品が「姫嫁もの」一辺倒になっていた時期は、正直に申し上げて読み手としてかなり閉塞感を感じていました。ですがこうした閉塞感は読者だけのものではなく、作者側にも葛藤があったのですね。
もともと少女小説というジャンルはいろいろな暗黙のルールに縛られ、内にこもりがちな世界でした。2010年以降その傾向がどんどん加速していって、ジャンル自体が自縄自縛に陥っていたのではないかと思います。書き手のひとりとして、私自身もそのような空気を肌で感じ、息苦しさを感じていました。これはだめだろうな、あれもだめだろうな、と周りに言われる前に自分の手で作品の可能性を狭めてしまい、結局はおなじようなものをおなじように生産していくしかなくなって、「こういうものを書きたい」という情熱が減退していましたね。
「後宮史華伝」シリーズをオレンジ文庫でつづけさせていただけることになり、少女向け小説時代に悩まされていた閉塞感から解放され、いまはのびのびと書くことができています。少女小説自体を否定するわけではありませんが――少女小説でなければ書けないものもあると思います――私が書きたかった後宮を舞台にした物語は、少女向けの枠組みのなかにはおさまらなかったんです。
もっとも、ライト文芸というジャンルにまったく枠がないかといえばちがいますね。作品を縛る枠はしっかり存在しますが、それは少女向けとくらべてはるかにひろいので、現在の環境のほうが心地よいですね。

(『後宮詞華伝』より イラスト/由利子)
――今回のインタビューをきっかけに、後宮の世界や、はるおかさんの小説に興味をもつ人が多いはずです。作品のこんなところに注目してほしいなど、読者へのメッセージをお願いします。
今年でデビューから12年目になります。いろんな作品を書いてきましたが、後宮ものを書いたことのほうが多いんじゃないかと思います。何度も後宮ものを書いていたらいい加減に飽きるだろうと思われるかもしれませんが、自分でも驚くほど飽きていません。
後宮という狭い舞台、出てくる人物の役柄はほぼ決まっていて、起こる事件も皇位継承問題や寵愛争いなどに関連したものがほとんどで、後宮の枠組みからかけ離れた奇想天外な展開になるわけではありません。それでも役者(キャラクターのことを私はよくそう呼びます)が替われば、くりひろげられるドラマにも変化が出ます。役者の生い立ちが、移ろう心模様が、悲喜こもごもの人生が、後宮を多種多様な色彩で染めていくのです。
後宮の世界が極彩色なのは、建物にほどこされた金銀の装飾のおかげでもなければ、絢爛豪華な衣装や高価なインテリアのおかげでもありません。そこで暮らす人びとが百人百様の生きざまを見せてくれるから、後宮は万華鏡のような煌めきを放つのです。入れ替わり立ち替わり登場する役者たちはほんのひとときしかスポットライトを浴びることができませんが、彼らのはかない命にこそ〝後宮〟のすべてが詰まっています。ドラマを演じる役者がいなければ、その場所は単なる空っぽの箱にすぎないのですから。
閉鎖的でありながら奥深く、類型的でありながら起伏に富んだ、美しいものと醜いものが混ざり合って錦を織りなす舞台、後宮。彼の――あるいは彼女の――多彩な表情を一緒に楽しんでいただけたら、後宮に魅了されてやまない人間のひとりとして、たいへんうれしく思います。
後宮詞華伝
はるおかりの

2015年10月30日発売
803円(税込)
文庫判/288ページ
978-4-08-601879-1
継母から冷遇され笑顔を失った淑葉のなぐさめは書法に親しむこと。しかし、その能書の才さえも奪われてしまい……。そんな折、突然舞い込んだのは皇兄・夕遼との政略結婚で!? 中華後宮ミステリー!
後宮染華伝
はるおかりの

2020年6月19日発売
682円(税込)
文庫判/336ページ
978-4-08-680328-1
陰謀渦巻く後宮で繰り広げられる、華麗なる中華寵愛史伝、開幕!
栄華を極める凱帝国に、新しく皇貴妃が誕生した。名は共紫蓮。そのつとめは、諍いの絶えない後宮を治めるため、偽りの寵妃となること。
後宮では、理知的な蔡貴妃と妖艶な許麗妃の派閥に分かれ、常に騒動が起きていた。
身重の皇后は気が優しく、妃嬪たちを制御しきれていなかった。聡明さを買われて入宮した紫蓮は、皇太后のうしろだてのもと、なんとか後宮を統率していった。
皇帝たる高隆青とは、男女の愛はなく、職務上の絆で結ばれているのみ。己の責務を必死にこなしながらも、紫蓮は一抹の寂しさを覚えてもいた。
隆青には、かつて深く寵愛した妃がいた。元皇貴妃たる黛玉は、皇帝の寵愛を一身に受けながらも、大罪を犯して冷宮に送られた。だが、いまだに騒動を起こしては隆青の心を煩わせる。そのいびつな関係は、やがて大きな事件へと発展し……。
妃たちの野心と嫉妬、はかない栄枯盛衰。すべては、絢爛たる後宮が見せる泡沫の夢……。
後宮戯華伝
はるおかりの

2021年10月20日発売
869円(税込)
文庫判/432ページ
978-4-08-680411-0
絢爛華麗な後宮で、血塗られた陰謀劇の幕が開く。凱王朝を舞台に贈る中華寵愛史伝。
栄華を誇る凱帝国では、皇太子・高礼駿の花嫁の位階を定める東宮選妃が行われていた。
汪家の当主とお抱え劇団の女優との間に生まれた梨艶は、兄の勧めで礼駿に嫁ぐことに。
華やかな皇宮に気後れする梨艶は、家名に傷をつけない程度に目立たず平穏に過ごすことを望んでいたが、ある時、品行方正な青年と思われていた礼駿の隠された素顔を見てしまう。
礼駿は幼いころに生母を火事で亡くし、その事故が何者かによる陰謀ではないかと疑っていた。
母を殺めた犯人を探し出すと決意した礼駿は、血の気が多く喧嘩っ早い本性を隠し、理想の皇子を演じていたのだ。
その場面を梨艶に見られた礼駿は、梨艶を警戒し、彼女の真意を探るように。はからずも接近する二人をめぐって、新たなる事件が忍び寄り……。
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