『NIA』から溢れ出す音は、ひとつひとつが軽やかである。『AINOU』のヒットによるプレッシャーはなかったとは言えないだろうし、誰しもが苦難を覚えたコロナ禍によって、ヘビィな状況の写し鏡として音楽を捉えることもできただろう。だが、この作品にはそれらを飲み込んでしまったかのような風通しの良さがある。状況を俯瞰的に見て、大きなフレームで時代や人生を描こうとするミュージシャンシップが、ブレずにそこにあるのだ。
『NIA』では基本的には丁寧に作り込まれたサウンドが光るが、その中に「voice memo#2」、「voice memo#3」のような、ラフスケッチ然とした楽曲が挟み込まれているのがポイントになっている。大仰にはならず身近な日常を綴っている歌詞も含めて、精密さと大胆さのバランスが、アルバム全体の軽やかさにも繋がるものだ。そこには、大学で絵画を専攻していたという彼女の資質が窺える。
中村 特に歌詞を考えるときは、頭が固くならないようにしています。おしゃっていただいたようなバランスも“なんとなくそうした”という言葉が一番近いかもしれません。絵画を描いてバランスを調整していく感覚と少し似ています。

『竜そば』への参加、紅白出場――チャレンジを止めない音楽家・中村佳穂が語る“うた”の未来(後編)
ニューアルバム『NIA』をリリースした音楽家、中村佳穂。インタビュー前編では、『竜とそばかすの姫』での声優初挑戦から紅白出演、さらに『NIA』の制作に至る流れを語ってもらった。後編では、『NIA』から紐解く形で、彼女の魅力が最大限に発揮されるライブについても聞いた。
中村佳穂にとっての“ライブ”とは

絵画を描くバランスと似た作業

2022年リリース『NIA』(初回限定盤ジャケット)
ライブは“伝える”という行為の発露
一方で、ミュージシャンとしての中村佳穂の根幹となり、大きな魅力となっているのが、ライブでのパフォーマンスである。明確なコンセプトのもとで制作される音源とは異なり、バンドメンバーと共に場の空気を楽しみながら自由に振る舞っていく彼女の、即興も多分に採り込んだステージング。音源とライブ、それは芯の部分では繋がっているものの、表現方法としては別のベクトルにあるように思える。中村は、音楽活動全体を“伝える”行為とした上で、そこに取り組む姿勢を教えてくれた。
中村 私が“伝える”という行為をするのは、一緒に制作してくださる音楽家や、デザイナー、写真家の方々に対して“最近こんなことを感じて、こういうことに気づいた。そういうことを形にしたい”という世間話のような、根幹のコンセプトの部分で、そこから形になるまではあまりコントロールしすぎないようにしています。
(CDなどのメディアやライブなど)フォーマットによっていい意味で(形は)変わっていきます。ですが、どれだけ当初想像していた形と変わろうとも、話した根幹の部分は変わっていないように、むしろさらによく感じることが多いです。それがご質問にある“芯”という部分なのかもしれませんね。
私はなるべく、いいときにいい瞬間にいいメンバーで発露できるように整えているだけ、というイメージです。その発露の瞬間をずっと楽しんでいます。
演奏というものはひとつの“ラリー”
『AINOU』以降、中村が演奏するそのステージも大きくなってきている。「FUJI ROCK FESTIVAL」や「SWEET LOVE SHOWER」といった大型フェスへの参加に加え、ワンマンライブも、ライブハウスからホールクラスがチョイスされるようになった。そこでの意識的な変化はあるのだろうか。
中村 ワンマンライブの場合は会場を自分の身体だと見立てて、もし自分の身体が大きくなったとき、呼吸するときはゆっくり落ち着いて息を吸わないと身体全体に酸素が届かない――そんなイメージで数年前より落ち着いて構えるようになりました。
フェスに関してはその日の高揚感と一緒に演奏しているので、特に深く意識したことはありません!
今年2月に行われたワンマンライブ「うたのげんざいち 2022 in 国際フォーラムホールA」では、ピアノをメインとしたソロでの弾き語りライブを敢行。世界的ジャズ・ピアニストの上原ひろみがシークレットゲストとして登場し、会場を大いに驚かせたこの公演でも、やはり印象に残ったのは、彼女の音と戯れるように演奏する姿であった。ピアノソロという、演奏としては限りなくプリミティブな形態の中で生まれた肥沃なサウンドに、彼女のミュージシャンとしての強さと自由さが引き立っていた。そうしたフリーキーな演奏スタイルを、中村佳穂は“ラリー”という言葉から説明する。
中村 演奏というものはひとつの“循環”“呼応”“ラリー”のように捉えているのですが、生ピアノという楽器(での演奏)は、観客に向けてというよりはひとりで自分と向き合い呼応(対話)させているのに観客が耳を傾ける楽器のように感じています。
演奏相手がいると思わぬ場所に届くピンポンのリレーのリズムに乗り続けるような楽しさ。ソロのピアノ弾き語りの場合は気兼ねなくラリーを打てるスカッシュのような清々しい感覚があります。
個人で演奏することによって得た気づきや、強さがあるベースの上で、共演者とラリーを行えるバランス感を常に持ち続けたいなと思っています。

その声や振る舞いのみならず、衣装やステージデザインもコンセプチュアルで、毎回驚きのあるものになっている
帰る場所をたくさん作りたい
2022年秋には、いくつかのフェスやイベントを経て、ホールクラスでのレコ発ワンマンツアー「TOUR ✌ NIA・near ✌」を開催する。異ジャンルへの参加など新たなチャレンジを行い、自身の可能性を広げた2021年から『NIA』発売を経て魅せる、彼女の最新形とは――。それは、自分の意思とは関係なく変わりゆく時代や世間に対し、無闇に抵抗するでも無条件に受け入れるのではなく、成長のために選び取る姿勢が窺えるものとなりそうだ。
中村 歳を重ねるごとに「環境」によって自分の価値観がアップグレードされている気がしているので、なるべく国内外問わずいろんな環境、帰る場所をたくさん作りたいなと思っています。あと年齢を重ねると“何かしらの初心者”ということが減るので、新しいことにも常に少しずつ挑戦したいです。
その上でそれぞれの場所で自分が何を作るのかを楽しみにしながら生きたいなと思います!
2022年、変化や挑戦をまだまだ貪欲に楽しもうとする中村佳穂。その快進撃は、まだまだ止まりそうにない。

(了)
(前編はこちら)
<ツアー紹介>
[中村佳穂 TOUR ✌ NIA・near ✌]
■2022/09/14(水) @東京・J:COMホール八王子 開場18:00/開演19:00
■2022/09/19(月・祝) @福岡国際会議場(メインホール) 開場17:00/開演18:00
■2022/09/22(木) @岡山・倉敷市芸文館 開場18:00/開演19:00
■2022/09/27(火) @トークネットホール仙台(仙台市民会館)大ホール 開場18:00/開演19:00
■2022/09/29(木) @札幌市教育文化会館 開場18:00/開演19:00
■2022/10/05(水) @愛知県芸術劇場 大ホール 開場18:00/開演19:00
■2022/10/07(金) @東京・昭和女子大学人見記念講堂 開場18:00/開演19:00
■2022/10/27(木) @大阪・フェスティバルホール 開場18:00/開演19:00
一般発売 : 2022/05/28(土)10:00~
取材・文/森樹
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