――早速ですが、iPhoneのようなスマホで私たちが聴いている音は、スタジオで作り込まれた音と同じなのですか?

日本トップレベルのレコーディング & ミキシングエンジニアによる、スマホで音楽を聴く最高の方法
スマホで音楽を聴くことが主流になった昨今。音楽が身近になった一方で、「より良い音質で音楽を聴く」という文化は、時代と共に薄れつつあるように感じる。 そこで、その“音質”に焦点を当て、一流アーティストのレコーディング・ミキシングを手掛けてきたフランス人エンジニアGregory Germain氏(以下、Greg)にインタビュー。 音のプロである彼の視点を通して、スマホでの音楽環境の整え方・おすすめのイヤフォンについて解説してもらった。
スマホで聴く音楽
Greg:率直に言うと、その二つは同じではありません。順を追ってその理由を説明しますね。
プロの現場ではまず、音の反射や吸音まで計算されているスタジオで、アーティストの歌声や演奏をレコーディングします。
次にそのレコーディングされた音を、私のようなエンジニアが、ミキシング作業で一つの楽曲にまとめ上げます。
最後にマスタリングという作業があります。ストリーミングやCD、レコードなど、全てのフォーマットにおいて「同じようなテイストで聴こえる」ように、音質を最適化します。
ここまでの工程を経た音源は、もちろん音質的にクオリティの高いものになっています。しかし、その音源が常に“そのままの状態” でリスナーの耳に届いている、とは言い切れません。
特に音楽をスマホで聴く場合、データ容量の関係で、音楽を「圧縮フォーマット」で配信する必要があります。音源をMP3のような圧縮フォーマットに変換すると、まず高音域がバッサリ削られます。そして、音楽において大切な「倍音」も削られてしまいます。
――倍音とはどういうものでしょうか?
Greg:倍音をすごく簡単に説明すると、例えばピアノで「ラ」の鍵盤を押した時、当然「ラ」の音が聴こえますが、正確には「ラ」以外の音も鳴っているんです。その「ラ以外の音」がいわゆる倍音なのですが、実は人間の耳ではほとんど聴こえません。
ただし、「聴こえないけど感じることはできる」。ライブを見て鳥肌が立つとか、歌声に感動するとか、そういった感情が揺さぶれるものは“倍音から来ている”とも言えます。ちなみに、記録媒体としてはレコードが最も多く倍音を含んでいます。
――音楽配信サービスでは、重要な音がかなり削られてしまっているということでしょうか?
Greg: その問題に対して、配信会社はそれぞれ独自のフォーマットを作り、対応しています。最近AppleがALACという新フォーマットを作ったんですが、それはMP3だと削られてしまう倍音をある程度守ることができ、なおかつそこまでデータ通信の容量を取らない、という強みがあります。それが “非圧縮”フォーマットである「ロスレス」です。
SpotifyはOGGというフォーマットです。今の時代はみんなスマホで、なおかつ移動しながら音楽を聴いていますよね。OGGは、例えば電車に乗っていてトンネルや地下で電波の量が減った時に、ビットレートが自動的に最適になるように変動します。
音楽配信サービスの聴き方
――ユーザー数的に音楽配信の2大サービスといえるApple MusicとSpotifyですが、Gregさんもそのどちらかを普段使用していますか? また、それぞれのおすすめの設定はありますか?
Greg:私は普段からその両方を使っています。
二つを比較した場合、本当に細かい視点で言うと、個人的にはApple Musicの方が若干音が良いと感じています。ですから単純に音を意識して聴きたい時や、他のエンジニアのミキシング手法などの細かい部分を聴きたい時は、Apple Musicで聴いています。
ただ、プレイリストを作ったり、新しい音楽を探したりする時にはSpotifyの方が使いやすいので、移動中はSpotify、集中して聴きたい時はApple Music、という感じで使い分けています。
設定方法としてはどちらのアプリも、全て「音質を一番上の設定」にして聴いています(下記画像参照)。ただし、この設定にすると通信データの容量をより消費してしまうので、おすすめと言っても皆さんのそれぞれの環境にもよります。
ちなみに、楽曲のテイストを変えられるイコライザ機能も設定の中にありますが、これはオフですね! 楽曲本来のバランスが崩れてしまうので、エンジニアとしておすすめはしないです(笑)。

Greg流Apple Musicの設定(iPhone):
1.携帯自体の「設定」に進む
2.その中の「ミュージック」に進み、オーディオ欄のドルビーアトモスを「常にオン」にする
3. 「オーディオの品質」に進み、一番上の「ロスレスオーディオ」をオンにし、全て「ハイレゾロスレス」にする

Greg流Spotifyの設定:
1.アプリの中の「設定」に進む
2.その中の「音質」に進み、それぞれのストリーミングを「最高音質」にする
3.「音質の自動調節化」もオンにする
――有線と無線のイヤフォンの優劣はありますか? また、もしおすすめのイヤフォンがあれば是非お願いします。
Greg:難しい話ですが、Apple Musicの「ロスレス」と「空間オーディオ」を参考に説明しますね。
スタジオ音源の品質により近いロスレスは、Appleの公式サイトにも書かれているんですが、実は有線のイヤフォンじゃないと聴けません。
一方「空間オーディオ」という、3Dのような立体的な音楽体験を可能にする新しい技術は、AirPodsなどのBluetoothの端末でしか聴けません。
単なる音質で考えれば、現時点では有線の方が良いと思っています。ただし、これは全く異なる技術の話なので単純比較はできませんし、Bluetoothにはコードレスという利点があります。それぞれの好みにもよりますね。
おすすめとしては、Apple製品は意図的なイコライジングが少なく、楽曲本来のバランスに最も忠実で、一番透明感があるように感じます。あとはSONYの「WF-1000Xシリーズ」も良いですね。

1.AirPods Pro(Apple)- 30,580円(税込)
2.WF-1000XM4(Sony)- 33,000 円(税込)
3.AirPods Max(Apple)- 67,980円(税込)
Greg曰く、Apple製品は「価格が高い順に音質が良い」とのこと
4.Clear MG(Focal)¥170,500(税込)
「他のもので今まで聴いて素晴らしいなと思ったのはこれですね、かなり高価ですが」
――Gregさんが耳のケアのためにしていることや、 “聴く耳を鍛える”ためのトレーニングなどはありますか?
Greg:聴覚のケア方法としては、まずはクラブとか、すごくうるさいライヴとかには行かないです(笑)。もちろん仕事柄ライブには行くんですが、耳栓を付けたり、部屋の一番奥のところで聴いたり、音が大きい場所はなるべく避けます。
一度聴覚にダメージを受けたら、今の医療だともう回復は難しいです。元々、歳を取れば取るほど聴覚は下がるので、良くなることは有り得ないんですね。
「音楽を聴く耳を鍛える」ということを説明する面白いエピソードがあります。もう亡くなってしまったアル・シュミットという伝説的なエンジニアがいて、彼は80歳を超えてもなお現役でした。医学的な観点から考えると、その年齢では高音域の12〜14kHz以上などは聴こえていないはずなんです。それにも関わらずミキシングができたのは、何十年もやってきて体が覚えていたからこそ。そういうことが、エンジニアにとっての訓練だと言えます。
ミュージシャンやエンジニア、オーディオマニアも含めて、音楽をずっと聴いてきた人、とりわけ良い環境で聴いている人たちは、音の細やかな違いが分かるんです。
――最後に、スマホで音楽を聴いている人たちに、一言お願い致します。
Greg:ここまでにお話ししたような音質という観点を、リスナー側にもより意識してもらえたら、それは私のようなエンジニアにとっても嬉しいことです。
おすすめした設定方法やイヤフォンなどで、それぞれのスタイルに合わせて、音楽を楽しんでほしいですね。
撮影/長谷部英明
編集協力/株式会社ロト(佐藤麻水)
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