「記事にできませんか?」ある男性の死をめぐる相談
『〆〆〆ルー 南関東・連続女性カオハギ事件』第2話を読む(漫画を全画面で読むをクリック)
個人間のトラブル、企業への告発、「事故として処理されたが、本当は事件だった」と訴える人――。
ニュースになっていなくても、ネットを探せば、そうした訴えを目にすることは珍しくない。文章だけなら「本当なのか?」と思うものでも、実際に本人と会って話を聞くと、「少なくとも、この人が嘘をついているようには思えない」と感じることがある。
しかし、「本当だと思う」ことと「報道できる」ことは、まったく別の話だ。
漫画『〆〆〆ルー 南関東・連続女性カオハギ事件』第2話では、「この人なら、村の真実を書いてくれるかもしれない」と考え、記者を村へ招き入れる女性が登場する。
原作者・神谷氏にも、忘れられない経験があるという。
「以前、知り合いのニュース記者の取材に同行して、ある地方を訪れたことがあります。事件とはまったく関係なく、SNSで話題になった地域の名産品を取材する明るい企画でした。ところが取材後、現地の方から『記者さんに聞いてほしい話がある』と、何枚かの資料を渡されたんです」
資料にまとめられていたのは、その地域で亡くなった一人の男性についてだった。
男性はある時期から、外から来た人たちと親しくなり、生活のさまざまな部分を助けてもらうようになったという。しかし関係が深まるにつれ、彼の財産などにもその人たちが関わるようになり、周囲が心配するほど生活は変化していった。
それでも男性は「あの人たちには助けてもらっているから……」と話していたという。
そして、しばらくして男性は亡くなった。
公的には事件として扱われていない。だが資料を持ってきた人は、「あの子は事故死ではなく、殺されたようなものだと思う」「亡くなるまでの経緯を考えると、どうしても納得できない」と訴えた。
「こういう、刑事事件としては扱われず、法的な責任を問うことも難しいような出来事を拾うことも、ニュース記者の役割の一つなのかもしれないと思いました。でも、“信じる”ことと“記事にする”ことは別だそうで……」
事実として報じるには裏付けが必要である。関係者に話を聞き、公的な資料を調べ、疑いを向けられている側にも取材する必要がある。しかも、その件では遺族自身が報道を求めていなかったという。
「告発者の言葉をそのまま書けば、誰かの名誉を傷つける可能性がある。一方で、本当に何があったのか確かめるなら、かなりの人数に取材して、一つひとつ裏を取らなければならない。当然、証言も食い違う。
しかも、大きな事件でも、ネットで注目されている話でもない。一般の人をめぐる一つの出来事に、記者一人が何週間、何か月と時間を使えるのか。そこまでやっても、結果的に一本の記事にもならない可能性がある。会社で報道する以上、冷たい言い方ですが、“採算が合うのか”という現実もあるそうです」
本当かもしれない。だから調べる意味はある。しかし、調べなければ書けず、調べるには大きなコストがかかる。
結局、その件は話を聞くだけで終わった。
『〆〆〆ルー 南関東・連続女性カオハギ事件』には、こうした“誰かが真実だと訴えていても、報道にはならない話”から着想を得た要素も登場するという。
第2話では、女性に招かれた記者・河村が、いよいよ村の内部へと足を踏み入れていく。
『〆〆〆ルー 南関東・連続女性カオハギ事件』第2話を読む(漫画を全画面で読むをクリック)
文/集英社オンライン編集部

















