耳が聴こえないダンサー
秋田の山あいで生まれ育った難聴ゆうきさんは、生まれつき難聴がある。「幼いころは多少聴こえていたみたい」だというが、補聴器は必須だ。補聴器を外すと音はほとんど届かないという。周囲にダンスや音楽好きが多い環境でもなく、身近にあったのはテレビだけだった幼少期。
「音楽番組でEXILEが踊っているのを見て、衝撃を受けたのがダンスに興味を持ったきっかけです」
誰に言うでもなくひとり、ダンスの練習を始めた。とはいえ、音が満足に聴こえてはいないため、ビートが身体を動かしたわけではなく、「とにかくかっこいい動きに憧れて、真似をしてみた」と彼は語った。
子どものころからとにかく身体を動かすのが好きで、野球や長距離走などさまざまなスポーツに打ち込む活発な少年だったが、ダンスはあくまで趣味の延長。「ダンサーになりたい」という夢を抱くほどではなかったそうだ。
難聴を抱えながらも、高校も含めて「“普通の”学生生活を送った」と話すゆうきさん。高校は工業高校へ入学し、野球部で汗を流す毎日。特別扱いされることもほとんどなかった。
「補聴器は濡れると使えなくなってしまうので、雨の日には濡れないように耳にカバーをしたり、聴こえにくいというのもあって席を前の方にしてもらうぐらいで、特別すごい不便をしたという訳でもなかったです」
高校卒業後は地元の工業系の会社に就職。だが、仕事を終えて帰宅し、ひとりの時間にふと「これから自分の人生はどうなるんだろう」と考えるようになった。人生は一度きり。ならば好きなことをやろう——そう思って、21歳で上京を決意する。














