隠していた難聴
一人っ子で、障がいがある。かつ東京に知り合いがいるわけではない。両親は当然のように難色を示した。だが、難聴という障がいはゆうきさんの夢の足かせになることはなく、結局は両親も背中を押してくれたと笑顔で振り返る。
上京してからは、昼間は工場で仕事をしながら、夜はダンスレッスンに励む。オーディションにも複数回挑戦したが、周囲のレベルの高さに圧倒され、なかなか結果に結びつかなかったという。
「何もかもが甘かった。悔しいというよりも“自分が情けない”という気持ちが強かった。でも、それが逆に良い刺激にもなったので、“自分はまだ頑張れる、まだやれる”と思えました」
転機が訪れたのは2018年。バックダンサーとして参加した現場で1人のダンサーと知り合う。
「通っているレッスンの先生が同じという共通点があってすぐに意気投合しました。その彼女がCMやアーティストのMVの仕事を紹介してくれて、ダンサーとしての活動の幅を広げてくれた。彼女がいなかったら、僕はまだ表舞台には立ててなかった。そう思えるくらい本当に感謝でいっぱいですね」
当時のゆうきさんは、難聴であることを、あえて明かしていなかった。
「1人のダンサーとして実力で認められたいという気持ちが強かったんだと思います。特別扱いされたり、変に気を遣われるんじゃないかと思って」
周囲から、「なまってるよね?」「イントネーションおかしくない?」「どこのハーフ?」「滑舌悪すぎ」——そんな言葉を浴びるたびに、一生懸命話しているつもりなのに伝わらないもどかしさに傷つき、会話そのものが億劫になった時期もあったという。
そんなとき、さらなる試練が立ち塞がる。それは聴力の低下だった。
「聴き返すことが多くなってきたと思って、これ以上隠し続けることは難しいなと。何より、聴き返すたびに相手に負担をかけてしまっている気がして、申し訳ない気持ちだったんです。なので、6年前に自分の聴力のことを打ち明けました」
公表後、ダンス仲間からは「まったく気づかなかった」「聴こえないなんて信じられない」といった驚きの声がある一方、「そうなんだ」とあまり反応がなかったということも。
「自分が臆病になっていただけかもしれません。思っていたよりも反応がなくて、少し拍子抜けしたというか、『あれ? そんなに気にすることでもなかった?』と思いました」














