母と娘の関係性の変化にも注目してほしい

──この作品が怖いのは、一連の現象を引き起こしているものが何なのか、元凶らしきものは示唆されますが、曖昧なままで話が進んでいく点です。

 負の感情がたまった土地に、悪いものが集まってきているという感じです。はっきり元凶を示してしまうと、誰かを悪者扱いすることになりますし、何よりあまり怖くないと思うんですよ。最近話題になった『WEAPONS ウェポンズ』というホラー映画でも、怖いのは得体の知れない現象が次々起こる前半ですよね。後半で種明かしがされると、なあんだ、という感じになる。これは個人の感覚で、はっきり原因が分かったほうが怖いという方もいるでしょうけど。わたしは最後まで分からないほうが怖いと感じるタイプです。

──町では死の連鎖が起こりかけ、那月の精神もぎりぎりの状態に陥っていく。そこに現れて力を貸してくれるのが霊能者の女性です。

 といっても澤村伊智さんの「比嘉姉妹」シリーズのように、鮮やかに怪異を鎮めてくれるわけではないですけど。ホラーに霊能者やお祓いを出すのって難しいんです。書き方によっては安心感が生まれて、怖さが減ってしまう。この作品の霊能者は那月にアドバイスをしてくれますが、根本的な解決ができるわけではない。あくまで対症療法なんです。そういう意味では、悲観的で救いのない話だなとも思います。

──確かにここまで悲観的で、読んでいて不安になるホラーも珍しいと思います。しかし一方で、家族の関係を問い直す人間ドラマとしても読み応えがありました。

 ホラーなのでやっぱり怖がらせたいですし、読んで嫌な気持ちにはなってほしいですが、那月と沙希の関係性の変化にも注目してほしいですね。毒親の呪縛を断ち切って、那月が押さえつけていた自分を解放するという話でもあるので、共感してもらえる部分が多いと思います。ホラー好きはもちろんですが、特に女性に読んでもらいたいです。

──毒親の呪縛、子どもを愛せない母親など、世相を反映したトピックを含んでいる作品でもあります。そうした現代性や時事性はどの程度意識しているんでしょうか。

 やっぱりある程度は意識します。目を留めてもらうためのフックとして、そうしたテーマや問題提起があったほうがいいと思います。母子関係で悩んでいる方は多いでしょうし、那月の悩みを自分ごととして読んでもらえるかなと。わたしが書いているのはエンタメですから、社会問題を取り入れることで社会にもの申したい気持ちより、面白くしたいという気持ちのほうが強いです。例外は今年出した『氷河期のゴミ』で、あれはもの申したいという気持ちが強かったですね。

書いているときはなぜ怖くないのか

──櫛木さんはホラーがかなりお好きだそうですが、特に影響を受けた作家や作品はありますか。

 こういうホラーを書きたいと常々思っているのはスティーヴン・キングの作品。キングのホラーって怪異は怪異として、人間ドラマもものすごく濃密に描くじゃないですか。キャラクターの生活を克明に描くことで、圧倒的なリアリティを出していく。あの手法はまさに小説ならではで、ホラーのひとつの理想型だと思います。『ペット・セマタリー』なんて本題に入るまでがとにかく長いんですが、やっぱりあの部分がないとただのB級ホラーになっちゃうんですよね。だからストーリーだけを抜き出したキングの映像化は、大抵失敗するんですけど(笑)。

──今年三月には『鬼門の村』というホラーが刊行され、こちらも大好評です。今後はホラーにも力を入れていかれるのでしょうか。

 そうですね。デビュー以来書き続けている「ホーンテッド・キャンパス」シリーズは、ラブコメ主体なのでそこまで怖くはないんです。本格的なホラーを目指したのは『鬼門の村』が初めてですが、やっぱり怖い場面を書いたり考えたりするのは楽しいんですよね。これからも依頼があれば、もっとホラーを書いていきたいですね。

──『無音』にも怖いシーンがたくさんありましたからね。沙希が引き戸の陰から那月を見つめていたり、壁に赤ん坊のシルエットが浮かんだり。こういうシーンを書いていて、怖くはなりませんか。

 書いているときは怖くないですね。自分の頭の中にあるものを、外に出しているだけですから。小学校のスピーカーから歌声が聞こえてくるという場面があるんですが、あそこは小説ならではだと思います。映画だったらメロディと歌詞を具体的に描かないといけませんが、文章だと読者それぞれが一番怖い歌を思い浮かべてくれる。想像することでイメージが膨らみ、怖さが増幅するのが、ホラー小説の面白さだなと思います。

無音 忌み語を紡ぐ町
櫛木 理宇
無音 忌み語を紡ぐ町
2026/8/5
2,090円(税込)
320ページ
ISBN: 978-4087754780
那月がD県十櫃町に帰ってくるのは、14年ぶりのことだった。電車から降りた瞬間、背がひやりとする。この町には忌み語が多い。たがい違い、アカンボ、くっつく……そしてタカシマサキ。那月が中学時代の同級生の名、鷹島咲も忌み語のひとつだった。彼女の死を皮切りに原因不明の自殺が続いた事実と、その葬儀で聞いたおかしな声を今でも忘れられない。「ひーい」……この世のものとは思えない、その声を。いちばんの気がかりは再婚相手の苗字になり、娘の名前が“タカシマサキ”になったことだ。忌み語なんて迷信。そう思おうとしても、あの声が今でも聞こえてくる。「ひーい」……。
娘の異様な言動が増え、いつしか笑顔が消えた。夫の不在、母の呪詛、元夫のモラハラの記憶、どんどん大きくなるお腹……この町はわたしを追い詰める。「ひーい」……。
呪いは、暴走する――。
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