2017年 書店の返本タイミングを見越した仕掛けの始まり

『かがみの孤城』は辻村深月がポプラ社で初めて書いた作品だ。
2017年5月にハードカバーで定価は1800円(税別)で発売されると、すぐに書店のベストセラーランキング入りを果たす。当初は20代、30代の辻村ファンから評判が広がっていった。
「弊社の企業理念『子どもと昔子どもだったすべての人に夢と感動を与える「本」を届ける』にぴったりな作品だ、『国民的な小説にしたい』と社内では話していました。
文芸が好きな人はもちろん、そうでない人にも届けたいと思い、重版時に恩田陸さんと羽海野チカさんから推薦文をいただいて帯に入れたり、コメントを使用して新聞広告を何本か打っています」(宣伝担当・山科博司氏)

辻村深月『かがみの孤城』130万部への道_1
辻村深月『かがみの孤城』(ポプラ社) 

慣例的に、5月刊なら書店店頭で売れ残った分の書籍は、7月末には委託期限が切れて出版社へと返本される。だが『かがみの孤城』に対してポプラ社は「書店で委託期限が切れるタイミングで仕掛ける」ことを現在まで途切れずに繰り返して、売れ残りによる返本が出ないようにしている。
その仕掛けを見てみよう。

プロモーションの初手は、発売前から準備していた。
5月11日には日本テレビ系『news zero』でフィギュアスケート選手の高橋大輔が本の感想を辻村に語る模様が放映され、6月3日にはTBS系列『王様のブランチ』にも著者が出演、7月1日には不登校の当事者7人が辻村に取材した模様が「不登校新聞」に掲載された。

「『不登校新聞』の取材に来た子たちからの言葉には胸を打たれて、帰りのタクシーのなかでは辻村さんも立ち会った弊社の人間もみんな泣いていました。そこで『これは10代の子たちに届く、つながれる物語なんだ』と改めて確信を持つことができた。夏には10代向けのコミュニケーション広告を作り、秋には読者の感想Tweetを募集し、さらにはSNSで紡がれたそれらの言葉を集めた15段広告を新聞に打ちました」(山科氏)

辻村深月『かがみの孤城』130万部への道_2

12月6日発売の出版情報誌『ダ・ヴィンチ』2018年1月号発表のBOOK OF THE YEAR小説部門を受賞、12月23日放送の『王様のブランチ』ブランチBOOK大賞も受賞。
12月頭時点で10万部。これらの受賞を経て部数は倍の20万部に到達する。 

2018年 本屋大賞受賞と多メディア展開への仕込み 

2018年2月に本屋大賞の候補作となったこと、4月10日に受賞作となったことが発表されると、部数は55万部に。
2018年6月実施の学校読書調査では、『かがみの孤城』が中高生の「5月1か月間に読んだ本」の上位に入った。この年以降、読書感想文や感想を口頭でプレゼン合戦するビブリオバトルで取り上げられる機会が増えていく。

増えたのは若年層読者だけではない。本屋大賞はふだん本を扱わないメディアでも取り上げることがあるため、受賞前は本に封入している読者カードの返りは最年少が10歳、最年長が70代だったが、受賞後は最年少8歳、最高齢90代になった。
「受賞後には親から、子どもから、孫に、先輩に、友だちに、司書の方が……などなど、読者があらゆるベクトルの薦めあいをしてくれるようになりました」(担当編集・吉田元子氏)

「われわれは宣伝活動と並行して、様々なメディアでの展開に向けて動いていました。最終的に決まった2022年冬公開の劇場用アニメは別途いただいたオファーだったのですが、映画会社には発売前のプルーフ(校正刷り)段階から私と吉田でアプローチしていました。また、本屋大賞の授賞式には舞台のプロデューサーさんもお呼びしていて、それが2020年8月からの生駒里奈さん主演、成井豊さん脚本、演出の舞台につながっています」(山科氏) 

2018年の本屋大賞受賞式の様子(ポプラ社提供) 
2018年の本屋大賞受賞式の様子(ポプラ社提供)