パワハラのトライアングルと正義中毒

4月、新しく異動した部長や課長、リーダーの方々は「自分のチームの力を最大限に引き出して、成果を上げる!」と意気込んでらっしゃることでしょう。そこで気をつけていただきたいのが、そんな意気込みから無意識にパワハラの加害者になってしまわないか、ということです。

「ないない! 自分はパワハラ体質ではないし、仕事の仲間とのコミュニケーションはちゃんと取ってきたよ」

ここまで読んで、そう思われた方もいると思います。もちろん上司個人のパワハラ体質や、捻じ曲がった劣等感によるマウンティング意識から生まれるパワハラもあるでしょう。コミュニケーション不足がパワハラの原因となっていることもあるでしょう。

しかし、もっとも注意しなければならないのは、人は誰もがパワハラ上司になってしまう可能性があるということです。


クレッシーという犯罪学者は、不正が起こる三要素として「(不正の)機会、動機、正当化」をあげました。不正のトライアングルです。誰もいない社長室の金庫が鍵もかけられず開いている=機会。お金が欲しい=動機。安月給でこき使われているからもっとお金を貰ってもいいはずだ=正当化。
この、機会・動機・正当化というトライアングルはパワハラの背景にも隠れています。


「機会」=部下の失敗や能力不足

「動機」=失敗をただす、能力不足を教育してやろうという正義感

「正当化」=少しぐらいきつくても上司である自分なら許される。自分は上司という立場なのだから厳しい叱責や指導はしていいはずだ、いや、むしろ、しなければならないと考えてしまう

新年度、マジメな人ほど「パワハラ上司」になってしまうって本当?_a
パワハラのトライアングル(図版作成:朽木鴻次郎氏)

正義感と立場の合わせ技には注意が必要です。

「自分のチームを正しく適切に管理運営したい」「部下の能力を高めたい」。
それ自体は正しいことです。しかし、正しいことをしているのだという正義感は容易に行き過ぎた「正義中毒」へと発展してしまいます。

コロナ禍でわかりやすくたとえると、電車の中でマスクをしていない、あるいは、マスクはしていても鼻だけは出しているなど、問題のある者をみつけると、全く見ず知らずの人に「ちゃんとマスクをしろ〜!」と怒鳴るシニア男性、マスク警察ですね。あるいは、自宅で家族と子どもの誕生会をした様子をSNSにアップした著名人に「この時期自粛すべきではないか!」と怒りのコメントをぶつける自粛警察。これらはいずれも正義中毒にかかっているのではないでしょうか。

恐ろしいのは、正義中毒による懲罰行為です。普段ならそんなひどいこと、残酷なことはしない人でさえ、正義感がエスカレートし、なおかつ、権限(立場)が与えられているときには、度を越した懲罰行為でもためらわずに行ってしまうといいます。行き過ぎた懲罰行為に快感さえおぼえるようになってしまうのです。特別残忍な資質を持った人だけがそうなるのではありません。正義感と権限(立場)があれば、だれもがそう振る舞ってしまうのであると、社会心理学的にも証明されているようです。(戦争という未曾有の状況下を例に挙げると、兵士という役割と、相手は悪だと考える正義感から多くの残忍な行為が生まれています)

パワハラに快感を覚える「パワハラ・ハイ」

上司としてチームを適切に管理運営したい、部下のパフォーマンスを高めたい、そんな思いからの叱責や指導だったはずが、度を越した叱責や指導、つまりパワハラになってしまう。さらに悪いことには、パワハラをすることがいつの間にか快感になってしまう。それが「パワハラ・ハイ」です。

新人の些細なミスをネチネチと数時間も皆の前で叱責する。取引先で失敗した部下をお昼過ぎから深夜まで、営業の心得とは何かについて長時間の個別指導をする。なぜそんなことができるのでしょうか? 

それはその行為が楽しいからです。パワハラが楽しいのです。

パワハラ・ハイで、度を越した叱責や説教が楽しくなってしまっているからです。

パワハラは最低のマネジメント

ちょっと見方を変えてみます。組織マネジメントに大事なことはなんでしょう。 
ひとつの考え方として、

1.「仲間意識をもち職場を好きになってもらうエンゲージメント」
2.「やる気を出させるモチベーション」
3.「管理統制する秩序の維持」

この三つのバランスを上手に保つことが必要だといわれます。パワハラを繰り返す上司は、秩序の維持だけに目が向いてしまって、他の二つをないがしろにしています。パワハラ上司がいれば当然のことですが、職場や仕事に対するエンゲージメントは失われますし、モチベーションもダダ下がりです。つまりパワハラは最低のマネジメントなのです。

新年度、マジメな人ほど「パワハラ上司」になってしまうって本当?_b
パワハラは上司の三つの役目のうちひとつだけに固執している(図版作成:朽木鴻次郎氏)

メタ認知でパワハラの醜さを知る

メタ認知、とは物事を少し離れて観察することです。部下を厳しく叱責する自分自身を、ちょっと離れて観察してみましょう。能力の少し劣る部下や失敗した部下をチームの皆の前で叱責する、あるいは得々と長い説教をする。それが優秀な上司、イケてる上司に見えるでしょうか? 

メタ認知により観察した自分に感じたことと同じように周りの部下たちは思っています。「またやってるよ」「気分わりー」「朝から、萎える〜〜」「早く異動するか、会社を辞めてほしい」……。これで自分のチームのパフォーマンスが上がると思いますか? 仮に正しい思いがあったとしても、パワハラは醜く最低なマネジメントだと気がつきませんか?

自分の振る舞いを離れて客観視することが必要(図版作成:朽木鴻次郎氏)
自分の振る舞いを離れて客観視することが必要(図版作成:朽木鴻次郎氏)

せっかくの職場でパワハラの加害者にならないために

上司としての正義感や義務感、それは大切なことです。だからこそ、パワハラ・ハイは上司なら誰でも陥りやすいワナです。

自分は上司という立場と正義感に今、捉われていないか、と自問してみることが大事でしょう。上司は部下を指導しなければなりません。場合によっては叱責も必要でしょう。でも、本当に問題の改善を求めているだけなのでしょうか? その厳しい叱責や指導は、問題行為に見合った程度のものなのでしょうか? 
メタ認知でちょっと離れて自分自身を観察してみるとよいでしょう。

「ああ、自分も若い頃、課長や先輩に怒鳴られて、悲しかったり悔しかったりしたな……。いま、この部下もおなじ気持ちなんだろうな」

そう感じることができたら、あなたはもうパワハラの加害者にはならないはずです。

せっかくの新しい部署です。異動の季節はもう一度自分を見直すチャンスです。あなたは上司です。
職場の秩序維持も大切ですが、エンゲージメントを高め、モチベーションを上げて、最強のチームを作る。それがあなたの仕事のはずです。
正しいと思い、上司である自分には許されると思って行ってしまうパワハラの罠に陥らず、がんばっていきましょう!