すでに円は投機の対象に

にもかかわらず、日銀は「インフレは一時的だ」と言い張っている。FRBもECB(欧州中央銀行)もそろって同じような認識を示していた時期がある。だが、今もそう主張し、金融緩和策を維持しているのは世界で日銀だけだ。

7月21日、日銀は大規模金融緩和の維持を決定し、黒田総裁は利上げについて「全くない」と断言した。良し悪しは別にして、中央銀行トップが金利について断言することに世界は驚いたに違いない。

たしかに、現在のインフレ圧力は資源価格高騰によるものだし、利上げで日米金利差を多少縮めても円安がどうなるものでもない。しかし、世界の主要中銀がそろって利上げを繰り返しているなかで、ただ一人日銀だけがいっそうの金融緩和に向かっていることも事実だ。

今さら「アベノミクスではデフレを克服できませんでした」と仕切り直せないという恨みもあるのだろうが、黒田総裁の「断言」は別の攻防の場に向けられたものと見る。

先に見たアメリカの追加利上げ、利上げ減速観測、利上げ継続表明という動きのなかで、円の対ドルレートは激しく乱高下した。7月14日には一時139円台と24年ぶりの安値をつけた後、1週間で6円急騰し、8月2日には130円台にまで達している。

深まる米欧の景気後退懸念、ペロシ米下院議長の台湾訪問リスクなどで市場に警戒感があったとはいえ、このボラティリティ(変動幅)は異常だ。

その意味することは円が投機の対象になっているということだ。なにしろ、日銀は「動かない」と宣言し、利上げに踏み切る気配はない。長期金利もいわゆる指値オペでコントロールすると明言している。

長期金利は市場取引の対象となる10年物国債利回りであり、需給で変化するものだ。しかし、日銀はこれを利回り0.25%で無制限に購入することで同水準金利を維持するという。つまり、市場価格より高く国債を買うつもりだ。

したがって日本国債の価格は「強がっている」状態といえるだろう。同時に日本経済は円安インフレに襲われ、物価上昇に対する世論の不満も高まる。

さて、それでも「動かない日銀」は持続可能なのだろうか? その問いにこそ、投機の動機がある。市場は「いずれ日銀は長期金利を上げざるを得なくなる(国債価格は下落する)」と読み、先物売り(今決めた価格で先のある時点で売る)契約を仕掛ける。そのとき価格が下がっていれば、安くなった国債を買って高く売ることができる。

予測が外れ、日銀が踏ん張って長期金利を維持できたとしても、その時は拡大した日米金利差を利用してキャリートレード(低金利の円を調達して高金利のドルで運用する)取引で儲けることができる。どちらにしても、「動かない」日銀のおかげで投機筋は稼げるのだ。

黒田総裁は物価上昇率2%という異次元緩和の目標を達した時点で、「動かない」ではなく、「動く!」とアナウンスすべきだった。日銀の政策が動かなくても市場価格は動くのだから。