「来年もよろしくお願いします」と言われ続ける政治家
この商売では、支援を受ける側が毎年頼みに来ることにも価値がある。補助なしで経営できるようになれば、議員に頭を下げる用事が減る。事業者の自立を本気で喜ぶなら、その関係が終わることまで引き受ける話だ。「来年もよろしくお願いします」と言われ続ける政治家を、無条件に地元の恩人として扱ってはいけない。
自分の金で機械を買い、客から代金を受け取り、借金を返せるようになった農家には、補助金を取り次ぐ議員より、商売の邪魔をしない政治の方がありがたい。
補助金を配る側の損得と、農家が長く経営していく都合は同じではない。予算を取った瞬間を成功とするなら、その後も補助が必要な経営なのかという話は置き去りになる。
借金で機械を買うなら、購入時の補助額だけでなく、作物を売って返済できるかを考える。来年も政治家に頼まなければ収支を見通せない経営では困る。
さらに厄介なのは、いったんついた上積みが、その後の予算の基準に入り込むことだ。米国では、議員が特定の地元事業向けの支出を法律に盛り込む「イヤマーク」が2011年に停止された。それでも、2005年についた上積みが2020年まで特定の州を有利にしていた。ピーター・マクラフリンが2023年の研究で示した事実だ。
日本の予算も疑うべき
仕掛けは単純だった。道路予算を州に分ける際、過去の上積みを含む配分比率を、その後も基準にしていた。新たな特別扱いを止めても、昔の取り分は残った。
「前年並みです」という説明を聞いたら、その前年の額は何を根拠に決めたのかと尋ねたい。政治家が上積みを取った翌年から、役所がその額を当たり前の出発点として扱うなら、当人が引退しても有利な配分は続く。日本の予算も、その出発点から疑う必要がある。
不要な予算を削るとき、地元の議員が集まって反対すればどうなるか。全員がそれぞれの取り分を守り、削減はよその選挙区でやれと言う。お互いの事業には手を出さない。
こうした損得を前提にすると、1件ずつ廃止の賛否を尋ねるやり方は、事業を守る側に有利だ。削られる側だけが強く反対し、残りの議員も自分の番を考える。
地元への持ち帰り額を競うなら、よその議員が取り続ける中で、自分だけ取りに行くのをやめるのは不利だ。支持者から見ても、税金を払うのに見返りをよそへ持っていかれると感じる。













