澤瀉屋の「生き字引」二代目市川寿猿(93)が語る
事件前日の猿之助

東京・明治座で開催中の「市川猿之助奮闘歌舞伎公演」(5月3日〜28日)は事件を受け、猿之助の代役に市川團子(19)をあてるなどして難局を乗り切ろうともがいている。
團子は猿之助の従兄弟、市川中車(香川照之)の長男であり、自身が名跡を受け継いだ三代目猿之助(二代目猿翁)の孫である。先代は宙乗りや早変わりを取り入れた「スーパー歌舞伎」の始祖であり、猿之助を軸にしたこの三世代が「澤瀉屋」の屋台骨だったことは疑いようのない事実だ。

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明治座(撮影/集英社オンライン)

こうした背景を踏まえて澤瀉屋の「生き字引」的存在の二代目市川寿猿(93)が、今回の事件について語ってくれた。

「猿之助若旦那に最後に会ったのは事件前日の17日、公演で私の出番が終わったもんだから『お先に失礼します!』って挨拶したら『お疲れ様でした!』って笑顔で返してくれましたよ。その日は他に冗談も言ってくれたりと普段通りで、異変なんてまったく感じませんでした。週刊誌からはすでに取材を受けた後だったのかもしれないけど、舞台をちゃんと成功させるという決意でそう振る舞っていたんだと思います。
18日の朝にメールが入ってきて、猿之助若旦那が体調不良でお休みする旨を知り、バスに乗って明治座に向かってる時に、猿之助さん大変みたいですよって知り合いから連絡が来て、そこで初めて事件のことを知りました。

歌舞伎役者は昔からそうなんですけど、稽古場に入ると一切プライベートの話はしないんです。だから事件があった日も、皆さん心配や疑問があっただろうけど、黙々と冷静に稽古していて、猿之助若旦那の事件の話題が出ることはなくて『若旦那ここどう芝居してたっけ』なんて芝居の話だけです。
欠席などで狼狽えていたら歌舞伎役者は務まりませんから。若旦那を惜しむ声もありません、ただ思うことは各々あったでしょうから、舞台中に涙した役者たちはそういう感情がこみあげたんでしょう」

こう当日を振り返った寿猿だが、猿之助の私生活についてはほとんど知らないという。

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中学卒業時の猿之助。昔からプライベートの話はしなかったという(同級生提供)

「私は猿之助若旦那とは舞台の関係は深いですけど、プライベートはハッキリ言ってまったく知りませんし、週刊誌にあったようなパワハラとかも何も知りません。稽古や演出は素晴らしいし、真剣に取り組んでましたよ。芝居なら立役から女方へパッと切りかえる姿なんか一瞬で、私に稽古をつけてくれた初代猿翁大旦那を思い出しますから。猿之助若旦那は私にも『寿猿さんこうしなさいよ』とちゃんと指導してくれる、私からしたら非常にいい若旦那ですよ」