威圧の後に懐柔を重ね、自白を迫る。罪を認めれば処分は軽くなる
ロシアの独立系メディアが伝える人物像も、FSBが描く「敵国の手先」とは大きく異なる。この記者はサンクトペテルブルクで学び、ロシアの文学や音楽、バレエに親しんできた。極東の暮らしや歴史、北方領土、ロシアと北朝鮮の関係などを取材していた。
FSBが公開した拘束映像では、覆面姿の職員が床に横たわる男性に手錠をかけている。独立系メディアのエホーは、日本研究者の分析として、当局が映像で示した日本語文書には出張経費や編集部の取材指示が含まれていたと伝えた。通常の報道活動を示す文書まで、スパイ事件を演出する材料にされた疑いがある。
FSBが用いる取り調べの手法がある。まず手錠をかけ、ある時点で外す。身柄を完全に支配していると示した後で、対応が軟化したと思わせる。
記者を取り押さえたのは覆面姿の屈強な男たちだが、取り調べでは、スーツ姿の一見紳士的な要員が向き合うこともある。威圧の後に懐柔を重ね、自白を迫る。罪を認めれば処分は軽くなる。先の見えない拘束下で、この持ち掛けは重い。
あるロシア治安当局者は、今回の取り調べについて、こう推測する。
「ナイチョーの知り合いの名前を1人挙げろ、などと迫った可能性」
「今回は情報機関、たとえばナイチョーの知り合いの名前を1人挙げろ、などと迫った可能性が高い。ただ名前を知っているだけでもいい。少なくとも一人具体名が出さえすればいい」
ナイチョーとは内閣情報調査室のことだ。取材した事実を足場に、情報機関との接点を語らせる。単なる知人の名前でも、口にすれば当局の描く筋書きに組み込まれる。だが、情報機関に知人がいることと、その指示でスパイ活動をすることは全く別である。
今回、実際にどのような取り調べが行われたかは明らかになっていない。だからこそ、本人が自由に説明できない状況でFSBが一方的に流す情報を、事実として受け取ってはならない。
帰任直前まで取材を続けていた記者の手元には、メモや写真、編集部とのやりとりが残る。その一部を切り取れば、情報収集と本国への報告という「証拠」を並べることができる。
極東のFSBにとっては、「外国のスパイを摘発した」という大手柄にできる事件だった可能性がある。その見方に立てば、この記者個人でなければならない理由は薄れる。必要だったのは、「外国の情報機関の手先」という役を押し付けられる人物だ。
日本人特派員という立場が、格好の標的になった疑いがある。













