母の死から始まったウォーキング人生、“デューク更家”になるまで
──母親を亡くした経験から、ウォーキング法を研究し始めたんですよね。
デューク更家(以下同) そうですね。母は医師から「歩きなさい」と言われたらしくて。当時37歳くらいだったボクは、知識も薄くて、「歩くことはいいことだから、いいんじゃない」くらいに捉えていたんです。けれども母は頑張りすぎる性格で、結果として無理に歩いて膝を痛め、階段で転んで骨折し、車椅子生活になってしまいました。
──そしてその後、亡くなった。
はい。「もっと効果的なウォーキング法があったのでは?」というのが、ボクのウォーキング研究の原点です。あとは、それまでファッション業界にいて、ファッションショーの演出をしていたこともあるかな。
──というと?
ファッションモデルに「きれい」「スタイルいい」みたいな言葉をかけてテンションを上げて、ランウェイに送り出さないといけないんですよ。でも別に、必ずしも目をみはるスタイルの人ばかりじゃないじゃない(笑)。嘘をつくのに疲れちゃったというか。
それから、コシノヒロコさんからのアドバイスもありますね。「あんた、持ってるもんあるで。こんなところで仕事してる場合じゃない」って。
──コシノさんはデュークさんに何か感じるものがあった。
光栄なことですよね。あと「一生、帽子かぶりや」とも言われました。だから今もボク、今日もかぶってるでしょ(笑)。
──ウォーキング指導を行なうようになってからは、「ウォーキングドクター」を名乗っていますよね。
そうそう。それを名乗り始めたとき、ある人から「お前のドクターはあだ名だよ」と言われました。「それなら本当に博士号取ってしまおう」と思って、取得したんです。ただ、実際には「論文を書いて出しただけです」と正直に話すようにもしています。その話は、NHKに出演したときはカットされていましたね(笑)。
──なんでも正直に打ち明けるんですね(笑)。
嘘をついても仕方ないじゃないですか。だから生徒さんにも、「ウォーキングで健康にはなるけど、それだけでは痩せません」と伝えています。どう考えたって、痩せたいなら歩くより食べないほうがいいに決まってるでしょ。
ボクが20年くらい前にテレビにたくさん出ていた頃も、いろんな誘いがありましたよ。「コメンテーターになりませんか」「◯◯党から出馬しませんか」などなど。でも全部断ったんです。ボクみたいな人間が、コメンテーターや政治家をやっていいわけないでしょ。「悪いことが全部バレるから辞退します」って(笑)。













