給仕は社会活動だという言葉がすごく刺さった
松井 私、雑誌のコラムにも書いたのですが、お正月の話がすごい好きで。「正月が四日目ぐらいになって、食卓に餅を出すべきか否か」みたいな。
1/4(土)
いつまで朝食に餅を食べるか、試されるフェーズに入った。
三が日は迷うことなく餅でいい。そこを抜けた先、どこまで餅を走らせるか。
もし私がひとりの暮らしだったらそこは好きにする。いつだってなんだって、好きなもの、またはその時々の事情に合わせたものを食べる。しかし家族の給仕長を務める身となると話は変わってくる。
給仕は社会活動だ。
自分で食べることと、誰かに食べさせることはまるで違う。「誰か」という存在がいかに「社会」であるかを、家で食事を手配することで常々感じる。うちの人たちは食への熱い希望のないまま出せば食べる人たちだから、私の采配もいっそう重要になってくる。
今日は……餅! と決めた。焼く。
『5秒日記』P.140より
古賀 そうだ、書いてくださいましたよね。
松井「給仕は社会活動だ」と書かれていて、すごく刺さったんです。確かにそうだなって。両親がごはんを作ってくれていたときもそうですし、今、人と暮らすようになってからも。どんな状況でも、なんとかごはんだけはみたいな。料理を作ることで自分が保たれている気がするみたいな感覚があって。
古賀 ああ、そうですよね。
松井 社会の中で人になにかをしてあげている、役に立っているみたいな気持ちが、ある意味給仕をしているときの気持ちにちょっとつながるところがあって。でも一方で、最後に「餅を焼く」と決めるところにも、わかるってなりました。
そういうときがあるんです、私も。家族のことは知らんがなと思って餅を焼いちゃうようなとき。そこにすごくしびれて、いい日記だなと思いました。印象深かったです。
古賀 よかった。ありがとうございます。
松井 本当に大好きな日記です。でも、この感覚がまず不思議なんです。人の日記を読んで、この日記が大好きだなと思うという感覚が。まず、人の日記って、一般的には隠されているものというか、秘められているものじゃないですか。なので、日記に対してこの感覚が抱けるというのが、まずうれしいなって。
古賀 やった。でも、そうかも。日記って、そもそも公開しない方が多いんですよね。公開しない日記は見てはいけないし、その前提からすると、日記に対してのぞき見るような感覚がわいてしまう。好きだとはちょっと思いづらいですよね。
でも確かに私の日記は、腕まくりをしてねじり鉢巻きで、「どうぞ読んでください!」と駅前で配るぐらいの押しつけて行くスタイルですね。
松井「本日採れたて、旬の日記です!」という。
古賀 そうです、そうです。自分でぐいぐいおすすめしちゃうから、そう思ってもらえるんでしょうね。堂々と好きだと言ってもらえる。それが松井さんにも届いたのは本当にうれしいです。
松井 本当にすごいなと思います。5秒の切り取り方がすてきだなって思う場面がいっぱいあって。私もこういうふうに日記を形にしてみたいなってシンプルに思いました。
古賀 やったー。よかったです。松井さんの日記も編集者の方々は手ぐすねを引いて待っていると思います。
構成=ホーム社文芸図書編集部/撮影=山本さちこ
松井さんスタイリング=乾千恵/ヘア&メイク=菅井彩佳














