仏壇には遺言を記したもう1つのメモ
父の段四郎と母の自殺幇助に関与した疑いが濃厚な猿之助は、「愛するAへ」と“遺書”をしたためて自殺を図ったが死にきれず、緊急搬送された。一門は上演中の舞台に穴をあけまいと代役を立てて乗り切ったが、息つくまもなく、激震が襲った。
6月1日発売の「週刊文春」に、猿之助が遺産を相続させるとまで言及していた「最愛のA」の、猿之助への裏切りともとれるインタビュー記事が掲載されたのだ。
一連の「事件」の発端になったのは、5月18日発売の「女性セブン」だ。同誌が猿之助のセクハラ疑惑を詳報したことを受け、厭世気分になった猿之助が両親と「話し合い」の末、「生まれ変わる」ために同日、心中を図った。両親は猿之助の処方薬である睡眠導入剤の過剰摂取による中毒症状で死亡。猿之助は睡眠薬服用に加えて首吊りも図ったがマネージャーに発見され、軽症だった。
この際に猿之助を介抱したり、119番通報するなどかいがいしく世話をしたのがマネージャーのAである。Aは、自身も俳優をしながら何度かスポーツ紙やワイドショーを賑わせたことのある人物だ。そのAが猿之助と接点を持ったのは、数年ほど前だという。
「当時Aは新橋演舞場や明治座で大道具の仕事をして食いつないでいて、猿之助と言葉を交わすうちに親しくなり、飲食をともにするうちに急速に親しくなっていった。Aは男女を問わず年長者の心を掴む手腕に長けていた」(スポーツ紙記者)
猿之助のAへの寵愛ぶりは澤瀉屋関係者の目に余るほどだったようだ。そして今回の事件で、猿之助は自殺を図った自室内に立てかけたキャンバスにこうメッセージを残していた。
<愛するA だいすき 次の世で会おうね>
さらにもう1通、仏壇には遺言を記したメモも残っていた。
<Aを喜熨斗孝彦の養子にし、遺産の全てを相続する>
ここまで一心に愛を注がれたAは、事件当日は現場で泣き崩れる姿をマスコミに目撃されるなどしていたが、その後の行方は明らかにされていなかった。
そんな中、「文春砲」が炸裂した。同誌の記者は5月27日未明、都内のコンビニから出てきたA氏を直撃。記者が「事件をどういうふうに見ていたのか?」といった質問をするも「何にも関わりがない」とAは関係性を否定。さらに「猿之助さんが自殺を試みたことで悲しくないのか」との質問にも「はい、全然」と回答している。
「文春の直撃を受けたAは、うそバレバレの偽名をつかい、取材に応じる見返りに記者に100万円を要求。さらに発言も無茶苦茶でした。突然の声かけで動揺したのだろうが、この大変な時期に女性と酒を飲み泥酔もしている。周囲は呆れかえってますね」(前出・スポーツ紙記者)