前回の箱根駅伝の10区では、青山学院大が独走で優勝を飾った一方で、10位までに与えられるシード権争いには最終盤にまさかのドラマがあった。
10位を走っていた東海大の選手がペースダウンし、残り1㎞でシード権争いに逆転劇があったのだ。ぎりぎりシード権をもぎとったのが、法政大。アンカーにタスキが渡った時点で1分22秒あった東海大との差を逆転し、10位にすべり込んだ。
もちろん、法政大のアンカー・川上有生(当時3年)が、最後まで諦めずに懸命に走ったからこそのシード権獲得だ。しかしながら、東海大の選手の失速がなければ、そのまま東海大が10位だった可能性もある。勝負に「タラレバ」は禁句とはいえ、どうしても“棚からぼた餅”の印象が残った。

【箱根駅伝】法政大は「過去最強チーム」で上位を狙う。絶好調エース・内田隼太、大ブレイク・松永伶らが“棚ぼた”じゃない強さを証明できるか
第99回箱根駅伝(2023年1月2、3日)に向け、着々と戦力をそろえてきたのが法政大学だ。エントリーメンバー上位10人の平均タイムを見れば、法政史上最強チームと言える。法政大の選手たちの成長をたどり、「5位以内」を目指す箱根駅伝を展望する。
すべり込みで獲得したシード権
「過去最高のチーム」と監督も自信
ただ、今秋以降の法政大の奮闘ぶりを見れば、前回のシード権がフロックではなかったと示すのに十分ではないだろうか。
「秋シーズン、出雲駅伝に始まり、彼らはハーフマラソン等々で結果を残してくれている。過去最高のチーム状態と言っていい。うれしい悲鳴ですが、メンバーを選ぶのに非常に頭が痛いです」
法政大の坪田智夫・駅伝監督は、悩み抜いた末に選んだ16人に大きな期待を寄せている。
前半シーズンは、主将の内田隼太(4年)が絶好調。さらに、これまで学生駅伝で出番がなかった松永伶(3年)が大ブレイクを果たすなど、見せ場もあった。

今季好調の主将・内田隼太。上尾シティハーフマラソンにて
惨敗を経て大きく成長
その一方で、もろさも見え隠れした。
6月の全日本大学駅伝関東地区選考会は自信を持って臨んだはずなのに、選手に熱中症のアクシデントがあったとはいえ、それを立て直せずに14位と惨敗。本大会出場を逃し、駅伝シーズンに不安を残した。
ところが、ひと夏を越えて、チームは頼もしさを増した。
学生駅伝初戦の出雲駅伝は、過去最高の7位という結果だった。その順位以上に、レース内容に坪田監督は手応えを感じていた。
「夏合宿をきっちりできたメンバーを出雲に連れていったので、それなりに走るだろうとは思っていました。特に、3、4、5区はけっこう自信があった。そこがしっかりとハマりました」
まさに狙い通り。3区の内田と4区の扇育(4年)はそれぞれ区間4位、5区の小泉樹(2年)は区間3位と、区間上位の走りを見せた。
小泉は1年時から箱根駅伝で主要区間を任されている次期エース候補だが、前半戦は膝のケガが長引き試合に出られずにいた。その小泉の復活は明るい材料だった。
主将・内田隼太の記録更新に期待
出雲で、坪田監督が何よりも収穫に挙げたのが、3区の内田の走りだった。
「単独走はどうなのかなって思っていたので、夏ぐらいには内田を出雲の3区に決めていた」(坪田監督)
内田は、昨年度の全日本と箱根で1区を担い、一斉スタートのレースでは十分に評価に値する走りを見せている。それだけに、出雲では、駅伝独特の単独走が試されたというわけだ。
そして、その起用にきっちりと応えてみせた。
各校のエース級が集まった3区で、区間4位と健闘。駒澤大の田澤廉(4年)に6秒差、青山学院大の近藤幸太郎(4年)には5秒差と、今季の学生長距離界を代表する選手たちにも迫った。
内田はその後も好調をキープ。11月には10000mで、徳本一善さん(現・駿河台大学監督)がもつ法政大記録にあと1秒に迫る、28分16秒68の自己ベストをマークした。
さらには、その翌週の上尾シティハーフマラソンでは、練習の一環として出場し、余裕をもって走ったのにもかかわらず、1時間2分12秒の自己ベストで5位に入った。
「もともとポテンシャルはすごく高い選手だし、スピードもあるので驚きません。でも、2週続けて走れたのは収穫。スタミナがついているのも証明できた。本人もかなり自信になったと思います」(坪田監督)
箱根では、予想通りエース区間の2区にエントリーされた。2区の法政大記録は、前回、高校の先輩でもある鎌田航生(現・ヤクルト)がマークした1時間7分11秒。
「条件さえそろえば、たぶん1時間6分台はいきますね」と指揮官も、法政大記録更新に太鼓判を押す。
ブレイク中の松永伶の走りに注目
上尾シティハーフで、内田を上回る走りを見せたのが松永だった。
「『全力で行ってこい』って送り出したんですけど、そしたら(予想以上に)走っちゃいましたね……」
指揮官も松永の走りに驚きを隠さなかった。
松永にとっては、この上尾シティハーフが初めてのハーフマラソン。それにもかかわらず、法政大タイ記録となる1時間2分3秒をマークし、4位入賞を果たした。
「坪田監督からは『15㎞で落ちてもいいから、ある程度は先頭についていこう』と言われていました。ハーフのタイムがどれくらいなら速いのかよくわからなかったんですけど、(1㎞を)2分50秒から2分55秒くらいのペースでいくことができたのはよかった。初ハーフでしたが、いい経験になったと思います」(松永)
ちなみに、松永も、内田と同じように前週に10000mを走り、28分34秒33の自己ベストをマークしている。
今季、松永の名前を世に知らしめたのは5月の関東インカレの5000m決勝だった。残り2周を切ってロングスパートを仕掛け、東京五輪代表の三浦龍司(順天堂大3年)らを相手に大胆な逃げ切りを図ったのだ。

関東インカレ5000m決勝で逃げ切りを図った松永(中央)
結局、三浦らに抜かれ6位に終わったものの、思い切りのいいレース運びで、あの日、スタンドを最も沸かせた。
トラックだけでなく、ロードでも結果を残し、大きな自信をつかんだ松永は1区にエントリー。今度は箱根でも周囲をあっと驚かせる走りを見せてくれそうだ。
「法政大史上最強チーム」で挑む
坪田監督がメンバー選考に頭を悩ませたように、このふたりだけではないのが今の法政大だ。
出雲で好走した小泉も、内田や松永が出場した11月の日体大長距離競技会で10000m28分台の好記録をマークしている。また、MARCH対抗戦2022では宗像直輝(3年)、中園慎太朗(4年)が10000m28分台をマークした。
「上位10人の10000mの平均タイムが、法政の歴史で初めて28分台に乗った」(坪田監督)
経験豊富な上級生に、新戦力も出てきており、数字の上で「法政大史上最強チーム」ができあがった。
また、箱根を戦う上で、特殊区間の5区、6区の経験者である、細迫海気(3年)と武田和馬(2年)がいるのも頼もしい。
2年連続のシード権はもちろん、目標の5位以内に向けて、戦力はそろった。
前回のシード権が“棚ぼた”ではなかったことを、新年の箱根でも示してくれるだろう。
取材・文・撮影/和田悟志
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