
次こそは、アメリカに勝てる!!~2021年東京五輪女子バスケ銀メダルの舞台裏#3
東京五輪当時は、世界ランキング10位だった女子バスケットボール日本代表。世界ランキングが日本より上位のフランスやベルギーに勝利し、銀メダルを獲得できた理由はどこにあったのか? 女子バスケ日本代表主将・髙田真希が初著書『苦しいときでも、一歩前へ!』にて明かした。
髙田真希著『苦しいときでも、一歩前へ!』より #3
トム・ホーバスは名指導者
トムの指導の特徴は、何といっても「細かい」ということです。初めて指導を受けたとき、その細かさに舌を巻き、「この人、本当にアメリカ人?」と疑ってしまうほどでした。アメリカ人はもっと自由で、細かいことにはあまりこだわらないと想像していたのです。しかし、それは単なる私の誤った思い込みでした。
私がどう想像しようとトムの細かさは変わらないので、以降、私は彼を〝昭和の日本人〟と思うことにして、覚悟を決めるのです。2017年に代表のヘッドコーチに就任するまでの7年間、トムはJXサンフラワーズ(現ENEOSサンフラワーズ)でコーチ、アソシエイトコーチ、ヘッドコーチを歴任しています。サンフラワーズはこの間、ずっとリーグ優勝に輝いていました。
そんな実績を持つトムの指導を実際に受けてみて、サンフラワーズ連覇の理由を私はすぐに理解できました。
トムが名ヘッドコーチだと言われるのは、厳しいところがある一方でコミュニケーションを取るのが上手だからでしょう。代表チームの合宿の場でも、練習前には選手たちに声を掛け、バスケ以外のことでも会話を交わせる雰囲気を作ってくれました。練習が始まり、選手に対して厳しい注意をしたときは、練習後に必ず「さっきの注意はこういう意味だよ。次はこうやってみよう」とフォローアップしてくれます。こうしたコミュニケーションが繰り返されるうちに代表チームはまとまっていきました。
熱意は人を動かす
外国人でありながら通訳を介さずに日本語で直接指導してくれる点も、名ヘッドコーチと言われる理由の1つです。トムの指導が厳しいと感じるのは、日本語の言い回しがストレートであることも影響しています。ただし、ストレートな日本語で伝えてくれているからこそ理解しやすいというメリットがあるので、慣れてしまえば問題はありません。
蛇足ですが、日本語を話しているときに、ふいに横文字の言葉が出てくると、やたらと発音がいいので、「ああ、やっぱりアメリカ人なんだな」と我に返るときがよくありました。
私がトムから強く感じたのは、何といっても熱意です。
他国では考えられないくらい小柄な選手がそろった日本代表チームに、トムは本気で金メダルをもたらそうと考えていました。そのためにはどうしたらいいのか、どうやったら世界に勝てるのか、その方法をいつも探っていました。これまで日本のバスケチームが成し遂げたことのない「オリンピックでの金メダル獲得」という目標を最初に打ち出し、それに向かってチームを約5年間導いていくのは本当に大変だったでしょう。しかも、最初から最後までどんな状況でもブレることなく、目標を掲げ続けたのです。
〝小さなチーム〟が〝大きなチーム〟に勝つための戦術について研究し、それを日本チームにうまく落とし込んでくれたことが東京五輪の結果に繫がったのは間違いありません。選手以上に負けず嫌いというトムなので、母国の代表チームといえども、絶対に負けたくないという気持ちは誰よりも強かったはずです。
勝利を引き寄せた「確信」
東京五輪のグループリーグでは、抽選の結果、世界ランキング10位(当時、以下同)の日本チームは、5位のフランス、14位のナイジェリア、そして1位のアメリカといった強豪チームと同じグループBに割り当てられます。日本にとっては〝死のグループ〟だったのです。
全体のシステムを簡単に説明すると、グループは合計で3つ。各グループ内のチームが総当たりで対戦し、各組上位2チームと3位チームのうち成績上位2チームが決勝トーナメントに進出する方式でした。決勝トーナメントに確実に進出するには、アメリカという最強チームがいる中で、最低2つ勝たなくてはなりません。
ランキングでは日本よりも下位に位置するナイジェリアですが、選手たちの身体能力は高く、前年の最終予選でアメリカとの対戦で第4クォーターまでリードを奪うほどの実力を見せつけていました。一方のフランスは、メダル獲得を確実視されるほどのいい状態で大会に臨んでいたので、こちらもかなり手強い相手だったのです。
これらのチームを相手に、決勝進出を確実にする上位2チームに入るのは、大きなチャレンジと言えました。7月に行われる初戦の相手がフランスと決まると、4月の合宿時点から私たちはフランス対策に力を入れました。その努力が実り、74対70という僅差で見事フランスに勝利したのです。これがチームに勢いをもたらします。
初戦のフランス戦で勝ったとき、私たちは「自分たちがやってきたことは間違ってなかった」という確信を持ちました。チームの団結力が一気に上がり、雰囲気は最高でした。メンバーの誰もがリラックスしながら試合に臨んでいたのです。
このままやれば絶対に勝てる――。
この時点で、私はそう確信していました。そんな手応えを感じさせてくれる重要な試合だったのです。
次に対戦したのはアメリカでした。日本チームは86対69で惜しくも敗れてしまいます。しかし、このとき私たちは「次にやったら勝てるんじゃないか」という感触をつかむのです。気を引き締めて臨んだ第3戦目のナイジェリア戦では、102対83で勝利を収めることができました。こうして日本はグループ2位の成績を残し、決勝トーナメントに進出したのです。

「勝てる」と信じていたアメリカとの決勝戦
アメリカチームとの試合は、オリンピックや世界選手権のような国際大会ではないとなかなか実現しません。日本やヨーロッパのバスケットボールシーズンは、秋に始まって2月から3月に終わります。シーズンが終了して4月ごろになると、代表に選ばれた選手たちは8月から9月にかけて開催されることの多い国際大会に向けて召集され、春から夏にかけて国際強化試合に臨むのが通常のパターンです。
ところが、アメリカのバスケシーズンは日本やヨーロッパと違って4月にスタートするため、レギュラーシーズンと重なり強化試合ができません。こうした事情も加わり、アメリカチームと対戦する機会は狭められています。さらに国際大会に参加したとしても、同じグループでなかったり、かつては日本がグループリーグを突破できないことも多かったりしたので、なおさら対戦機会は限られていたのです。それだけに、世界1位のアメリカチームとの対戦は日本にとって貴重なものでした。
そのアメリカとグループリーグで戦い、「勝てるかもしれない」と感じたのです。それほどまでに日本チームのコンディションは良好でした。決勝トーナメントが始まると、日本はベルギーと対戦します。第1クォーターを3点のリードで終えますが、第2クォーターで逆転され、第3クォーターで7点差に広げられました。しかし、最終の第4クォーターで日本チームは逆転に成功し、1点差でベルギーに勝利するのです。この時点で準決勝進出が決まります。
オリンピックの女子バスケで日本がベスト4に入るのは史上初のことでした。今でもこの試合は印象に残っています。次の相手は、グループリーグでも対戦したフランスでした。グループリーグでは僅差での勝利でしたが、準決勝では16点もの差をつけて勝てたのです。この時点で日本のチームのメダル獲得が決定し、日本はいよいよ決勝でアメリカと再び対峙することになります。
あのとき私たちは本気で「アメリカにも勝てる」と思っていました。それくらい自信に満ち溢れていたのです。ところが、いざ対戦してみると、アメリカはグループリーグのときとはがらりと異なり、ずば抜けたチーム力を発揮します。体力勝負になると日本が優位になるのがわかっていたのか、そうさせないように高さと技術力で得点を重ねていったのです。
結果的に日本は90対75でアメリカに負け、銀メダルに終わりました。
期待とは裏腹に、日本チームは負けてしまいましたが、リオ五輪の準々決勝で110対64という大差で敗退した状況に比べると、アメリカとの実力差はかなり縮まったのは明らかです。実に学ぶことの多いオリンピックでした。オリンピックの舞台でアメリカと2度にわたって対戦ができ、しかも決勝で戦ったという経験は、これからの日本チームにとって財産になることでしょう。「アメリカにも勝てる」という気持ちを絶やさずに1つひとつ課題をクリアしていけば、
次はアメリカに勝てると私たちは本気で信じています。
写真/アフロ
『苦しい時でも一歩前へ』
髙田真希

2022年3月30日発売
1,650円(税込)
新書判/208ページ
978-4-04-112245-7
中学校から本格的に始めたバスケットボール。貧血と診断され、練習でもひとり追いつけず苦しいことも多かった名門・桜花学園時代。複数のチームからオファーがあったなか、自ら選んだデンソーアイリスへの入団。日本代表主将としてチームをまとめ、バスケットボール界初のオリンピック銀メダル獲得。一方、30歳を機に立ち上げたTRUE HOPEでアスリート兼社長としての活動をするなど、精力的に様々なことに挑む高田のポジティブ思考の原点がわかる!
新着記事
自衛隊が抱える病いをえぐり出した…防衛大現役教授による実名告発を軍事史研究者・大木毅が読む。「防大と諸幹部学校の現状改善は急務だが、自衛隊の存在意義と規範の確定がなければ、問題の根絶は期待できない」
防衛大論考――私はこう読んだ#2
世界一リッチな女性警察官・麗子の誕生の秘密
「わかってる! 今だけだから! フィリピンにお金送るのも!」毎月20万以上を祖国に送金するフィリピンパブ嬢と結婚して痛感する「出稼ぎに頼る国家体質」
『フィリピンパブ嬢の経済学』#1
「働かなくても暮らせるくらいで稼いだのに、全部家族が使ってしまった」祖国への送金を誇りに思っていたフィリピンパブ嬢が直面した家族崩壊
『フィリピンパブ嬢の経済学』#2