全日本大学駅伝は、コンディションに恵まれたこともあって4位までが大会新記録という超高速レースが繰り広げられた。これほどのハイレベルになったにもかかわらず、2位以下に3分超の大差をつけて圧勝を飾ったのが駒澤大学だった。
1区を担い、その先陣を切ったのが4年生の円(つぶら)健介だ。
副主将の円は、4年目にして全日本大学駅伝が初めて挑む大学駅伝だった。
10月の出雲駅伝の時点では、円はだいたい9番目の選手だったという。つまりは、8人が走る全日本の正選手に入れるかどうかというラインだ。また、駒澤大の慣例では、正選手と補員とを合わせて8人しか出雲の遠征メンバーに入れない。本来であれば、円は遠征メンバーに入れないはずだった。
「円は、山野(力)や田澤(廉)がいないときに、副キャプテンとしてチームの面倒を見てきた。それに、夏は一番走り込んだんじゃないかな。だから、ここ(出雲)に連れてきた。本当は9番目ぐらいだったんですけど、最後ですからね」
円の頑張りを大八木弘明監督はちゃんと見ていた。

“9番目の選手”と“熱い主将”…駒澤大の圧倒的な強さを支える、田澤廉だけではない4年生たち
11月6日の全日本大学駅伝は、駒澤大学が3年連続15回目の優勝を果たし、学生三大駅伝(出雲、全日本、箱根)で二冠目を達成。史上稀に見る今季の強さの背後には、絶対エース・田澤廉だけではない、4年生の活躍があった。
“9番目の選手”が見せた意地

出雲市陸協記録会5000mの円健介(左)
円は出雲駅伝こそ走ることはなかったが(3区・田澤の付き添いをした)、駅伝後に開かれた出雲市陸協記録会の5000mで好走を見せた。創価大の留学生、リーキー・カミナに食らいつき、チームトップの2着でフィニッシュ。強風が吹き荒れる悪条件の中、14分ひと桁台のタイムでまとめた。
「9人目として出雲に連れてきてもらって、記録会で結果を残すことができてよかったです。アピールできたと思います」
円はそう話し、笑顔を見せた。
4年目の大学駅伝デビューは上々
チーム内のメンバー争いが激化する中、限られたチャンスを確実にものにし、円は全日本のメンバーに選ばれた。
「大学駅伝を走るのが夢で駒澤大学に入ってきたので、その夢を叶えられると思うと、すごくワクワクしました」
その夢舞台で、大学初駅伝にもかかわらず、堂々とした走りを見せた。
青山学院大の目片将大が序盤から飛び出す展開となったが、円を含む集団のペースがなかなか上がらないと見るや、円は自ら前に出て集団を牽引し、前を追った。
「最初に青学の選手が飛び出しましたが、監督からは『冷静にいけ』っていう指示があったので集団で進めました。ですが、なかなかペースが上がらず、先頭との差がかなり開いていたので、これはペースを上げないといけないなと思いました。
自分が前に出て、レースを引く形にはなったんですけど、後半も粘ることができたので、1区の役割は、最低限果たすことができたと思います」
結果はトップと19秒差の区間4位。スターターとして、上々の大学駅伝デビュー戦だった。
エース田澤を「ラク」にした主将の存在
昨年度は3年生にして田澤が主将を務めた。だが、今年1月の箱根駅伝の後に、その肩書きを同級生の山野に託した。これにより田澤は心理的な負担が「ラクになりました」と言う。そのおかげもあって、今季は競技に集中できている。
一冠目を手にした出雲駅伝の直後に、山野はこんなことを話していた。
「一人ひとりが勝ちたいっていう思いが強いし、勝たなくちゃいけないメンツもそろっている。自分もみんなに『勝とう!』と声をかけて、みんなもちゃんと応えてくれた」
駒澤大といえば、大八木監督の声がけが名物だが、山野もまた、主将として熱い声がけでチームを盛り立てていたのだ。
選手としてももちろん、山野はチームにとって欠かせない戦力だ。
主将に就任した直後の2月、地元・山口で開催されたハーフマラソンで1時間0分40秒の好記録をマークし、日本人学生最高記録保持者となった。今や学生長距離界を代表する選手のひとりだが、駒澤大へは一般受験を経て入学した努力の人でもある。
そして、駅伝でも力走を見せている。出雲駅伝では4区を走り区間2位。
山野自身は「強風の中で頑張ったなと思うんですけど、欲をいえば区間賞を獲りたかった。(区間1位に)19秒も差をつけられたのは反省です」とレース後に口にしたが、大八木監督は「山野のところでだいぶ優勝が近づいてきたと思った」と評していた。
大学駅伝三冠のカギは4年生の活躍
全日本大学駅伝では3区を走った。1秒差の2位で中継所を出発した。
「つなぎ区間よりも、速い選手がいっぱいいる区間だったので、追いつかれても後半に引き離せるように余力を残して走りました」と言うように、駅伝ならではのクレバーな走りを見せた(結局、後続に追いつかれることはなかったが……)。
山野は早々に先頭を奪うと、2位に38秒もの大差をつけて独走体勢を築いた。
「毎年、全日本では前半で遅れてしまい、“後半頼み”っていう展開が多かった。なので、今回は、1区から3区の3人で話し合って、前半組でしっかりトップに立つっていう目標を立てました。次は、初めての駅伝となる1年生の山川(拓馬)だったので、どれだけ貯金を作れるかなと思って走りました」
そんな目論見通りの走りだった。以後、駒澤大は先頭を譲ることがなかった。
山野は、区間5位という順位以上の、見事な働きぶりだったと言えるだろう。

全日本大学駅伝の3区を走った山野力(左) 写真/共同通信
全日本大学駅伝で3年連続15回目の優勝を果たし、これで今季の大学駅伝で二冠目。あとは箱根駅伝を残すのみ。大八木監督にとって悲願だった大学駅伝三冠にリーチをかけている。
今季の駒澤大の大黒柱は、エースの田澤であることは間違いない。また、田澤だけでなく、スーパールーキーの佐藤圭汰(1年)、長期のケガから復活した鈴木芽吹(3年)ら、タレントが豊富なのも今季の特徴だろう。
とはいえ、エースの力だけでは勝つことができないのも駅伝の醍醐味でもある。よくいわれることだが、大学駅伝では4年生の力が必要不可欠だ。
「あの3人はいいトリオです。仲もいいです」
大八木監督は田澤、山野、円の4年生3人について、こう評する。田澤のパフォーマンスがあまりにも突出しているが、山野、円がきっちり仕事を果たしているからこそ、今季の駒澤大の好調ぶりがあるのではないだろうか。
「4年生みんながチームを引っ張ってくれているんですけど、中でも山野と自分、田澤の3人は、それぞれキャプテン、副キャプテン、エースという立場で、お互いに高め合ってきました」
出雲市記録会で好走を見せた後に、円はそんなことを話していた。
三冠をかけた最後の箱根駅伝でも彼ら4年生の走りがカギとなるに違いない。

全日本大学駅伝のフィニッシュ地点のモニターで戦況を気にする山野と円
取材・文・撮影/和田悟志
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