新型コロナウイルスの影響で客足が途絶えていたビーチは今年、徐々に活気を取り戻した。一方で、悲しい水難事故のニュースも相次いだ。
日本全国にある海水浴場の数は約1200。必ず安全監視員を置かなければならない条例があるものの、日本ライフセービング協会が発行する資格を持つ、認定ライフセーバーがいる海水浴場は、わずか200ほど(https://ls.jla-lifesaving.or.jp/accident-prevention/safety-beach/)。そのほかの場所では、資格を持たない地元の有志などが監視をしている。ライフセーバー人口の不足など、海の安全を守る基盤が十分整っていないのが現状だ。
では、どうすれば水難事故を防げるのか。現役で活動するライフセーバーたちは、「自分の命を自分で守ることが一番」だと語る。
「海の危険性を理解し、その日のコンディションを見た上で正しい遊び方を判断できれば、極論、事故は起こらないんです。もちろん、誰もが高い安全知識を持っているわけではないので、僕たちからお声がけして、安全に遊んでもらえる方法や場所を伝えています」(上野)
「死に直面する可能性がある仕事はもちろん怖い」水難事故0に挑み続ける、ライフセーバーたちの覚悟
溺れた人を助けるのではなく、未然に防ぐことが使命だと語るライフセーバーたち。悲しい場面に直面してきたこともある彼らが提言する、水難事故を防ぐ方法とは。
事故を未然に防ぐことが最大のミッション

ライフセービングの日本代表選手であり、ライフセーバーとしても活動する(左から)上野凌さん、園田俊さん、西山俊さん、繁田龍之介さん

現場でさまざまなセーフティネットを張ってはいるが、もしも疑問や不安があったら、気軽に「今日はどうすればいい?」と話しかけてもらいたいともいう。
「僕たちは救助することが仕事だと思われていますが、溺れるのを待っているわけではありません。事故を未然に防ぐことが最大のミッション。もちろん、事故が起きたときに救うためのトレーニングは積んでいますが、日頃から、“どうすれば事故が起きないか”とチームで話し合い、予防策を練っています」(園田)
海のコンディションが大きく変わる要因は、風と波。特に離岸流は、自分で岸に戻ろうとしてもコントロールできないため、パニックになってしまうことが多い。
「ライフセーバーは“うるさい監視員”みたいに思われることも多いのですが、僕たちの近くで遊んでくれることも、安全性を高めるために大切なこと。人が少ない場所で遊びたい方もいると思いますが、目が届かない場所では何かあったときにすぐに駆けつけることができません。早朝や夜など、監視していない時間に事故が起こることも多いので、時間と場所を守っていただきたいです」(西山)
日本の海水浴場では、飲酒による事故も多い。
「飲酒して海に入ることを許されている国って、実はすごく少ないんです。諸外国では、ビーチでの飲酒を禁止しているところが多い。それだけ、飲酒は危険だということも覚えておいてください」(西山)
ライフセーバーを目指したきっかけの事故

名前の通り、命を守る仕事に従事するライフセーバーだが、恐怖心はないのか尋ねると、「怖いです。怖くない人はいないと思う」と即答する。
解放的な雰囲気に包まれる海水浴客とは違い、彼らは常に、緊張感と隣り合わせだ。
大学からライフセービングを始めた西山さんの場合、大学3年生のときに出場した大会での事故が、本格的にライフセーバーを目指したいと思ったきっかけだった。
「初めて水難事故に遭遇したのが、2010年の全豪選手権でした。当日はサイクロンが直撃してものすごく海が荒れていて、出場していたオーストラリア人選手のひとりが競技から戻っていないことがわかったんです。
警察や消防も駆けつけて捜索を開始しましたが、しびれを切らした何百人ものオーストラリア人選手たちは、身体ひとつで海に入っていきました。僕自身は怖くて海に入ることができませんでしたが、危険を顧みずに飛び込んでいったオーストラリア人ライフセーバーたちの姿には震えました。残念ながらその選手は亡くなってしまいましたが、仲間を助けようと救助に向かった彼らの精神はめちゃめちゃかっこいいと思ったし、僕もそこを目指したいと思ったんです」(西山)

もちろん、いくら彼らが高い意識を持って活動していても、残念ながら水難事故が起きてしまうこともある。
「助けられたこともありますが、助けられなかった経験もある。すごく悲しいし、辛いし、やっぱり責任を感じます。死というものに対して、僕たちはすごく距離が近いと思います。だからこそ、危険性をたくさんの人に認識してもらえるように活動したいし、事故が起こらないように、がんばらなければいけないと思っています」(上野)
活動を支えるボランタリーの精神
夏の間はライフセーバーとして活動しつつ、別の仕事もしている人がほとんど。活動はお金を稼ぐ手段ではなく、「ボランタリーの精神でしかない」と語る。とはいえ、ライフセーバーという社会活動をすることは、普段の仕事にも相乗効果があるよう。
「僕が心がけているのは、二面性の使い分け。いざ海で救助に出なければならないときは、自分がリーダーシップを発揮するんだという気持ちを持つことが大切なんです。溺れている人を助けなきゃいけないときに、謙虚ではいられないですから。
一方で、やっぱり海はひとりで守ることができない。みんなと危機感を共有しなければいけないし、チームで支え合うことが重要です。それは普段の仕事や人との関わりでも同じ。謙虚に一歩下がって、俯瞰で見るようにしています。その二つの心構えが持てているのは、ライフセービングの活動をしているからだと思います」(上野)

上野さんは普段、コンサルタントとして働く会社員。所属する西浜サーフライフセービングクラブでは、クラブの運営や後進の指導にもあたっている
やりがいを感じるのは、「ありがとう」の言葉。
「僕はライフセーバーとしての歴が浅く、去年初めて海での監視活動をしました。やっぱり、ずっと気を張っているし、責任感も伴う楽な仕事ではない。それでも、お客さんが“楽しかったです。ありがとうございました”と言って無事に帰ってくれる瞬間は、本当にやってよかったと思えます。安全は見えにくいものですが、必要とされていると実感できる言葉は、本当にうれしいですね」(繁田)

繁田さんは湯河原のライフセービングクラブに所属。普段はフィットネストレーナーとしても活動している
「僕は今、同じクラブに所属する子供たちの指導者でもあるのですが、彼らが笑顔で楽しかったと言って海から上がってくる瞬間は、やっていてよかったなと思います。何度もライフセービングをやめようと思ったこともありましたが、続けている原動力は、これからを担っていく子供たちを育てるため。そのためには、やっぱりまだまだ、自分ががんばらなければいけないなと思っています」(園田)

園田さんは、特別支援学校の先生でもある。「僕を見てムキーッと筋肉を見せてくる子もいます(笑)。ライフセーバーであることを生徒は認識できないないけど、保護者の方はすごく応援してくれていますね」

コロナ禍前はプロとして活動していた西山さん。憧れのオージー・ライフセーバーに近づくべく、日本とオーストラリアを行き来しながらトレーニングを積んでいる。現在、絶賛スポンサーを募集中
「日本ライフセービング協会が発行する認定ライフセーバーの有資格者は4472人(2022年8月現在)。下は10代から、上は50代まで活躍しています。子供の頃にライフセービングに触れた人たちが、20〜30代に競技者や海を守るライフセーバーとして前線でがんばる。そして、年齢と経験を重ねてからは次の世代を育てていく……。そのサイクルがどんどん大きくなって、ライフセーバーを目指したいと思う人が増えてくれたらいいですね。そうなることがきっと、水難事故の減少につながると思いますから」(西山)
取材・文/松山梢 撮影/nae.
日本ライフセービング協会の安全情報サイト
https://jla-lifesaving.or.jp/
ライフセーバーや活動者向けサイト
https://ls.jla-lifesaving.or.jp/
新着記事
自衛隊が抱える病いをえぐり出した…防衛大現役教授による実名告発を軍事史研究者・大木毅が読む。「防大と諸幹部学校の現状改善は急務だが、自衛隊の存在意義と規範の確定がなければ、問題の根絶は期待できない」
防衛大論考――私はこう読んだ#2
世界一リッチな女性警察官・麗子の誕生の秘密
「わかってる! 今だけだから! フィリピンにお金送るのも!」毎月20万以上を祖国に送金するフィリピンパブ嬢と結婚して痛感する「出稼ぎに頼る国家体質」
『フィリピンパブ嬢の経済学』#1
「働かなくても暮らせるくらいで稼いだのに、全部家族が使ってしまった」祖国への送金を誇りに思っていたフィリピンパブ嬢が直面した家族崩壊
『フィリピンパブ嬢の経済学』#2