今年の夏も甲子園では高校野球の熱戦が繰り広げられています。甲子園に出場するために熾烈な地方大会を突破するには、技術力だけでなく野球部に携わる指導者のチームマネジメント力も問われます。
かつての大ベストセラー『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』(岩崎夏海)のように、高校野球はマネジメントを論じる材料として使われることが多々あります。国際武道大学でも高校野球部とマネジメントに関する研究を行い、いくつかの論文を発表しています。
我々が特に深堀りしているテーマは「高校野球トップクラスのチームは何が違うのか?」。甲子園に出場した高校野球部へのアンケート調査などで、リサーチを進めてきました。なかでも着目しているのは、高校野球部(硬式野球部に限定します)の「ヒト・モノ・カネ・情報」の4項目。
経営学には「経営資源」という考え方があります。企業経営のために必要なリソース(資源)のことで、「ヒト・モノ・カネ」という有形財産と「情報」の無形財産があるとされています。
この経営資源を高校野球部に当てはめて考えると、高校野球のマネジメントがより具体的に見えてきます。高校野球における「ヒト・モノ・カネ・情報」とは次のようなものです。
●ヒト……人的資源=監督の指導歴や指導者の人数、部員数、県外部員数など
●モノ……物的資源=グラウンドや室内練習場、照明、合宿所・寮の有無など、おもに施設や環境面
●カネ……金銭的資源=学校からの年間予算や部費徴収の有無、部費や寮費など。おもに野球部の予算に関わる内容
●情報……情報的資源=練習時間やチームの目標、年間練習試合数など部としての活動情報
我々が2016年に甲子園に出場経験のある31校に実施した調査でも、経営資源の観点からいろんな傾向が見えてきました。その一部をご紹介していきましょう。

理想は11年以上⁉ 甲子園で監督をコロコロ代える学校が勝てない理由
甲子園に出場するために熾烈な地方大会を突破するには、技術力だけでなく野球部に携わる指導者のチームマネジメント力も問われる。国際武道大学・大西基也准教授らが、甲子園出場校に行ったアンケート調査などから、高校野球トップクラスのチームは何が違うのかを浮き彫りにする。
甲子園出場校のヒト・モノ・カネ・情報(前編)
【高校野球とヒト】
監督をコロコロ代えるチームは勝てない?
甲子園に出場経験のある高校野球部における監督の指導歴を調べると、83.9%が11年以上も同じ高校で指導していることがわかりました。
一定期間のサイクルで異動することが多い公立高校では難しいでしょうが、同じ人物が長く監督を続けることで成果が上がっているのです。
これには様々な要因が考えられます。長い監督歴のなかで色々な失敗を経験し、指導法や運営法が洗練されていくから。中学野球チームとの関係性が築けて、好選手が安定して入学してくれるようになるから。チームの方針が選手や保護者に浸透し、監督のイメージに近い運営がしやすくなるから……など。
スポーツで名を売りたい私立高校に目立つのは、早期に「甲子園」という結果を欲しがるあまり、経営陣が指導者をコロコロと交代させることです。なかには毎年のように監督が代わる高校もありますが、いくら施設や選手勧誘に金をかけても継続して強いチームをつくるのは難しいでしょう。
監督が代わってすぐに甲子園に出場するケースもあります。しかし、その代わった監督の指導力が原動力とも考えられる一方、それまで指揮を執っていた前任監督が育てた選手が結果を出したとも捉えられます。
監督の適性を見極めるのは大切ですが、一定期間の猶予を与えることもチームマネジメントの上で重要と言えそうです。
【高校野球とモノ】
やはり強かった24時間管理体制の野球部
寮を保有している高校は71%。学校生活、部活動だけでなく、部員たちが寝食をともにする寮生活を行っているチームが一定の成果を挙げています。
寮生活のメリットはさまざまです。遠方の自宅から通えない有望な選手が入学できる。食事面を管理できるため肉体強化や体づくりにつなげやすい。掃除や洗濯を自分自身でするため自活能力が身につく。夜間練習など自主練習の時間や睡眠時間が確保できる、など。
野球はチームスポーツであり、チームスポーツでは、みんなで協力するチームワークが勝敗を分ける重要な要素になります。寮生活のように集団生活を行うことによって、野球以外でもチームワークが身につき、その身についたチームワークが野球につながっていくというメリットも考えられます。
また、近年のコロナ禍ではクラスターが発生するリスクもありますが、平時では部員の体調管理をしやすくなります。
【高校野球とカネ】
予算を圧迫する原因の大半は「道具費」
野球はお金のかかるスポーツ。その年間予算の大半を占めるのは道具費です。
野球部なら大量にボールを保有しているものですが、ボールも貴重な消耗品。傷みやすく、野球部を運営していくためにはいくつあっても足りず、定期的に購入しなければなりません。その他にバットや滑り止めロジン、ベース・ピッチャープレートなどの消耗品もあります。
学校から支給される年間予算は、調査したなかで最高額が550万、最低額は18万と大きな幅がありました。11万~100万が67.7%を占めています。そこへ月額数千円の部費、後援会やOB会からの援助がプラスされ、野球部の活動費の総額となります。
学校から支給される年間予算が少ない場合は、選手から部費を徴収したり、後援会やOB会からの援助で活動費を補っていると考えられます。
寮費は学校によって異なりますが、相場は月5〜6万円。そこに加えて授業料や部費の負担が保護者にかかります。
【高校野球と情報】
強化はスカウティングから始まる
高校トップクラスの野球部の多くは指導方針として「人間教育」を掲げています。学校の部活動ですから学業と両立させることになりますが、進学校のような高い次元の「文武両道」とは一線を画し、スポーツを通して人間性・社会性を身につけることを重視しています。
私立高校の強豪校の多くにはスポーツ推薦制度や特待生制度があります。有望な選手が集まりやすいのはこの制度があるためで、中学生の段階でスカウト合戦は始まっています。
野球部の監督やコーチが中学生の勧誘に奔走するケースがほとんどですが、なかにはスカウト専任に近い野球部スタッフも存在します。全国各地に散らばるOBが母校愛から情報を集め、提供する例もよくあります。
寮や合宿所を有する高校野球部は、高校がある都道府県ではなく、他の都道府県から越境という形で有望な選手を集めるケースが目立ちます。都道府県や地区の代表校でありながら、他の都道府県出身の選手が多数在籍する野球部もあります。
入学金・授業料などを免除される特待生は、日本高野連によって「年間5名以下にすることが望ましい」と要望が出されています。
※※※
まずは「経営資源」という観点から、項目ごとにポイントを挙げてみました。
後編ではもっとポイントを絞り、高校野球のヒト・モノ・カネ・情報について意外な実態をお伝えしていきます。
参考文献
『高等学校硬式野球部の経営に関する研究−甲子園出場経験のある硬式野球部を対象として−』(大西基也、百武憲一)
構成/菊地高弘 監修/大西基也(国際武道大学准教授) 百武憲一(国際武道大学教授)
写真/shutterstock
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