〈新生・侍ジャパン〉井端新監督が「今、誰と一番話したい?」で指名した意外な人物…野球日本代表の新しい指揮官の持つ独特の野球観とは
野球日本代表「侍ジャパン」の新監督に、中日ドラゴンズ、読売ジャイアンツでプレーした井端弘和氏の就任が決まった。今年3月には栗山英樹監督のもと、世界一を奪還した侍ジャパン。その後任となると大きな注目を集め、当然、井端新監督には多大な重圧もかかるだろう。しかし、新指揮官としての意気込み、熱意は記者会見から十分すぎるほど伝わってきた。
新生・侍ジャパンの野球を紐解く井端監督の「野球観」
筆者は昨年、井端さんの著書の制作に担当編集として携わった。
内容は、タイトル通り井端さんが持つ「野球観」を掘り下げるというモノだ。もちろんご本人にも複数回にわたって、じっくりと話をうかがった。その中で感じたこと、印象深いエピソードがある

10月4日、野球日本代表就任の記者会見をする井端監督 写真/共同通信
野球人・井端弘和の印象――。
それは、非常にクレバーで、自身はもちろん、すべての事柄を客観的に見ることができる人物だということだ。
1997年ドラフトで中日ドラゴンズに5位指名を受け、プロ入りした井端さんは当初「一軍のレギュラーを目指していなかった」という。プロのレベルの高さはもちろん、5位という指名順位から自身を「そこまで期待されて獲ってもらっていない」と断言する。
そのうえで、「二軍でコンスタントに出場しても、給料は上がらない」とも思った。
そこで目指したのが「一軍の控え」だったそうだ。多くのプロ野球選手は、当然ながら一軍のレギュラーや将来のスター選手を目指してプロ入りする。しかし、井端さんは少し違う。自分の立ち位置や実力を冷静に客観視できるからこそ、「まず目指すべきは一軍の控えだ」と、より現実的な目標を設定した。
もちろんその後、実際に「一軍の控え」の座をつかんだ際に「これじゃダメだ」とマインドチェンジを図り、実際には不動のレギュラーへと成長していくわけだが、目の前の目標をしっかりとクリアしていったからこそ、ショート、セカンドという負担の大きいポジションを守り続けながら、NPB通算で1912本ものヒットを記録することができたのだろう。
井端さんのクレバーさを感じたエピソードは他にもある。それが、「数字」に対してのこだわりのなさだ。
「クレバーというなら、むしろ徹底的に数字にこだわるのでは?」
そう感じる方もいるかもしれないが、井端さんの場合は逆だ。冷静で、すべてを客観視できるからこそ目先の数字だけにこだわらない。たとえば、打率。著書の中で、井端さんはこう記している。
「そもそもギリギリ3割と2割9分台というのは、私も両方経験したことがあるが、その足りないヒット数なんて、計算してみたら5本もない。年間500打席以上立って、その中でのたかが5本。はっきり言って。どうでもいいようなヒットだってある。(~中略~)そこでの打率の差は自分の中ではあまり気にならなかった」
なぜ打率を気にしなかったのか?
言われてみれば、確かにその通りかもしれない。プロ野球では「打率3割」を一流の基準とする向きがあるが、井端さん自身は現役時代、「3割なんてどうでもいいわ」と感じていたという。
また、井端さんが現役を引退し、巨人のコーチに就任した直後に話を聞いた時のことだ。前述のとおり、井端さんはNPBで1912本のヒットを放っている。
名球会入りの資格となる2000本までは残り88本。そこに、悔いはないのか――。そんな質問を投げかけると、こともなげに「あまり意識はしていません」と言い放った。
2000という基準は、あくまでも他者が設けたもの。そこを意識したり、目指すようなことはない。必要なのは自分の中での基準や目標設定だという。
打率などの数字は一切気にしなかったという井端さんだが、一方で「試合に出場する」ということには大きなこだわりも持っていた。プロ野球は、勝とうが負けようがレギュラーシーズンだけでも年間143試合を戦う長丁場。その中で、与えられたポジションで試合に「出続ける」ことに価値を見出し、強いこだわりを持ってプレーを続けた。これもまた、他者ではなく自身の価値観を大切にしている証左だろう。
現役時代の独自の“こだわり”はもちろんだが、現役引退後は指導者としても精力的に活動してきた。野球に対するあくなき「知的欲求の強さ」も、強く印象に残っている。NPBはもちろん、侍ジャパンではU-12の監督、トップチームでのコーチを経験。さらには社会人野球のNTT東日本、台湾プロ野球の台鋼ホークスでも指導を行った。

現役時代には侍ジャパンの一員としてのプレー経験もある 写真/Getty Images
現役時代に中日から巨人に移籍した最大の理由も「他球団の野球を見て見たかった」からだという。
「今、誰と一番話をしたいですか?」の答えは意外な人物
また、著書『野球観~勝負をわける頭脳と感性~』(日本文芸社)を制作する際、誌面に井端さんと誰かの「対談」を収録したいと考え、本人に「今、誰と一番話をしたいですか?」と投げかけてみた。こちらとしては、中日時代のチームメイトやライバルなどのプロ野球関係者を想定していたのだが、井端さんから帰ってきた答えは「帝京高校の元監督の前田三夫さん」という意外なものだった。

著書で帝京高校の元監督・前田三夫さんとの対談が実現
理由を聞くと「あれだけ長きにわたって高校野球という特殊な競技の指導者を続け、しかも結果を出してきた方。ぜひ、話を聞いてみたい」とのことだった。NPBの枠を超え、他カテゴリの野球からもどん欲に何かを学ぼうとする姿勢には、感嘆するしかなかった。
ちなみに、実現した対談は予定していた時間を大幅に超過するほど、大盛り上がり。お二人の「野球観」が交錯する素晴らしいものとなった。
就任記者会見で井端新監督は「自分の持っているすべてを注ぎ、全力で努めていくことが日本野球への恩返しになる」と決意を語った。
現役時代から継続する価値観に、引退後は、精力的に知見を広め、さらに厚みを増した「野球観」。トップチームだけでなく、U-15の監督を兼任するというのも、実に“井端弘和新監督らしい”と感じる。
もちろん、その重圧は想像を絶するものだろう。それでも、侍ジャパンの新指揮官として、その“野球観”を存分に選手たちに落とし込んでほしい。
井端弘和監督が率いる新生・侍ジャパンを応援したいと思う。
取材・文/花田雪
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