「敵を知り、己を知れば、百戦して百戦危うからず」
必ずどこかに勝ち目はある。それを探すことこそ、サッカーの醍醐味とも言える。弱点を見つけ、そこに自分たちの最強をぶつけ、肉迫する。言うは易く行うは難し、だが…。
ヒントはある。
欧州最前線の戦いから、それを学び取ることはできないか? そこで、欧州チャンピオンズリーグ(CL)でリバプールとの準決勝まで進んだスペイン、ビジャレアルの戦いをひとつの範とすることにした。
ビジャレアルは、人口わずか5万人の町を本拠にする。その彼らが10倍近い予算規模を誇るメガクラブに対抗し、打ち負かした事実は特筆に値するだろう。マンチェスター・ユナイテッドと同じグループを勝ち上がり、ユベントス、バイエルン・ミュンヘンという欧州のメガクラブを立て続けに撃破。それも偶然的な戦いに頼らず、再現性のあるプレーで金星を勝ち取っているのだ。そんな彼らの戦い方を森保ジャパンに照らし合わせながら、勝利のシナリオを見極める。
人口5万人の町の小クラブをヒントに! スペインサッカーに学ぶ森保ジャパンが奇跡を起こす「神算」(前編)
森保一監督が率いるサッカー日本代表は、今年11月のカタールW杯でドイツ、スペインという元世界王者と同じ組に入っている。勝算は限りなく低い。客観的に見れば、「グループリーグ勝ち上がりはスペインとドイツで決まり」といったところだ。しかし、サッカーは最も大番狂わせが起こるスポーツである。カタールW杯で日本代表が勝ち抜くためのヒントをスペインの小さなクラブの戦い方から探る。
チャンピオンズリーグに学ぶ弱者の兵法
森保ジャパンとビジャレアルの共通点
スペイン人監督ウナイ・エメリが率いるビジャレアルはCL準々決勝、バイエルンと戦っている。ドイツ代表5人を揃えた一昨シーズンの欧州王者に、ファーストレグは本拠地で1-0と勝利。敵地でのセカンドレグは1-1で勝ち上がった。この2試合は、エメリ・ビジャレアルを象徴していた。

今やエメリは最高の戦術家の一人
ファーストレグは21本のシュートを浴び、守勢に回る時間は長かった。戦力的劣勢は明白だったが、完璧に崩されたシーンはほとんどない。4-4-2で構成したDF、MF、FWのラインが緊密に連携を取って、スペースを与えず、自由を奪った。各々が「持ち場を守る」という意識を徹底することで、最悪を回避していた。
攻守にわたって、ポジション的優位が徹底。準備の段階で相手よりもいい位置取りをし、連係できる相互関係を保ち、局面によける戦闘力も顕著だった。単純に「球際の戦いを制する」「相手をブロックする」「選択肢を狭める」を繰り返した。エメリは肉体的な献身、プレーインテンシティを重要視している。
例えば左サイドには、本来はボランチのフランシス・コクランを起用し、プレー強度を高めているし、右サイドバックはセンターバックでマーキングや高さに優れたフォイを抜擢。サイドバックをサイドMFで使う起用法も一つで、まずは城門を閉じた。国内リーグでは、スピードやトリッキーなドリブルが持ち味の選手も使うが、勝負所の戦いでは強度を重んじている。
森保ジャパンがビジャレアルと似ている色合いとしては、負けないための算段で作られている点にあるだろう。森保監督も、前線では伊東純也のようにスピードがあってカウンターで力を発揮する選手、南野拓実や原口元気のようにプレー強度(インテンシティ)が出せる選手を好む。中盤では防御力を高めるため、遠藤航のアンカーを採用。ディフェンスには安定したパフォーマンスを期待し、吉田麻也や長友佑都のように経験に重きを置いた起用が多い。
システムは4-3-3と違うが、理念は近い。アクシデントが起こる可能性をできるだけ小さくし、あるいは起こっても被害を最小限にする手はずを整えている。相手の良さを消しながら逆を取る。過去の日本代表では、2010年南アフリカW杯、岡田武史監督が率いたチームに近い。石橋を叩いて渡る、堅実さだ。
つまり、森保ジャパンがエメリ・ビジャレアルから吸収すべきことは多いと言えるだろう。これは2020-21シーズンに久保建英がビジャレアルに半年間レンタルで在籍するも定着できなかった理由につながり、同時に森保ジャパンの解析にも結び付くかもしれない。
久保建英に足りないもの
当時、久保は国内リーグでは途中出場が続いていたが、ヨーロッパリーグ(EL)では主力だった。結果的にチームはELを勝ち上がって優勝し、CL出場権を得たが、久保は半年でヘタフェに移籍している。
エメリは、久保の才能を高く買っていた。当初はいろいろなポジションで起用したが、やがて監督の与える役割と選手の特性にズレが生まれた。その技巧は魅力的で攻撃重視の戦いでは武器だが、守りの強度はどうしても弱く、カウンターで攻撃に打って出る時の爆発力もアフリカ系の選手と比べると劣った。
「プレー強度が足りない」
監督が不満を漏らすようになると、途中起用が多くなっていった。そして久保自身、エメリが求めることとのギャップで、自ら移籍を志願した。翻って、森保監督も久保の使い方には戸惑いがあるように感じる。そもそも、どのポジションで使うべきか。トップ下、右アタッカー、左アタッカー…。その迷いはエメリと同じで、今のところ主力として捉えていない。
筆者は、久保のように個人で打開できるだけでなく、連係にも優れた選手を起用し、他の攻撃的選手と組み合わせ、能動的に戦うスタイルを支持する。「日本人は技術、俊敏性に優れ、それをコンビネーションで使える」と欧州でも機動力が高く評価される。鎌田大地(フランクフルト)、堂安律(PSV)、奥川雅也(アルミニア・ビーレフェルト)、三笘薫(サン=ジロワーズ)などを束ねて強豪に対抗すべきだ。
しかし現実として、守りへの比重が高いだけに、ここに挙げたアタッカーたちは森保ジャパンで不遇をかこっている。
シュート4本対24本、それでも負けない戦い方
ビジャレアルが森保ジャパンと決定的に違うのは、やはり効率に特化した点だ。エメリ監督の守りは、人海戦術ではない。できる限りゴールから離れた位置でブロックを自在に動かし、ボールをつなげる相手のミスを誘発。予備動作における「ポジション的優位」活用することで、有利に戦う。
それは攻撃にも当てはまる。
バイエルン戦のファーストレグ、前半7分の先制点は象徴的だった。スペイン代表FWジェラール・モレーノが右サイドに張り出し、幅を取る。広げたインサイドを駆け上がったアルゼンチン代表MFジョバンニ・ロ・チェルソがゴールラインぎりぎりまで深みを取り、マイナス方向へ折り返し、エリア内のスペイン代表MFダニエル・パレホが合わせ、さらにオランダ代表アルノー・ダンジュマがコースを変えて先制した。
陣地の奪い方がロジカルで、一つの得点パターンだった。
合理性の点で、カウンターは敵を一閃する切れ味がある。奪った瞬間、爆発的なスピードとパワーを武器に阿吽の呼吸で飛び出す。その練度も高い。
その点が強く出たのがバイエルン戦のセカンドレグだ。ビジャレアルは24本ものシュートを浴び、自分たちのシュートは4本、枠内はわずか一本だった。圧倒的に不利な試合展開で1点を返され、振り出しに戻されたが、終盤に発動したカウンターでゴールを決めた。
バイエルンのクロスを跳ね返し、回収したボールをパレホが卓越したコントロールで相手のマークをはがす。これで一気に優位に立った。前向きでボールをつなげると、一斉に選手が走り出した。最後は逆サイドからトップスピードで走り込んだ交代出場、ナイジェリア代表FWサムエル・チェクウェゼが押し込んだ。
「ワンプレーで相手を外せたら、それがゴールにつながる」
その腹のくくり方で、一切の無駄のなさだった。森保ジャパンはどこに向かって舵を切るべきか。後編では、ビジャレアルの準決勝リバプール戦を検証し、その核心に迫りたい。
取材・文/小宮良之 写真/gettyimages
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