またひとり、オリックス・バファローズに“怪物”が現れた――。
3月31日、オリックスの開幕投手を務めた山下舜平大の投球を見て、そう感じたファンは多かったのではないか。2020年ドラフト1位入団の高卒3年目。昨季まで一軍登板ゼロの20歳右腕を、中嶋聡監督は大事な開幕戦の先発投手に指名した。プロ初登板が開幕投手となったのは、チームとしては阪急時代の1954年、当時新人の梶本隆夫以来69年ぶり。プロ2年目以降の投手が一軍デビューを開幕投手として飾ったのは1950年の2リーグ制後、NPB史上初めてのことだった。
《大谷翔平を超える逸材》えげつないボールを投げる怪物・山下舜平大のプロ初登板&開幕投手で確信した「バファローズ投手王国」 への道筋
2リーグ制以降初となる「プロ2年目以降のデビュー戦開幕投手」を任されたオリックス・バファローズの20歳、山下舜平大投手。3年目にして飛躍を遂げつつある右腕の成長過程から導き出される「オリックス投手王国」誕生への道とは――。
オリックス・バファローズ3連覇への道#1
奇策ではなかった「一軍デビュー開幕投手」

プロ2年目以降の投手としては初の、一軍デビュー開幕投手となった山下
そんな“快挙”にもかかわらず、山下は初回からプレッシャーなど微塵も感じさせない圧巻の投球を見せた。4回裏に西武・栗山巧にタイムリー二塁打を浴びて先制を許したものの、それ以外は危なげない投球で5回1/3、84球を投げて被安打4、7奪三振、1失点。直球の最速は157キロをマークした。勝ち星こそ付かなかったものの、デビュー戦、開幕投手としては満点に近い出来だった。
しかし、なぜだろう。一軍未登板の高卒3年目投手をいきなり開幕投手に起用したというのに、そこには“奇策”“大抜擢”といった印象があまりない。
たしかに、山下の開幕投手はいくつかの条件が重なって実現したものだ。絶対的エース・山本由伸や、昨季11勝をマークした宮城大弥が直前まで行われていたワールド・ベースボール・クラシック(WBC)出場の影響で開幕一軍を外れた。そんな中、山下はオープン戦で自己最速の158キロを計測するなど、4試合、15回1/3を投げて23奪三振、防御率2.35と圧倒的な投球を見せた。
主力投手の開幕回避と、オープン戦での好結果。このふたつの要素が重なったからこそ、2リーグ制後初となる「プロ2年目以降の投手としては初の、一軍デビュー開幕投手」は誕生した。そして、それが“奇襲”ととられず、違和感なく受け入れられたのは近年、オリックスの若手投手が軒並み急成長を見せ、結果を残しているからこそだ。
オリックス・投手陣の高速化が止まらない
昨年の日本シリーズでは、オリックス救援陣の「球速」が話題となった。山﨑颯一郎、本田仁海、宇田川優希といった最速150キロ台後半~160キロを誇る20代前半の若手投手がズラリと並ぶ投手陣は、間違いなく球団26年ぶりの日本一に大きく貢献した。
近年の野球界ではボールの軌道や回転軸、回転数など、あらゆるファクターが数値化、データ化されるようになった。そこに最新のトレーニング理論が融合されたことで、投手の球速は飛躍的に向上している。先のWBCでも日本投手陣の平均球速は参加国中2位をマークし、決勝戦に登板した7投手全員が150キロ以上をマークした。
10年前なら、考えられなかったことだ。そして、その「投手の高速化」を12球団でもっとも体現しているのが、ほかならぬオリックスだ。
山﨑颯、宇田川といった体格的に恵まれた投手はもちろん、宮城、本田のように決してプロでは大柄とは言えない投手も、入団後に球速を飛躍的に向上させている。筆者は本田の高校3年夏の投球を球場で見ているが、当時の最速は140キロ台後半で、平均は140キロ代前半。
すでに「プロ注目」の好素材ではあったが、どちらかと言えばボールのキレや変化球との組み合わせで打者を抑えるタイプ。まさか数年後にプロで158キロを投げることになるとは、申し訳ないが想像できなかった。
そこにきての、山下の躍進だ。2020年のドラフト当時、そのスケール感は高く評価されていたものの、「ドラフト候補」としては珍しく球種はストレートとカーブのふたつのみ。189センチの長身と最速153キロのストレートは確かにロマンを感じさせるものだったが、典型的な「素材型」の選手だったのは間違いない。
幻となった日本シリーズ1軍デビュー
そんな中でオリックスが山下の1位指名に踏み切れたのは、「素材型」をしっかり育成できるだけのプランと、それを完遂できる実績、自信があったからだろう。
また、投手に対するマネジメント、育成は中嶋監督が一軍監督に就任して以降、より緻密に、計画的になっているとも感じる。開幕戦で先発した山下は、翌日に一軍登録を抹消。今季は、登録と抹消を繰り返しながら中10日以上の間隔で起用されることが想定される。この起用法は、WBCでも鮮烈な投球を見せた佐々木朗希(ロッテ)や、同学年の奥川恭伸(ヤクルト)の2年目を想起させる近年のトレンドでもある。
また、日本一を達成した昨季はシーズン通して3連投が山﨑颯の一度だけ。日本シリーズ第5戦では前日に“回またぎ”をした山﨑颯、宇田川をベンチから外した措置からは、投手の負担軽減に細心の注意を払っていることも透けて見える。
こういった起用法、育成プランを鑑みると、オリックスの若手投手陣が近年、目覚ましい成長を見せていることも決して偶然ではないことがわかる。
山下に関してもそうだ。1年目は二軍で18試合に登板し、防御率5.48。ドラ1ルーキーとしては決して満足いく数字ではなかったはずだ。2年目は新型コロナウイルス陽性による離脱や、腰痛もあって二軍8試合登板のみにとどまったが、クライマックスシリーズファイナルと日本シリーズの第4、5戦ではベンチ入り。この時点で一軍公式戦出場はなかったが、「一軍の空気」だけはしっかりと体感させて3年目の成長へと繋げた。
もちろん、まだ開幕戦の1試合に投げただけ。今季、山下が一軍でどれだけの結果を残せるかは未知数だ。ただ、オープン戦と開幕1試合で残した数字以上に、投げるボールの威力、“えげつなさ”は他球団、そしてファンに鮮烈なインパクトを残した。
第二、第三の山本由伸の誕生も夢ではない
「素材型」の投手は得てして「良いときは良い、悪いときは悪い」というジキルとハイドのような一面を持つことも多い。ただ、オリックスがここ数年で確立した投手育成術と、山下がプロ入りから過ごしてきた道程を振り返ると、この数カ月で見せてくれた姿は偶然ではなく、必然のように思える。
近い将来、エースに――。気の早い話かもしれないが、3年後のWBCでは侍ジャパンに――。そんな期待を抱かせるだけの素質と実力が、プロ3年目の山下には備わっている。
そしてこの好サイクルは、ここで打ち止めになるとも思えない。第二、第三の山本由伸、次世代のエース候補が、山下以外にも生まれてくるかもしれない。
WBCというイレギュラーな出来事が引き金で実現した「開幕投手・山下舜平大」の衝撃は、本人の未来だけでなく、オリックス・バファローズというチームの未来にも、明るい光を差す事象だったように思える。
取材・文/花田雪 写真/共同通信社
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