
「未払いで900万円損失が出た年も」「刑法犯認知件数の減少に貢献!?」…北九州のド派手成人式の立役者、貸衣装屋「みやび」が振り返る20年間
ド派手衣装で有名な北九州の成人式。北九州の若者たちにとっては人生で最も重要な晴れ舞台といっても過言ではない。彼らを支え続ける貸衣装店「みやび」の店主・池田雅氏と共に、北九州の成人式20年史を振り返る。(トップ・サムネイル画像/2022年11月、NYのブロードウェーのイベントに招待された池田雅さん。着物の展示は大好評だったそう)
レンタル料金の未払いにコロナ禍……。逆風が吹き荒れる中でも、新成人のために店舗を営業してきたレンタル衣装店みやび。2003年から始まったド派手成人式も今年で20年。親子二代で「みやびの貸衣装」が実現してもおかしくない現在、その足跡を振り返って思うことは?
お店に来ちゃダメ令を出したコロナ禍
――コロナ禍の影響は大きかったですか?
最初の年はガクンと減って。翌年はさらに大きく落ち込んで。3年目にちょっと回復して、今年はコロナ禍前と比べて8割くらいかな。
――数としてはどれくらいですか?
男の子と女の子を合わせて1,000人前後です。東京と大阪にも店舗があるんですが、北九州以外の人は宅配で送るので、当日着付けまでするのは…それでも200人くらいはいますね。
――200人!? 何時から始めるんですか?
夜中の2時です(笑)。スタッフ総出でやって最後の1人が終わった頃にはもうヘトヘトで、みんな床に倒れ込む感じです。
コロナ禍で唯一よかったと思うのは、お店に来ちゃダメ令を出せたことですね。いつでも来ていいよというと、打ち合わせのために、5回でも10回でも来ちゃうので(笑)。
――それだけ仕上がりが気になるんでしょうね。
まだ途中の段階だからって伝えても、実際に自分の目で見たいだろうし、見たらさらに注文をつけたくなるだろうし…コロナ禍前は、その対応だけで1日の半分が終わるような感じでしたから。
――やりとりは電話ですか?
電話も禁止しにしたので今はLINEです。3つのアドレスを同時に1台のパソコンで対応できるようにしているんですけど、そのひとつひとつに対応していると、いつまでたっても終わらない。よしこれで最後だと思って返事を返した瞬間、次のものが入ってきて……ほらまた来た! えっ、やっぱり当日に個室を用意して欲しい? 今それを言われても…ちょっと待ってくださいね(と言いながらスケジュールを確認して)。2時以降は埋まっているから1時半だね。うんそれしかない(ぶつぶつ言いながら返信して)。
すみません、ドタバタで。
――ずっとこんな感じですか?
1年間ずっとこんな感じです(笑)。
――成人式が終わっても?
終わる前からもう次の成人式のオーダーが始まっているので、ウチのお店は年中バタバタ。ずっとお祭りのような感じです。
――男女の比率は?
昔は圧倒的に女の子が多かったんですけど、今は男の子の方が多いです。女の子は両親と一緒という子が多いんですけど、男の子は仲間と連れ立って5人とか10人とかで来るので、今は男女の比率が逆転しています。

所狭しと並ぶ着物。もちろん店舗には収まらず、大きな倉庫を2つレンタルしている
大切なのは残り95%の人たち
――ちなみにレンタル料金でいうと…。
それぞれリクエストが違うので、一概にはいえないんですけど。そうですね、平均すれば女の子が25万円くらいで、男の子は20万とか30万円くらいだと思います。
――オリジナルのデザインは、おひとりでやられている?
9割は私ですね。最初は手探りでしたが、今はもう立派なデザイナーですね(笑)。
――これはあまり触れられたくない話かもしれませんが、一時期未払いが増えて、裁判所に提訴したというニュースがありました。
10年くらい前でしたね、未回収の案件がぽつぽつと出始めて。とは言え、未回収自体はこの業界ではそれほど特異なことでなく、どのお店でもあるよねという感じのものなんです。
ただ、ウチの場合はある時期を境に増えてしまって。看過できない金額、900万円を超える金額に膨らんでしまいました。
――みやびは代金を支払わなくても大丈夫、というような悪質な噂まで流れたとか。
そうなんです。さすがにそれを聞いた時はショックでした。腹も立ったし、成人になる人間がそれでいいのか!? と思いました。それは違うだろうと。
ただわかって欲しいのは、95%の人は「ありがとうございました。おかげで最高の成人式になりました」と言って、きちんと支払ってくれるんです。困ったちゃんは残り5%の人で。そこにスポットが当たるのは、これはもうしょうがないんだけど、やるせない気持ちになりますね。
――その悪質な噂は?
嫌なことに蓋をせず裁判にして、私たちの思いも含めすべてを明らかにしたことで、きれいになくなりました。今では新成人になる子たちもそのことをちゃんと知っていて、「払わないで逃げるのはだめだよね」とか、「オレらはちゃんと払うから」とか、半分冗談のようにして話してくれます。当時提訴するかどうか随分悩みましたが、今は結果オーライだったなと思っています。
――値段はどうやって決まっていくのでしょう?
新成人たちがこうしたいという理想と、そこまでやったら高くなり過ぎちゃうから安くするためにどうしようかという、相反することを擦りわせ、着地点を見つけていくこと。ここは絶対に譲れないんだったら、そこはそのまままで、ここはどうかな!? と、アイディアと思いをぶつけ合い、溝を埋めていく。毎年毎回その繰り返しだし、それは20年間ずっと変わっていません。
――今年も成人式が終わったら、みんなうずうずしながらみやびに報告にやってくるんでしょうね。
その時だけはお店に来ちゃダメとはいえないので、男の子も女の子も、きらきらした目でやって来ると思います。ひとりひとりの熱量がこもった自慢話を聞くのも仕事だし、それが楽しみでもあるし、最高のご褒美です。

コロナ禍で帰国できない日本人留学生に袴を貸すために台湾へ。
親子二代の夢を背負って
――金さん銀さんから始まって20年。今あらためて振り返ってみてどうですか?
大変なこともいっぱいありましたけど。っていうか、大変なことばっかりでしたけど(笑)、ずっと楽しかったです。どうしようと悩むのも楽しかったし、出来上がった作品を見るのも楽しかったし、みんなの笑顔を見るのも楽しかった。
おまけに、ニューヨークのイベントにみやびの着物を展示したいという依頼があり、実際に展示もさせてもらいましたから。もう最高です! という言葉しかありません。
――北九州に新しい文化を創ったということで、マスコミも大注目でした。
多くの取材を受ける過程で、違った視点からいろんなことを調べてくださって。その中のひとつに、北九州市が発表している、警察署が調べた刑法犯認知件数というのがあったんですが、2003年からの20年間で、刑法犯認知件数が80%も減少しているというデータがあったんです。
――本当ですか?
2003年が2万件を超えていて、現在は5,000件を下回っていると教えていただきました。ということは、ほんのちょっとかもしれないですけど、みやびもそれに貢献できているのかなと思って。10代後半の成人式に全エネルギーを費やしている若者たちにとって、犯罪を犯して成人式に出席できない、なんてことは最悪中の最悪ですから。
うちのお客様たちは、そんなバカなことはしないと言い切れます。それを考えると、ちょっと誇らしい気持ちにもなりますね。
――ちょっとじゃなくて、それはすごいことです。
工場で働いている男の子がいて。店に来るたびに、仕事はきついし面白くないと愚痴をこぼすんです。「もう、辞めたいんよ」と。でも、辞めたら衣装のレンタル代が払えなくなるから辞められない。そんな時は、ずっと袴にファーをつけるかどうかを考えながら仕事をしているというんです。
――きっと同じような経験をしている子がいっぱいいるんでしょうね。
そうなんです。そういう子の方が多いはずなんです。それでもみんな、その場に踏みとどまって頑張っている。その頑張っている子の思いに、応えてあげたい。応えることが私たちの仕事だと思うし、それしかしてあげられない。
「みんな頑張れ!」という気持ちを込めて、それぞれが思い描いていた衣装を用意してあげたいんです。
――新成人への最高のエールになると思います。最後にひとつ。金さん、銀さんからスタートして20年、その子どもたちが新成人としてやってきてもおかしくありませんが…。
そうか…そうですよね。まだ聞いたことはないですけど、七五三の衣装をレンタルに来たというのはありましたからね。
そうか。もう親子二代でみやびの衣装を着るという子が出てくるんですね。お父さん、お母さんが纏った衣装をそのまま着るとか、カスタマイズして着るとか、うんそれは楽しみです。それを楽しみに、まだまだ頑張ります!

可愛らしい袴もたくさん。遠方でも対応可能なので、来年の成人式で悩んでいる人がいたらまずは店舗に相談してみては
取材・文/工藤晋