「はいはい。わかりましたよ」幼稚園バス3歳女児置き去り死亡事件後、元園長がとった驚きの言動の数々。園側は念書で「廃園」を約束するも前言撤回のち現在は否定<事件から1年>
1年前の2022年9月5日、静岡県牧之原市の認定こども園「川崎幼稚園」の駐車場に停められた送迎バスの車内に河本千奈ちゃん(当時3歳)が置き去りにされ、重度の熱中症で死亡した。事件を受けて政府は2023年4月から保育所や幼稚園などの送迎バスに安全装置の設置を義務化するなど、大きく事態は動いた。SNSで事件の経過などを発信し続ける父親(39)は「無念を晴らして千奈に報告したい」と今の心境を語った。
増田元園長の無責任な対応
「千奈ちゃんはそんなことを望んでいないってこともよく言われます。自分の行動が正しいかどうかもわかりません。ですが、僕は千奈の命を奪ったずさんな管理をしていた経営母体である榛原学園が、今後も幼稚園の運営に携わるべきではないと考えています」
河本千奈ちゃんの父親は決意を滲ませた静かな口調で現状に対する思いを切り出した。
事件後、月に1度、川崎幼稚園を運営する榛原学園の関係者たちと面談を重ねてきたが、送迎バスを運転していた増田立義元園長をはじめとする園側がとった態度は「誠意ある対応」とはほど遠かったという。

今年9月18日で5歳になるはずだった千奈ちゃん
「事件当日に増田元園長たちとお話したときには、車内の確認や出欠の確認を怠った理由を『(送迎後に)病院に行く用事があって急いでた』『無断欠席だと思い込んでいた』と言っていました。
僕はそもそも園児の所在確認のマニュアルや体制はどうなっていたのか?と尋ねたのですが、増田元園長は『言えない、言えない。(警察に提出しているから)わからない。見てないから』などとどこか無責任な様子でした。
思わず『ふざけんなよっ』と声を荒げる場面もありました」
遺族側の要望として、川崎幼稚園について「廃園にする」という念書を交わしたときのことについて、河本さんはこう振り返った。
「事件から1日たって司法解剖から千奈は帰ってきました。体のいろいろなところに大きな絆創膏が貼られて切った跡を隠してあり、半分開いていた目も綺麗に閉じられていました。
司法解剖の前に警察に千奈ちゃんの帽子を用意してくださいと言われていたのですが、その理由もわかりました。頭をあけて脳を見たので、その跡を隠すために千奈は帽子を被っていました。
その日、千奈を前に増田元園長を含めた関係者9人と話し合いをしました。この前の話し合いから僕たちは廃園を望んでいることを伝えていました。その上で『千奈を見てあなたたちどう思いますか? 千奈の顔を見て思うことを(ノートに)書いて下さい。書きたくないなら何も書かず帰ってくれてかまわないです』と僕は言いました。
担任とか副担任の方や乗務員の方などは涙を流して千奈を見ていましたが、あろうことか増田元園長は怖い物や汚い物でも触るように、千奈の肩を僕らに許可なく触ったんです」
念書でもひとり幼稚な言葉を記した増田元園長
当然だが、河本さんたちは激昂した。増田元園長はその後も事件の当事者とは思えない発言や行動を繰り返すが、それは後述する。

河本さんが幼稚園関係者に書かせた念書。みなが退職や廃園を願う旨を書くなか、増田元園長のみ、どこか他人事な言葉を記している
河本さんは9人に向けノートを手渡した。8名の職員が『廃園を願います』や『園を辞めさせていただきます』とそれぞれの今後や責任の取り方をノートに記すなか、増田元園長は『苦しかったろうな あつかったろうな ごめんな 千奈ちゃん』という一文を残したという。
「本当に謝罪する気があるとは思えませんでした。『ふざけるな』と言うと、今度は『はいはい。わかりましたよ、書きますよ』と声を荒げて書きなぐるように『誠に申し訳ありません。廃園に致します』と記しました。
もちろんこの念書に法的な効力がないことは僕もわかっています」

増田元園長は声を荒げて書きなぐるように念書に追記した
面談を重ねていくなかで、増田元園長は傍若無人な振る舞いを繰り返したという。
河本さんら遺族が毎日苦しんでいることを伝え『あなたたちはどんなことをしているんですか?』と問いかけたときは、増田元園長は『気晴らしに友人と会っています』と悪びれずに答えたという。
「それだけではありません。僕も妻も『千奈ちゃんを返して』とすごく怒ったときがあったのですが、それに対し増田元園長は『はいはい。わかりましたよ』と声を荒げて妻をにらみつけたんです。それまでずっと我慢していましたが、我慢できなくて僕も掴みかかろうとしました。
そのときは増田元園長の息子の増田多朗現理事長が止めに入りましたが、止められなければ殴っていたと思います」
SNSを始めた河本さんへの誹謗中傷
増田多朗理事長に関してもノートには『川崎幼稚園の職員を辞めます 廃園を願います』と記していたにもかかわらず、榛原学園の理事を継ぎ、川崎幼稚園の今後については『入園希望者がいる以上は園の継続をしなければならない』と廃園を否定している。
河本さんら遺族と榛原学園の隔たりは日に日に増しており、不信感も増すばかりだという。
そんななか、河本さんはX(旧Twitter)で事件の経過について情報発信を始めた。
「送迎バスの安全装置の義務化など行政が動いたこと自体はすごくいいことだとは思います。ですが、それですべてを終わりにされてしまいそうな感覚がありました。
事件直後はたくさんマスコミの方々が取材に訪ねてきました。何度もインターフォンが鳴っていたのですがそれも次第に減っていき、その後は一部の記者を除いてほとんど誰も来なくなりました。
このままでは事件が風化してしまうのではないかという思いもありました。それでSNSで全国に向けて発信することにしたんです」

動物園で笑顔の千奈ちゃん
SNSでの発信をするにあたっては、さまざまな誹謗中傷も受けたという。
「いろいろ言われましたね。『まだ言ってんのかこの父親』とか『辛いことならわざわざ掘り返すな』とか。千奈のことをかわいいと言っていたことに対して『ロリコンか。キモイ』なども言われましたね。
ただ誹謗中傷に対しては自分が耐えればいいことですし、あまりにひどい場合は法に基づいて行動すればいいだけだと思っています」
誹謗中傷のなかには『廃園、廃園と言うが今通っている園児はどうなるんだ』といった意見もあるが、これに対して河本さんはこう答える。
「そこについては榛原学園も『園児が大切だ』『子どもたちを守りたい』と主張していますが、僕が言いたいのは『だからこそあなたたちがやるべきじゃない』ということなんです。
ずさんな管理をしていたのが明らかになったわけですから、他の法人が運営すればいいだけです。
それなのに、ただ増田元園長が辞任して、その息子が継いでそのまま家族経営が行われています。
子どもを死なせても1ヶ月も経たないうちに再び運営が行える。こんなことがまかり通るべきじゃないんです」

増田元園長と当時の乗務員、元担任、元副担任がそれぞれ安全管理を怠ったとして業務上過失致死の疑いで書類送検され、1年たった現在も捜査は続いている。河本さんは刑事裁判にて「責任の所在」を明らかにした後、民事での訴訟にも踏み切るという。
取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班
新着記事
「僕だって大御所芸人の番組を途中で帰ったことあるよ」…いじめに悩む高2男子をとろサーモン久保田が激励「あなたは自分から波風を立たせることができる」
とろサーモン久保田の立ち呑み人生相談#8
背の低いトム・クルーズを気遣い、ハイヒールを脱いで裸足で歩いたニコール・キッドマン、戸田奈津子が見たかわいい素顔
長場雄が描く戸田奈津子が愛した映画人 vol.28 ニコール・キッドマン
【こち亀】まさかの原作改ざん! 100万部小説の実写化で、主演の撮影時間は30分しか取れず…
