この極端な人事をどう読み解けばよいだろうか。
そのヒントとなるのが来年秋に予定されている自民党総裁選である。岸田首相にとって最悪のシナリオは、来年の自民党総裁選で自身が総理総裁の座から引きずり降ろされることだ。
岸田政権は夏以降、内閣支持率が不支持率を下回ることが常態化しており、このままの状態で総裁選を迎えてしまうと、「岸田では選挙は戦えない」と党内で反旗を翻されてしまう恐れがある。
もちろん、これから岸田首相が強いリーダーシップを発揮して、高い支持率を維持していけば話は別だが、政治はそううまくはいかない。そのため、支持率が低い状態で総裁選に突入しても乗り切れるよう、予防線を張る必要があるのだ。
〈岸田流サプライズ人事?〉「どこに刷新感があるのか」から一転、若手抜擢に女性閣僚は過去最多タイ! 茂木幹事長続投の裏に密約? やっぱり選ばれた“ドリル優子”のリスク
岸田文雄首相が9月13日に実施した内閣改造・自民党役員人事。当初は茂木敏充幹事長や麻生太郎副総裁、萩生田光一政調会長や松野博一官房長官、鈴木俊一財務大臣など、要職の続投の報道が相次ぎ、「どこに刷新感があるのかわからない」(立憲・岡田克也幹事長)と評された内閣改造。しかし、12日の夕方から夜にかけて大臣未経験者の入閣や若手女性の登用などが次々と明らかに。蓋を開けてみれば、組閣名簿の半分以上が初入閣で、女性の数は過去最多タイとなる顔触れとなった。
茂木氏続投の裏に総裁選不出馬の密約

内閣改造・自民党役員人事を行った岸田首相(本人Facebookより)
予防線は大きく次のふたつ。
ひとつは総裁選のライバル候補の動きを封じ込めること。もうひとつは総裁選を迎える前に解散総選挙をやってしまい、選挙への不安をなくすことだ。
今回の内閣改造は、その両方をにらんだ人事となっているといえるだろう。
前者の“ライバル候補の封じ込め”が体現されたのが、茂木敏充幹事長の続投人事だ。
永田町関係者によると、茂木氏は自民党ナンバー2で党の金を左右できる幹事長ポストの続投をかねて希望していた。
幹事長という要職を続けて政治家として力をつければ、岸田首相のライバル候補として立ちはだかる可能性もある。

幹事長を続投となった茂木氏(本人Facebookより)
今回、この茂木氏の要望を岸田氏はのんだわけだが、実はその裏には「茂木氏が来秋の総裁選には出馬しない」という密約が結ばれているといわれている。茂木氏が幹事長を続けることを許す代わりに、岸田氏は次の総裁選の不安要素をひとつ取り除いたわけだ。
実際、茂木氏は9月5日の会見で、来年の総裁選の対応について問われた際に「幹事長としてこの内外の課題が山積するなかで政権をしっかり支えていく、これが私の仕事だと思っている」と答えている。
2人のサプライズ人事で刷新感を演出
岸田首相が前回総裁選で戦った河野太郎デジタル担当大臣や、高市早苗経済安保大臣を留任させたのも、同様の狙いがあるといえるだろう。
河野氏はマイナンバーカード問題で信頼を失っており、高市氏も4月の奈良県知事選で保守分裂を引き起こして維新に知事の座を取られるなど、ライバルとしての力は弱まっていると見られている。それでも、閣内に残して動向を監視することで、さらに2人を牽制したかたちだ。
また、麻生太郎副総裁や萩生田光一政調会長などを続投させたのも、岸田氏が党内基盤の安定性を確保するためだといわれている。
一方、骨格以外の閣僚で初入閣や若手女性の登用が相次いだのは、サプライズ人事によって内閣支持率を上昇させ、年内解散を視野に入れるためだ。
大臣職は衆議院議員だと当選5回、参議院議員だと当選3回以上が目安とされている。
だが、加藤鮎子こども政策担当大臣は衆議院当選3回、自見はなこ地方創生担当大臣は参議院当選2回での大抜擢だ。
これまでも年功序列を無視して若手を閣僚に起用した例はあるが、ひとつの内閣で例外が2人も出るのは珍しい。
このような人事で刷新感を演出し、内閣支持率低迷からの脱却を図ったと見られる。

こども政策担当大臣に抜擢された加藤鮎子衆議院議員(本人Facebookより)
10月中旬にも召集される臨時国会で岸田政権は、補正予算を編成して大規模な総合経済対策を打つ予定で、永田町では早くも「その勢いに乗って解散総選挙をするのではないか」と警戒されている。
ともに大安である11月14日に公示し、26日に投開票されるという日程案まで関係者の間では出回り始めた。
しかし、若手の大臣起用はリスクも伴う。大臣は国会答弁や記者会見、講演やパーティーなどでの発言が厳しくチェックされ、少しでも口が滑れば簡単に首が飛ぶ立場でもある。
岸田首相による新顔起用がうまくいくかは未知数だ。
“ドリル優子”を大臣ではなく選対委員長に起用した理由
そして、早くも岸田政権でリスクとして取り上げられているのが小渕優子選対委員長だ。
小渕氏は故・小渕恵三元首相の次女で、2000年に26歳の若さで初当選。2008年に当選3回にして少子化対策・男女共同参画担当大臣に抜擢され、2014年には経産大臣に就任するという輝かしい経歴を持つが、それを上回る“ドリル優子”という汚名も持ち合わせている。
小渕氏は経産大臣就任直後、「週刊新潮」によって、政治資金収支報告書に多額の虚偽記載がされている疑惑が報じられ、2ヶ月ももたずに辞任に追い込まれた。
その後、東京地検特捜部が小渕氏の後援会事務所などに家宅捜索に入ったところ、会計書類を保存したパソコンのハードディスクがドリルで破壊されている痕跡を発見。
あまりに大胆な証拠隠滅は世間を驚かせ、それから9年経った今でも話題として持ち上がっている。
関係者によると、実は小渕氏は今回の内閣改造で、当初はこども政策担当大臣への起用を要望していたという。しかし、大臣は週2回の定例記者会見があり、そこで「ドリル事件」について質問されるのは必至。
そのため、記者会見の場が少ない選対委員長への起用が持ち上がったようだ。

選対委員長に起用された小渕優子衆議院議員(共同通信社)
自民党は今年、10年後に女性の国会議員を3割にする目標を掲げ、衆院選に立候補する新人女性には一律100万円を支給することも決定した。
小渕氏は女性の選対委員長として、女性の積極擁立にも関わってくることになるだろう。しかし、「ドリル事件」が再燃することになれば、小渕氏のもとで立候補する候補者全体の信用問題になりかねない。
実際に13日には、党四役の就任記者会見で「ドリル事件」について問われ、小渕氏は「ご迷惑をおかけしたみなさまに心からお詫びを申し上げたい」と頭を下げ、「心に反省を持ち、決して忘れることない傷として歩みを進めたい」と涙をにじませながら語った。
しかし、「政治とカネ」の問題は簡単には拭えそうにない。
同日、「週刊文春」は「ドリル事件」で有罪判決を受けた元秘書が取締役を務めている不動産会社に、小渕氏の政治団体が多額の支出を続けていた疑惑も報道。さらなる説明責任が求められることになりそうだ。
岸田氏自身の「党内基盤安定」と「刷新感」、そのふたつを両にらみした内閣改造となったが、二兎追うものは一兎も得ず。首相の思惑通りに物事が進むとは限らない。
サプライズ人事が吉と出るか、凶と出るか。新しい体制のもとで、岸田首相の手腕が問われることになる。
取材・文/宮原健太
集英社オンライン編集部ニュース班