〈長野たてこもり〉「ぼっちとばかにされたから殺した」人質になった母は「一緒に死のう」と提案し…。孤独な政憲容疑者(31)の殺害動機と緊迫の立てこもり現場。相棒の愛犬を巡り過去には警察トラブルも…
「ぼっちとばかにされた」「絞首刑は一気に死ねないから嫌だ」……長野県中野市で女性2人を刺殺、警官2人を銃殺した市内で農業を営む青木政憲容疑者(31)は、猟銃を手に籠城した自宅で母親(57)に凶行の動機をもらし、死刑を予期しておののく弱さを垣間見せた。市議会議長を務めた父親の正道氏(57)=26日に議員辞職=と同じ野球部でかつては躍動していた活発な少年は、人と馴染めずに飼い犬を溺愛しながら孤立感を深め、救い難い沼に落ちた。
パトカーが来たので
また犬が保護でもされたのかなって思った…
衝撃の事件から3日後の日曜日(5月28日)、地元紙「信濃毎日新聞」の朝刊に冒頭の文言が踊った。投降するまでの12時間、重大犯罪を起こした息子と対峙した母親がインタビューに応じてその内容を赤裸々に語ったのだ。
政憲容疑者は、いつも2人で近くを散歩していた村上幸枝さん(66)と竹内靖子さん(70)をサバイバルナイフで刺殺した。その動機を母親に「2人がべちゃべちゃしゃべって歩いて行く。俺のこと『ぼっち(独りぼっち)』とからかいながらばかにしているんだ」と伝えた。実際に2人の被害者から「ぼっち」と言われたかについて母親は地元紙の取材に「幻覚だと思う」と答えている。

5月27日に送検された青木政憲容疑者(写真/共同通信社)
母親が懸念したように、息子が被害妄想を強めていた兆候は確かにあった。それは政憲容疑者自らが招いた飼い犬を巡るトラブルだ。親戚の女性が語る。
「政憲くんはたしかに犬は可愛がっていたねえ。逮捕の時のテレビの映像でもまるで最後のお別れというように頭を撫でてたでしょ。今飼ってる犬は紀州犬なんだけど、前にも雑種だと思うけど『シロ』って犬を飼ってたんよ。今の犬は名前がわからないけど。政憲くんが自宅のプラムの畑に網を張って放し飼いにしてて、その網を食い破って犬が外に出てきてね。私にも食いついてきたことがあるし、まぁそのトラブルは何度もあったんだけど」
近くの住民女性も何度も犬に関するトラブルを目撃してきた。
「前に飼っていたシロが2年くらい前に亡くなって、そのあと割とすぐに今の白い紀州犬を飼い始めたと思います。ご両親が犬を可愛がるところは見たことないですが、政憲さんが畑の方を散歩したりしていたので、家族の中では特に可愛がっていたと思います。
ただし、前のシロも今の犬も放し飼いで、その辺を歩いてる人に噛みついたり、よその家の庭に入ったりして、警察にも何度か通報されてたんです。警察が犬を連れて政憲さんに引き渡すところも見たことありますよ。大きな犬なので、『放し飼いにするのは危険だろ』と怒っている住民も少なくないです」
そして25日午後4時半ごろ、迷彩服姿の政憲容疑者が愛犬を連れて付近をうろつく姿に、女性は胸騒ぎがした。

立てこもりの現場となった政憲容疑者の自宅(撮影/集英社オンライン)
「政憲さんが変な格好して家に戻るのが窓から見えて、そのあとパトカーが来たのでまた犬が保護でもされたのかなって思って、様子を見に出たんです。そしたら政憲さんが犬と一緒に玄関前をうろついたり、出たり入ったりするようになって、嫌な予感がしたと思ったら警察のかたに『銃を持ってる人がいるから家に入って鍵をかけてください』と注意されたので、家に避難しました」
この時すでに、政憲容疑者はパトカーに散弾銃を発砲、警官2人を射殺した後だったのだろう。
女性が続ける。
「警察官が青木さん宅の母屋の影に隠れて『銃を下ろしてください』と呼びかけたものの、政憲さんは無表情で返事も全くせず、ただウロウロしてました。そうこうしているうちに、日が沈んだのを見計らったように警察のかたがウチにきて『ここの2階から青木さんの家がよく見えるので、貸してください』と依頼されたので、案内しました。外には重装備姿の特殊部隊の人たちが10人ぐらいずらっと並んで、他に制服警官も20人ぐらいはいて、かなりの臨場感がありました」
社会部記者が語る。
「当初は警視庁や神奈川県警の特殊部隊も応援に駆けつけたのですぐに解決すると思われていた。ですが特殊部隊が家に近づこうとすると、すぐに飼い犬が吠えたため難航したようです」
「出頭できないなら一緒に死のう」と話す母に
「母さんは撃てない」
その後、政憲容疑者は翌朝まで自宅に籠城した。前出の母親のインタビュー記事によると、籠城中、母親が自首を勧めたが「捕まれば絞首刑になる。そんな死に方は嫌だ」と応じなかった。母親は、「出頭できないなら一緒に死のう」と提案するが「母さんは撃てない」と拒まれたという。「だったら母さんが撃とうか」と持ちかけて猟銃を奪い、その後逃げ出したという。
26日明け方、政憲容疑者は父親から携帯電話で説得され投降した。
動機は被害妄想にしろ、最悪の事件を起こした政憲容疑者は、近くの中野平中学校時代は野球部でレギュラー選手として存在感を見せていたという。
野球部で一緒だった同級生が当時を振り返る。

中学時代の政憲容疑者(同級生提供)
「僕たちの代は学年120人ぐらいのうち野球部員が16、7人ほどいて、一番人気の部活でしたが、その中でも政憲はキャッチャーのレギュラーとして活躍してました。小学生の頃から地元の少年野球チームに入っていた子が野球部に集まるんですけど、その中でもキャッチャー経験者が政憲ぐらいしかいなかったのもあって、レギュラーが取れたんですよ。特別バッティングが上手いとか、肩が強いとかいうわけじゃなくてね。
性格はちょっとクセがあるというか、独特な世界観を持ってる子でしたね。自分から話しかけるわけではないけど、こっちが話しかけたら、普通の返しじゃなくて、ちょっとひねった返しをしてくれるというか…。別にまったく嫌味なヤツではなくて、くだらない話でもうんうんと頷いて聞いてくれたり、たまにボソッと面白い答えを返してくれるんです。そんな独特なキャラクターがウケて、野球部ではけっこう愛されていたし、クラスの輪の中でも中心というわけではないけど、ふつうに友達は多かったと思います」
独特な愛されキャラだったが、環境によっては通用しないのかもしれない。同級生は今回の事件を受けてそう感じたという。
「事件の報道の中で『人間関係に悩んで大学を中退した』と知って、たしかにあの独特なキャラクターを受け入れてくれない人もいるだろうな、とは思いましたね。クラスに1人や2人はちょっと変わり者の子がいますよね。政憲もそういういわゆる『不思議ちゃん』っぽいヤツなんです」

卒業文集より
父親の正道氏(57)も、同中の野球部員だった。
正道氏の同級生が語る。
「今でこそ正道は市議会議員になったり、農薬の会社を営む経営者ですけど、中学時代はごくごく普通でした。成績も中の中ですし、別にクラスの中心にいるようなリーダーシップを発揮する子でもありませんでした。部活は野球部でポジションはサード。お互いに息子の代になると、たまたま僕の息子も政憲くんと同学年で一緒の野球部にも入っていたのでちょくちょく応援には行きました。正道と奥さんもほぼ毎試合応援に来て、政憲君がヒットを打つと、『よし、ナイスバッティング!』と2人で声援を送っていたので、『すごく仲のいい親子なんだな』と感心していました。
あと、正道は2014年に市議になるまでは、年に数回開かれる中野市のソフトボール大会の会長をしていました。『江部』や『片塩』といった、地区ごとにチームを組んでリーグ戦を行なうんですけど、そのときは正道は外野を守っていましたね。最近はジェラート屋さんも始めたようですけど、僕は一度も行ったことないので、最後に会ったのはソフトボール大会ですね」
母親は銃を渡してもらうことを最優先に考えていた
これまで青木家と親交があり、事件後も、政憲容疑者の両親と連絡をとり続けている親戚は記者の取材に肩を落とした。
「政憲のお父さん、お母さんも事件後に連絡をもらいましたが、『申し訳ない、申し訳ない』と私ら親戚や被害者に対して言っていて、2人とも疲弊しきっていました。
私の妻が受けた電話では、政憲が逮捕された時の事を少し話していたようですが、『とにかく銃を渡してもらうことを最優先に考えていた』と言っていたようです。
『お母さんが撃とうか』という言葉に関して、それが本心なのか、どんな心境だったのか、私にはわかりません。ですが、お父さんやお母さんがこれまで政憲のことを大事に思って育ててきたことは間違いありません。政憲が小さな頃は両親は『まー』と呼んでいて、大人になってからは『政憲』と呼んでいました。うちの子供も政憲も小さな頃はよく遊ぶこともありましたが、その頃も乱暴とかそういうことはなく普通の子供でした。小さな頃は拳銃のおもちゃで遊んだりもしてましたが、それもあくまで子供が遊んでるだけという感じです。盆や暮れには会っていましたが、いつも元気に遊んでいる普通の子供でした」

小学校の卒業アルバムより(同級生提供)
どこでボタンのかけ違いが始まり、いつ取り返しがつかなくなったのだろう。犬好きの孤独な青年が、なぜ4人の命を奪うところまでいってしまったのか。時計の針は戻せない。
※「集英社オンライン」では、今回の事件について取材をしており、情報を募集しています。下記のメールアドレスかTwitterまで情報をお寄せ下さい。
メールアドレス:
shueisha.online.news@gmail.com
Twitter
@shuon_news
取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班