死亡が確認された警官はいずれも中野署に勤務する玉井良樹警部補(46)と池内卓夫巡査部長(61)。近所に住む村上幸枝さん(66)も刺されて死亡。現場近くで倒れていた竹内靖子さん(70)も病院に搬送されたが、死亡した。
現場は長野電鉄信州中野駅の西約2キロメートルの田園地帯に住宅が点在する地域。普段はのどかだが、この日は救急車や捜査車両が次々に急行する中、時折発砲音が響くなど騒然となり、県警は現場を中心とした半径300メートルを避難区域に指定。近くの中野平中学校に住民ら約60人を避難させた。
政憲容疑者は迷彩柄の服に帽子、マスク、サングラスを装着して犯行に及び、屋外で女性を追いかけ、ナイフで切りつけた後、自宅に戻ったとみられる。凶行現場はネギとズッキーニの畑で、目撃者の大声を聞きつけ、被害者である村上さんの救護にあたった近くの造園業の男性(63)が取材にこう証言した。
【長野立てこもり4人死亡】「政憲は警官を撃った後に笑っていた」「刺された女性は瞳孔が開き硬直がはじまっていた」救助者が語る悪夢の殺害現場…親戚は「人付き合いが悪く、大学を中退して精神を病んだ」「消防団や祭りの寄り合いには一切顔を出さない」
長野県中野市江部で5月25日午後4時26分ごろ、屋外で女性が男に刺されるのを見た住民が110番通報。男は現場に急行したパトカーに向けて猟銃を発砲、近くの中野市議会議長、青木正道さん(57)の自宅に逃げ込んで立てこもった。この発砲で男性警察官2人が死亡、刺された女性も含めて計4人が死亡した。長野県警の要請を受けた警視庁と神奈川県警は特殊部隊を派遣し、発生から約12時間後の26日午前4時半ごろ、男の身柄を確保した。男は青木議長の長男、政憲容疑者(31)で、長野県警が殺人容疑で逮捕、動機などを調べている。
事件現場は被害女性の散歩コースだった

青木政憲容疑者
「たまたま第一通報者の方の近所の畑で作業をしていたら、午後4時20分ごろ、『人が刺されたから来て!』と呼ばれたんです。現場に着くと、血まみれの女性が倒れていて、腕も90度に曲がったまま、ショック死したみたいな感じで、瞳孔を開いて倒れてました。硬直も始まっていたんですが、携帯電話で繋がっていた救急隊の方に『蘇生行為をしてください』と指示されたので、一生懸命に心臓マッサージをしました」
村上さんはいつもこの時間帯に散歩をしていたといい、この日も散歩中に被害に遭ったとみられる。男性はこの時点では、村上さんを襲ったのが知り合いの政憲容疑者とは知らず、ほどなくパトカーがやってきた。
男性が続ける。
「心臓マッサージをしていると、10メートル先くらいに猟銃を持って、腰にサバイバルナイフをぶら下げた政憲がいたんです。迷彩服に、クレー射撃用の薄いサングラスをかけていて、マスクはしていませんでした。猟銃は上下二連式のいわゆるシカを殺すための散弾銃で、サバイバルナイフは刃渡り30センチ近くあった気がします。
そんな格好でゆっくり近づいてきたので、『ヒマなら手伝ってくれ』と言おうとしたんですけど、すぐにパトカーがやって来ました。すると政憲は警告のサイレンを無視するように、運転席に散弾銃を向けたんです。

青木家。政憲容疑者は父、母、伯母と四人で暮らしていた
それでも私はその銃がまさか本物だと思わず救助に必死でした。ですが一緒に救助していた方が危険を察知し『逃げろ』と叫んだので、慌てて逃げました。後ろから『パン!』と乾いた音が2回聞こえました。一度だけ振り返ったんですけど、政憲は頬に笑みを浮かべていました。人を殺したのに笑ってたんですよ。
そうしてお巡りさんを殺したあとも焦る素ぶりはなく、ゆっくりと僕らとは逆の方向に歩いていきました。本当に怖かったし、政憲のあんな顔は初めて見たので不気味でした。そうこうするうちに、仕事先から戻ったであろう正道さんが自宅に入るわけにもいかず、遠巻きに覗き込んでいるところが見えました」
実家は名士の本家、三兄弟の長男として生まれた
青木議員は2014年に初当選し、22年に3選をはたすと議長に就任した。
近所の人の話では、父親が農協の理事を務めるなど農業関係の有力者で、正道さん自身も果樹園や農薬関係の会社を経営して成功していたという。

父親の青木正道市議(中野市のHPより)
親戚筋の男性がこう語る。
「青木家は名士で、このあたりの青木姓の家はだいたい分家というか親戚で、正道さんが本家の名代として冠婚葬祭の仕切りなど、まとめ役を務めてきました。しかし長男の政憲は子供のころから人付き合いが苦手で、正道さんからすれば自分の後継としては物足りないと忸怩たる思いだったでしょう。すぐ下の妹は活発で東京の私立大を卒業して結婚して家を出て、5歳ぐらい離れた末っ子の弟は自衛隊に入って北海道に行きました。
政憲は農業が好きで、地元の高校を卒業後は東京の私立大学で農業を学んでいたんだけど、人間関係に悩んで中退して帰ってきたんだよね。むこうで精神を病んだという噂もある。こっちに戻ってきても人付き合いが悪いのは変わらずで、消防団や祭りの寄り合いなどには一切顔を出さないし、友達と外食したり飲みに行ったりというのも聞いたことがない。本人は最近、プラムの栽培にこだわっていたみたいで一生懸命やっていたんだけどね」

避難所となった中学校、かつては政憲容疑者も通っていた(撮影/集英社オンライン)
現在、青木家に住んでいたのは政憲容疑者と両親、伯母(母の姉)の4人だったという。
息子の名前の農園…母がジェラート屋を経営
母親は経営者としての手腕も発揮し、政憲容疑者の名前をつけた果樹園でプラムやシャインマスカット、リンゴ、モモなどを栽培。その素材を生かしたジェラート店を2019年5月に軽井沢にオープンして成功させ、昨年8月に地元の中野市内に2号店を開店していた。
「政憲は昔からコミュニケーション能力が低くて、もの静かな子でしたね。小学生の頃から、道ですれ違うときに挨拶すると『こんにちは』と頭を下げてくれるんだけど、明るい妹と弟の2人と比べると少し暗い印象がありましたね。今から4、5年前に、地元の消防団とお祭りの保存会を抜けてしまったんだけど、そのメンバーたちも『話しかけても、あまり返事が返ってこない』と言ってましたから。
ちょうどそのころ、父親の正道から『政憲が農業やりたいと言い出したんで、重機を貸してくれないか』と頼まれたんです。それから最初は野菜畑、ぶどう農園を始めて、ジェラート屋を始めたんですけど、社長は正道の奥さんです。奥さんからしても、政憲は長男だから思い入れも強かったのでしょう」(青木家の近くに住む60代男性)

確保され警察署に移送される青木正憲容疑者(写真/共同通信社)
青木家の分家の女性もこう語る。
「政憲が行ってた高校は地元じゃ有名な進学校だから、成績は優秀なはずだよ。中学校でも学年で10位以内に入ってなきゃいけないくらいいいところだから。卒業後は私立大に進学したけど親父と話し合って中退したってのは聞いたな。正道は周囲の信頼もあって実力もある。権力があるから強気なのが玉にキズだけど、地元選出議員としては最高の人だよ。
奥さんはやり手で、政憲のことを溺愛していた。ジェラート屋もあいつの名前を使った農園から発展させた。政憲は農業ばっかりで客商売なんてできないからね。政憲は根っから大人しいけど、悪く言えば一般常識に欠けてるとこがあったわな。家にお客さんがきてもロクに挨拶もできねえんだ」
人付き合いの苦手な優しい農業青年がなぜ豹変したのか。2人の殉職者を出した長野県警の取り調べに注目が集まる。
※「集英社オンライン」では、今回の事件について取材をしており、情報を募集しています。下記のメールアドレスかTwitterまで情報をお寄せ下さい。
メールアドレス:
shueisha.online.news@gmail.com
Twitter
@shuon_news
取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班
新着記事
〈ジブリアニメ大解剖〉名作『風立ちぬ』はなぜ主人公の声優を庵野秀明に? 「自分の映画で初めて泣いた」という、宮崎駿=堀越二郎の真相とは
『誰も知らないジブリアニメの世界』#3
監督の思い入れを反映し、ファンには好評なディレクターズカット版。しかし、樋口真嗣を「余計なことしやがって! これじゃ台なしだよ!」と憤慨させた作品とは!?【『E.T.20周年アニバーサリー特別版』ほか】
私を壊した映画たち 第11回
戸田奈津子が「吹き替えなんて許せない!」と言い切る真のスーパースター、ゲイリー・クーパー。西部劇というジャンルを確立させた立役者
長場雄が描く戸田奈津子が愛した映画人 vol.20 ゲイリー・クーパー
両さん好みの女性のタイプは?

〈ジブリアニメ大解剖〉『ハウルの動く城』主人公ソフィーはなぜ唐突に年老いたり若返ったりしたのか…『ラピュタ』からつながるラストシーンの意味とは
『誰も知らないジブリアニメの世界』#1