「単なる実質的増税ではないか!」と国民から反対の声があがるインボイス制度。昨年10月の首相会見では、導入根拠を問う筆者の質問に岸田文雄総理は一言も回答できず、今年2月の国会では金子俊平財務大臣政務官が「益税は無い」と答弁するなど、今や導入根拠の破綻は明らかだ。それにもかかわらず、岸田政権は頑なに今年10月からの導入を目指している。
さらに、インボイス発行事業者公表サイト(以降、「公表サイト」と記載)を通じた個人情報漏洩の問題も全く解決していない。ペンネームや芸名で活動するクリエーター(VTuber・YouTuber・漫画家・作家・アーティスト・俳優・声優 等)などは本名バレや居場所バレの恐れがあるため、登録を控えたり廃業も検討せざるを得ない。
*個人情報が流出する仕組みは昨年9月10日に集英社オンラインで公開した記事「氏名も住所も全世界に公開! インボイス制度導入で「あの漫画家の本名がバレる」は、やはり本当だった」参照
当初、国税庁ウェブサイト(正式名称:適格請求書発行事業者公表サイト)では登録済み事業者の個人情報が公開されていたのだが、その個人情報は全世界から誰でもアクセスでき、全件ダウンロードできる上に、商用利用も可能という衝撃的な仕様になっていた。
これらが批判を受けたため、昨年9月22日に与党議員(赤松健氏、山田太郎氏)が国税庁に改善を申し入れると、なんと当日中に全件ダウンロードが停止に。その4日後(9月26日)には全件ダウンロード可能なデータから個人情報(氏名・事務所所在地・屋号等)を抜いた形で公開が再開された。わずか1ヶ月半前(昨年8月8日)に市民団体の申し入れで同様の問題を指摘した際に国税庁は聞く耳を持たなかったにもかかわらず、 与党議員の申し入れには一転して迅速に対応した形だ。
だが今年1月、ある技術者の検証によって公表サイトから個人情報が漏洩する問題は一切解決していないことが発覚。検証を行った技術者本人が2月3日に国会の議員会館で開催されたインボイス超党派議連ヒアリング(以降、「超党派ヒアリング」と記載)で実態を告発するに至った。
当日は検証映像に基づいて、現在も個人情報を含む全件ダウンロードは実質的に可能で、本名バレ・居場所バレの問題は解決していないことを技術者が詳細に説明。民間企業であれば一発で懲戒処分を受けるレベルの不手際が原因との指摘もあり、出席した国会議員たちにも衝撃が広がった。
しかし、技術者が原因と改善方法まで具体的に示しても、同席した国税庁官僚(課税部 軽減税率・インボイス制度対応室長 福田あづさ氏)は指摘内容を理解できないフリを続けたため、せめて当日の指摘内容を国税庁内で共有して改善を検討するように依頼して、当日のやり取りは終了した。
*当日の告発および質疑の文字起こしは筆者のtheletter「インボイス個人情報問題の国税庁対応はザル。今も氏名を含む全件データは取得可能(2)」(2023年2月5日)参照
「インボイス制度導入による“本名バレ”は芸名で活動する声優・俳優には致命的」日本俳優連合事務局の指摘にダンマリを続ける国税庁の愚
今年10月から導入予定のインボイス登録によって、ペンネームや芸名で活動するクリエーター(VTuber・YouTuber・漫画家・作家・アーティスト・俳優 等)の“本名がバレる問題”。このままだとアイドル声優などが深刻なストーカー被害を受ける恐れが大きいことを、日本俳優連合事務担当者の実務を踏まえて具体的に指摘する。
技術者が告発! 「国税庁の情報セキュリティはザル」

2月3日に行われた超党派ヒアリングで、検証映像を投影しながら「国税庁の情報セキュリティはザル」と告発した技術者の小沼努氏(右から1人目)。右から2人目は、日俳連を代表してヒアリングに応じた池水通洋専務理事
その約1ヶ月後(2月28日開催の翌々回の超党派ヒアリング)に筆者が自ら問題対応の進捗を官僚に質問したところ、2月3日と同じく国税庁はゼロ回答。相変わらず一般国民からの指摘に対しては迅速に対応しないことが改めて鮮明になった。
*該当シーンは33分40秒から。外部配信サイト等で動画を再生できない場合は筆者のYoutubeチャンネル「犬飼淳」 で視聴可能
さらに、本件の対応について筆者が国税庁に開示請求した結果、国税庁は未だに問題を理解すらしていない(もしくは理解できないフリをしている)ことが3月22日に開示された行政文書から明らかになった。
*開示請求の詳細は筆者のtheletter「【独自】インボイス個人情報漏洩を放置する国税庁の見解」(2023年3月26日)参照
日本俳優連合が懸念する「本名バレ」「ストーカー被害」
2月3日の回には日本俳優連合(以降、「日俳連」と記載)の池水通洋専務理事(アニメ「うる星やつら」や「機動警察パトレイバー」などに出演する声優・俳優)もヒアリングに参加。芸名で活動する俳優や声優には熱狂的なファンが多いため、インボイス登録による本名バレ・居場所バレで深刻なストーカー被害が懸念されること等を説明した。
*訴えの詳細は、昨年12月14日に日俳連が連名(西田敏行 理事長、池水通洋 専務理事)で発表した「声明 インボイス制度施行に関する、行政の連携不足の是正を訴える」参照
さらに、当日は日俳連事務局員の小林氏が実務担当者の視点でも問題点を指摘した。これ以降は、彼の証言と協力に基づいて、芸名で活動する声優・俳優の個人情報がインボイスでどのように漏洩するのかを具体的に紹介していきたい。
まず、日俳連は映像作品(外国映画の日本語吹替、アニメの声出演、映画などのカラオケ背景映像への転用など)の出演者に二次使用料の分配業務を行なっている。従って、「売り手」にあたる声優・俳優は、「買い手」である日俳連に対してインボイスを発行する必要が生じる。
例えば以下のような俳優がいると仮定して、具体的に何が起きるのかを考えてみよう。
・芸名は「タロー」、本名は「鈴木太郎」
・本名は非公開。日俳連事務局にも本名は知らせていない
・インボイス発行事業者には登録済み。必須項目の本名は登録したが、任意項目の屋号(=芸名)や事務所所在地は本名バレや居場所バレを心配して登録していない
・13桁のインボイス登録番号は「T1810000011111」を取得
*小林氏に確認したところ、日俳連の二次使用料 分配対象である約24,000人の俳優・声優で本名を把握しているのは70%(=約16,800人)。この70%の中で、本名と芸名が異なる者は実に63%にのぼる。となると計算上は日俳連が本名を把握していない残り30%(=約7,200人)にも、本名と芸名が異なる者が4536人(=7200人×63%)程度いると見込まれる。
*2023年2月末時点でこの登録番号の取得者がいないことは確認済み。本記事では架空の番号として扱う
この俳優からインボイスを受け取った日俳連事務局は、インボイスの有効性を確認するため13桁の登録番号をキーに公表サイトで検索することになるが、現行の制度設計では以下の情報しか得られない。

出典:公表サイト検索結果 イメージ(実際の画面をもとに架空の登録番号と氏名を加工済み)
事務局は本名を知らないのだから、この13桁の登録番号(T1810000011111)の持ち主が、自らが取引する俳優の「タロー」と同一人物なのか確かめる術は無い。従って、事務局は本来は任意項目である屋号(=芸名)や事務所所在地(=個人事業主は自宅住所を兼ねる場合が大半)の追加登録を俳優に求めざるを得ない。
先ほどの試算に基づけば、インボイス導入後はこのような追加作業が4536人分も発生するのだから、日俳連事務局がパンクすることは目に見えている。さらに言えば、ペンネームの漫画家と取引する出版社、本名非公開のYouTuber・VTuberと取引する企業なども同じ課題に直面するだろう。
*この流れの詳細は、昨年9月10日に集英社オンラインで公開した記事「氏名も住所も全世界に公開! インボイス制度導入で「あの漫画家の本名がバレる」は、やはり本当だった」参照
ちなみに、個人事業主が公表サイトで公開する情報の必須と任意の区分は以下の通り。
<主な必須項目>
本名、13桁の登録番号、登録年月日
<主な任意項目>
屋号、事務所所在地、旧姓
出典:国税庁Q&A「問 20 適格請求書発行事業者の情報は、どのような方法で公表されますか。【令和4年4月改訂】」
この区分に従って、個人情報漏洩の問題が指摘されると国税庁は「屋号や事務所所在地は『任意項目』なので、希望した者しか公開していない」という主張を繰り返している。しかし、芸名で取引している者には「事実上の必須項目」になっているのが実態だ。

日俳連の指摘に国税庁はどう答えたか?
この問題について、日俳連 小林氏は筆者にこのように語る。
「実務担当者が公表サイトで登録番号を検索する際に最も知りたいのは、取引で日常的に用いる屋号(=芸名)。芸名さえ分かれば、登録番号の有効性は確認できる。逆に、本名は検索結果として表示される必要はない。そもそもインボイス発行事業者への登録時にe-Taxを経由する仕組みなのだから、国税庁側としては本名もマイナンバーも確認済みのはず。
それにもかかわらず、公表サイトで改めて本名を公開する必要性が分からない。『公表サイトからの個人情報流出が原因で、アイドル声優などへのストーカー被害が発生したらどうするのか?』と国税庁に電話で問い合わせても、『事件が起こらないと対応できない』の一点張り。こうした懸念があるためインボイス登録をためらっている声優・俳優は大勢いる。
一方で問題の深刻さに気付いてない者も業界には多く、深く考えずに所属事務所側が屋号登録を促して、声優・俳優がリスクを理解しないまま従ってしまう恐れもある」
こうした問題意識に基づいて、2月3日のインボイス超党派ヒアリングで日俳連の小林氏は国税庁(課税部 軽減税率・インボイス制度対応室長 福田あづさ氏)に改善を提案。
*該当シーンは18分32秒から。外部配信サイト等で動画を再生できない場合は筆者のYoutubeチャンネル「犬飼淳」 で視聴可能
【日俳連 小林】芸名を使っている以上、(事務局はインボイスの受け取り時に)芸名でしか確認できないです。(しかし、本名と芸名をセットで登録すれば)登録番号から本名がバレる。(現状の仕組みとは)逆に屋号を必須にして、本名は隠せないでしょうか?
【国税庁 福田】氏名に変えて屋号を公表することは、現行法上はできないとご理解頂ければと思います。
【日俳連 小林】ですから、それでは全く使えないデータベースになります。現に(公表サイトに)現在登録されている内容を見ると、屋号はほとんど入っていません。特に声優さんは(本名バレ・居場所バレに)気を遣って絶対入れないようにしています。そうなると、(インボイスを受け取った事務局は)番号の本人確認ができず、全く意味のないデータベースになっています。本名について、税務署は分かるが(公表サイトでは)公表しないようにできないでしょうか?
【国税庁 福田】最初のお答えになって恐縮ですが(中略)氏名に変えて屋号を公表することはできないとご理解頂ければと思います。
【日俳連 小林】それでは、ほとんどの声優さんは登録しなくなり、インボイス制度が成り立たないのではないでしょうか。
*この問いかけに国税庁は20秒以上も沈黙し続けたため、池水専務理事が補足説明を始める
【日俳連 池水】クライアントはこの声優に仕事を頼みたいと思った際に(インボイス発行事業者かどうかを)知りたかったら芸名で検索する。しかし(公表サイトの検索結果では)誰も出てこない。そうなると、公表サイトは使い物にならないのでは?
*これ以降も国税庁は既存の制度設計の説明に終始したため記載は省略
出典:2023年2月3日 インボイス超党派ヒアリング
ここまで具体的に日俳連が問題点を指摘したものの、国税庁は相変わらずゼロ回答。さらに、終盤の質疑では現地参加していた筆者も「芸名を用いる者にとっては任意項目の屋号が事実上の必須項目になっている」点を指摘したが、国税庁は現行制度の説明を繰り返すのみであった。
*実際のやり取りは当日映像(1時間17分10秒〜)参照
もはやインボイスはインパール作戦の様相
なぜここまで国税庁が問題を無視するのかは筆者も理解に苦しむが、これまでの杜撰な経緯を踏まえると、インボイス制度はすでに第二次世界大戦時のインパール作戦のようにとにかく問題を無視して突き進むしかないほどの泥沼に陥っている可能性がある。
ちなみに、国民の個人情報流出によるリスク(廃業、ストーカー被害)を放置する一方、10日後(2月13日)に行われた超党派ヒアリングで実に印象的な出来事があった。
この超党派ヒアリングでは税理士、声優、農家など様々な当事者たちがリスクを背負って実名・顔出しで参加してきたが、この回から突如として個人情報保護を理由に官僚側(財務省・国税庁・公正取引委員会 等)だけは撮影NG・匿名に変更したのだ。

超党派ヒアリング(昨年12月8日)で回答する官僚(左:財務省 主税局 税制第二課 企画調整室長 染谷浩史氏、右:国税庁 課税部 軽減税率・インボイス制度対応室長 福田あづさ氏)。 ※官僚側の撮影がNG・匿名となった今年2月13日以前に撮影
直後にその変更点を伝えた筆者のツイートには、国民から官僚に対する怒りの声が数多く寄せられ、一般国民との認識のズレが改めて浮き彫りとなった。すでに担当者は姿を隠して逃げ切る姿勢を見せており、本格的にインパール作戦の様相を呈してきているといえる。
文・撮影/犬飼淳