日本では、いつスーパーに行ってもきれいな野菜や果物、肉が並んでいます。腐っているものはまず見当たりません。そして、どれを選んでもおいしい。僕たちはこれをあたりまえだと思っています。
けれども世界中を見渡すと、この状況はけっしてあたりまえではありません。
傷んでいる食材が混ざっているために注意して選ぶのが当然という地域もあるんです。常に一定の味と品質を保っている日本の農畜産物って、じつは「超優秀」なんです!
なぜ、日本の農畜産物はこんなにも質が高くなったのでしょうか?
農業に向いた土地だから。農家さんが一生懸命作っているから。さらにもうひとつ、日本の農畜産物が高品質で安定生産できているのには大きな理由があります。それは日本の農業が追求してきた「品種改良」のレベルの高さです。
「品種改良」という言葉、聞いたことありますか?
品種改良とは、人間が野生の植物や動物に手を加えて新しい種類(品種)を作り出すことを言います。
現在、僕たちがスーパーなどで目にする野菜や果物、肉の祖先は野生の動植物でした。
野生の動植物は、身や実が小さかったり、毒があったり、病気に弱かったり、肉質がかたかったりと、人間が食べるには適さないものもありました。
けれども野生種を長年にわたって栽培・飼育していると、性質が変化したものが偶然生まれる場合があります。これを「突然変異」と言います。突然変異したもののなかには大きい実をつけたり、肉質がやわらかかったりと、人間にとってありがたい性質を備えた品種があります。この良い性質を持った品種のタネを取り、育てて増やしていくことを何度もくり返していくと、人間にとって都合のいい性質を定着させることができます。
ただ、突然変異は偶然の産物なので、いつ起こるかわかりません。人間が求めている性質がうまく現れるとも限りません。仮に現れたとしても、その性質を定着させるには何十年、何百年という長い年月がかかってしまうのです。
そこで人間は性質の異なる品種をかけ合わせて、自分たちにとってより良い性質を持つ品種を作る方法を考え出しました。それが「交雑育種」という方法です。たとえば、米の品種として有名な「コシヒカリ」は、味が良くて病気に弱い稲と病気に強い稲を交雑育種して作られた品種です。
日本で作られるブランド米のほとんどが「コシヒカリ」の親戚?! 超優秀な品種改良の歴史に迫る!
「コシヒカリ」「博多あまおう」など、日本で作られた美味しくてきれいな農産物は今や世界中で大人気。そんな日本の農業の魅力について、農林水産省 大臣官房広報評価課広報室の白石優生氏の『タガヤセ!日本「農水省の白石さん」が農業の魅力教えます』(河出書房新社)から一部抜粋・再構成してお届けする。
日本の農業「品種改良」のヒミツ」#1
いつでもきれいな食品を手に入れられるのは「品種改良」のおかげ!

写真はイメージです
現在は、さらに新しい科学技術を活用した品種改良もおこなわれています。放射線などを使って遺伝子※1に突然変異を起こさせたり、遺伝子組換え技術を使ってほかの生物の遺伝子を入れたり、ゲノム※2編集技術を使って特定の遺伝子だけを変化させたりするのです。交雑育種では同じ「科」の生物でおこなうのが基本ですが、遺伝子組換え技術なら自然界では起こり得ないこと、たとえば植物に微生物の遺伝子を組み込むこともできるようになります。 まるで魔法のように、人間が望むものを作り出せる時代がやってきているのです!
※1 次の世代へと受け継がれる遺伝情報のこと。一つひとつのパーツを作るための設計図のようなもので、すべての生物が持っている。
※2 生物に必要な遺伝情報が1セットになったもの。たとえば、ヒトの細胞は22 組の常染色体と1組の性染色体があり、これが「ヒトゲノム」の1セットになる。DNAのすべての情報をゲノムという。
日本で栽培されている品種の8割はコシヒカリが先祖
実際、僕たちの身近にどれくらい品種改良された農作物があるのでしょうか?
ここからは品種改良によって生まれた、日本の優れた農畜産物を紹介していきましょう。
「だて正夢」「いちほまれ」「あきたこまち」……スーパーに行くと、全国各地のさまざまな銘柄米がズラリと並んでいますよね。どの銘柄米もそれぞれの特徴がありますが、
じつは日本で作られているお米の多くは、「コシヒカリ」の親戚って知ってましたか?
稲はもともと亜熱帯の暖かい地域で育つ、寒さに弱い植物です。しかしいまでは、北陸や東北、北海道といった寒い地域でも米作りがさかんにおこなわれています。これは品種改良のおかげです。
なかでも日本を代表する品種が、1956年に誕生した「コシヒカリ」です。1944年に新潟県で「農林22号」と「農林1号」という2つの品種をかけ合わせ、福井県で育成(新しい品種の候補を育てること)されました。「越の国(北陸)に光り輝く品種」になることを願って「コシヒカリ」と名づけられたそうです。
コシヒカリは1979年から北海道と沖縄を除く全国で栽培されるようになりました。
いまでも日本でもっとも多く作付けされている品種です。2019年のコシヒカリの作付割合※3は33・9パーセントとなっています。甘みと粘り気が強く、ツヤがあり、香りが良く、冷めてもおいしいのが特徴です。
ただ、コシヒカリは背が高いため、雨や風の影響で育った稲が倒れやすいほか、「いもち病」※4に弱いという弱点もありました。そのため、コシヒカリの優れた点を受け継いだ新しい品種の開発が長年進められてきました。
そんな歴史があり、現在、日本で栽培されている品種の8割はコシヒカリが先祖だと言われるまでになりました。実際、日本のお米の作付面積ベスト10のすべてがコシヒカリの子孫なんです!
近年はパンや麵類など、食の選択肢が広がりましたが、長いあいだ、米は日本人のいちばんの主食でした。そのため、全国どこでも安定して収穫できることが重視され、一反※5あたりの収量が多い品種、病気に強い品種、冷害に強い品種など、さまざまな品種が生まれました。

『タガヤセ!日本「農水省の白石さん」が農業の魅力教えます』(河出書房新社)より抜粋
1970年代に入ると、いかに効率良くたくさんの実をつけるかという収量性だけでなく、おいしさをより追求するようになっていきます。
近年は、年々進行する地球温暖化に備え、高温に弱いコシヒカリに代わる暑さに強い品種の研究開発が進められています。
※3 ある作物全体のなかで、特定の品種がどれだけ作付けされているかの割合。
※4 稲に大きな被害をもたらす病気のひとつ。稲に付着したいもち病菌が胞子発芽し、菌糸(きんし)が毒素を出しながら稲を枯らしてしまう。
※5 田畑の面積を表す農業用語。=約990 ㎡。
「博多あまおう」はイチゴLOVEの日本人の気持ちが原動力
みなさん、イチゴは好きですか? 僕は大好きです! あまりに好きすぎて、イチゴを買ってきてもひとりで1パックを即完食! すぐになくなってしまいます。
そんな僕も大好きなイチゴが「博多あまおう」。福岡県の農業総合試験場が主導して5年かけて研究開発した品種「福岡S6号」から生まれたイチゴです。「博多あまおう」は商品名で、商標登録されています。「あかい」「まるい」「おおきい」「うまい」の頭文字を取って「あまおう」の名前がつけられたそうです。
果実は短円錐形で整っていて、ツヤのある濃こい赤色をしています。甘さと酸味のバランスが良く、果汁の糖度が高く、濃厚な味が特徴です。
色や形、糖度などの厳しい規格をクリアしたイチゴだけが「博多あまおう」を名乗ることができます。規格をクリアできず、「博多あまおう」になれなかったイチゴはジャムやジュースとして加工されます。
「博多あまおう」は15年連続で最高単価を記録しており、最近では香港を中心とした海外にも輸出されています。2015年には、福岡の農家さんが育てた「博多あまおう」が世界最重量のイチゴとして32年ぶりにギネス世界記録を更新しました。その重さは1粒250グラム! 味も値段も見た目も、まさに「イチゴ界の王様」と言えるような存在となっています。
イチゴは世界各国で食べられている果物ですが、日本人は特にイチゴが大好き。生食でのイチゴの消費量は日本が世界一だという説もあります。その背景には、生食好きの日本人がおいしいイチゴを作ろうと日本各地でさかんに品種改良を進めてきた歴史があります。いや、イチゴLOVEだからこそ、もっとおいしいイチゴを! という気持ちが品種改良の原動力になったのかも……?
「たまごが先か、鶏が先か」ではありますが、その結果、日本では現在300種以上の品種が誕生。世界のイチゴの品種の半分以上が日本の品種とも言われています。どれだけ日本人はイチゴ好きなんでしょうか。びっくりしますよね。
「博多あまおう」だけでなく、ほかの国産のイチゴの人気も海外で高まりつつあり、特にアジア諸国で人気を集めています。
『タガヤセ!日本
「農水省の白石さん」が農業の魅力教えます』
白石優生 農林水産省 大臣官房広報評価課広報室

河出書房新社
2022年7月26日発売
1562円(税込)
四六判/192ページ
978-4-309-61740-4
農業ってこんなに面白い! 若き官僚YouTuberとして多くのメディアにも登場する著者が、最新の農業から、実はスゴい日本の農作物のこと、さらには日本の農業の未来までを語る1冊。
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