「あなたのいばしょ」は、大空さんが2020年3月、大学在学中に立ち上げたNPO法人だ。365日24時間体制で、チャットツールを用いた相談窓口を実施。700人以上いる相談員の多くはボランティアで、特に相談が増える深夜〜明け方にも絶えず対応できるよう、時差がある海外に住む日本人も相談員として多数活動しているという。
悩み相談ができる相談窓口はいくつかあるが、このような「年中無休」の相談窓口は他にはない。悩み相談の数は1日1000件〜1500件程度にものぼり、その内容もさまざまだという。
「死んじゃだめ」と言うより大切なこと。悩める10代に寄り添う、無料相談チャット運営者の思い
毎年9月1日は、子どもの自殺が最も多い日として知られている。新学期が始まり「学校へ行きたくない」という想いを誰にも言えず、自分ひとりで抱えている子どもたちにとって、悩ましい日となるからだ。10代の子どもたちからの相談が6割を占めるという無料相談チャット「あなたのいばしょ」を運営する大空幸星さんに、今の10代が抱える悩みの内容や「頼ること」の大切さについて話を聞いた。
相談者の約6割が10代の子どもたち

24時間体制で対応するため、海外に住む日本人も相談員として参加(画像/NPO法人あなたのいばしょ)
「あなたのいばしょ」は、誰でも匿名・無料で利用できる。特に、日常的に電話を使う機会がほぼなく、SNSツールなどのメッセージ・テキストを通じたコミュニケーションが主な若い世代には、チャットツールを用いることで相談のハードルが下がったり、親に知られず相談できたりするという利点があるという。
実際に、「あなたのいばしょ」の相談者の約6割は、10代の子どもたちだ。スマートフォンからのアクセスが多いが、スマートフォンを持っていない子は、学校配布のタブレット端末、自宅のパソコンや学校のパソコン室、親のスマートフォンなどを借りて相談してくるという。
「悩みを相談できる人がいないこと」も苦しさに
新学期が近づいてくると、やはり「学校へ行きたくない」という相談は普段よりも増えるそうだ。しかし、「子どもたちの悩みを単純に分析できるわけではない」と大空さんは言う。
「そもそも、悩みというのはひとつだけではなくて、非常に重層的かつ複合的なものが多いんですよね。いろいろな悩みが重なった結果、『死にたい』『自らの命を絶ちたい』という想いを持つことにつながってしまう子が多いと感じます。
たとえば10代の子どもの自殺報道がなされると、どうしても『学校でのいじめを苦にして』などの部分が注目されがちです。ですが、たとえばいじめなど、特定の悩みだけが原因で希死念慮を持ったり自殺につながってしまうケースは、実はそこまで多くはありません。
『学校へ行きたくない』というつらい気持ちそのものだけでなく、その気持ちを相談できる人がいないという状況が、その子の苦しさを増す要因になっていたりもするんです。
小中高生の子どもたちの多くは、友達や家族がいたり学校に通っていたりして、物理的に周りに人がいないわけではありません。ですが、さまざまな問題を抱えて苦しいときに頼れる人がいない・誰にも頼れないと感じている子はたくさんいます。そういった状態を、僕たちは『望まない孤独』と呼んでいます」(大空さん)
一見元気そうに見えても、周囲の大人たちが気付けないしんどさや悩みを抱えている子どもたちも、決して少なくない。
「中高生からは、部活動に関する相談もよくあります。『部活内でトラブルがあって行きたくない』などのほか、意外と多いのが『顧問の先生』に関する悩み。部活内の人間関係よりも『対・大人』との関係性に悩んでいて、誰にも相談できないという子も少なくありません。
進学を控えた子たちからは、進路や成績など勉強に関する相談も比較的多くありますね。受験が迫り、外からの圧力だけではなく『結果を出さなければいけない』というプレッシャーを抱え、自分で自分を追い込んで苦しんでいる子も多くいます」(大空さん)
チャットの文面から想像力を働かせる
顔が見えないチャット上でのコミュニケーションは気軽にできる反面、相手がどんなことに悩んでいるのか、どんな感情でいるのか、すぐにはわからないこともあるだろう。また、10代の子どものなかには、まだ自分の気持ちや悩みを上手に言語化できない子も多いはずだ。
相談を受ける際は、どんなことに気をつけているのだろうか。
「『あなたのいばしょ』では、相談者に対する『傾聴』を常に心掛けていますね。まずは『ここへ相談しに来てくれてありがとう』という感謝を、相談者に伝えます。そして、とにかく話を聞き、肯定し、承認する。リアルな対面のコミュニケーションだと、そういったやりとりは照れもあってなかなか難しい面がありますが、チャットだとそういうことがあまりありません。
悩みを解決するためのアドバイスではなく、我々ができることを提示していって、相談者と一緒に考えていくようにしています。
意識しているのは、想像力を働かせること。一方的に決めつけず、チャットの文面や相談者とのやりとりから得た情報のなかから正確に想像していく。相談者に寄り添うことはもちろんですが、問題解決を目的としているわけではないので、『ここへ来れば何でも話せる』という気持ちを持ってもらえるように接しています」

顔が見えないからこそ、相手が何に悩んでいるのか想像力を働かせる(画像/NPO法人あなたのいばしょ)
チャットツールの相談は一回40分までだが、一度きりしか相談ができないわけではない。実際に、相談者の約4割程度は、複数回以上利用しているというデータもあるという。
「死んじゃだめ」は酷な言葉でもある
8月30日に、大空さんの著書『「死んでもいいけど、死んじゃだめ」と僕が言い続ける理由』(河出書房新社)が発売された。現在悩みを抱えている子どもたちや、「周囲に悩んでいる友達がいるが、自分に何ができるかわからない」という想いを持つ子どもたちに対して「相談すること」「頼ること」の大切さを伝える内容だ。
タイトルの「死んでもいいけど、死んじゃだめ」には、大空さんのこんなメッセージが込められている。
「『自殺は絶対にだめ』と言う人は多いですよね。もちろん、その考え方が間違っているわけではありませんし、僕だって、死にたいと思っている人に死んでほしくない気持ちが当然あるからこそ、相談窓口を運営しています。
ただ、苦しんでいる人に『死んじゃだめ』と言うのは、とても酷なことでもあると思うんです。すでに絶望の縁に追いやられている人が、『死という最後の逃げ道まで絶たれてしまった』と感じて、さらにそこから落ちてしまうような気持ちにさせる言葉でもあると思っています。
僕も10代のとき、本気で『死にたい』と思ったことがありましたが、もし誰かからその言葉を掛けられていたら、おそらく出口を絶たれた感覚になってしまっただろうと思います。
『死にたい、命を絶ちたい』と苦しんでいる人に対して、死んでほしくないと思うのは当たり前。でも、それを『死んじゃだめ』という表現にするのではなくて、『死んでもいい。でも、僕はあなたに死んでほしくないと思っているよ』と伝えたいんです」
つながることをあきらめないで
複雑な悩みを抱えていても、なかなか周りに相談できず一人で思い悩む10代の子どもたちは今もたくさんいる。私たち大人ができることには、どういったことがあるのだろうか。
「アドバイスをしようとしないこと、自分の考えや価値観を押し付けないことではないでしょうか。『何でも受け入れるからね』と思っていることを、子どもに知ってもらうことが大切だと思います。
そういう姿勢で子どもと接していくことで、本人が苦しいときに『お母さん・お父さんに相談してみようかな』『あの人に頼ってみようかな』という気持ちになっていくのではないかと思います」
「悩んでいるときや困っているときに誰かに頼ることは、恥ずかしいことでも何でもない」と大空さんは断言する。
「『困ったときは人に頼って』といっても、やっぱり知っている人には相談しにくい悩みもありますよね。そんなときはいつでも、『あなたのいばしょ』にアクセスしてください。顔が見えない匿名のサービスなら、気軽に頼りやすいと思います。
24時間体制で対応はしていますが、限られた人数で一日1000件以上もの相談に対応しているので、タイミングによっては、アクセスしてつながるまでに時間がかかることがあるかもしれません。そういった場合でも少し時間を置いてまたアクセスしたり、ほかの相談窓口を使ったりすることも検討して、つながることをあきらめないでほしいと強く思います」
◾あなたのいばしょチャット相談
https://talkme.jp/
◾#いのちSOS
https://www.lifelink.or.jp/inochisos/ 0120-061-338
◾SNS相談/生きづらびっと
https://yorisoi-chat.jp/
◾厚生労働省 相談先一覧
https://www.mhlw.go.jp/mamorouyokokoro/
◾文部科学省 子どものSOS窓口
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/06112210.htm
◾いのち支える相談窓口一覧
https://jssc.ncnp.go.jp/soudan.php
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