自分や親にとって「幸せな最期」を考えるために役立つ4つのキーワード。「人」「物」「お金」ともうひとつは…
30代、40代になると親の死というものがだんだんと現実味を帯びてくる。ある日突然、親との永遠の別れがやってくるかもしれない。親子で「幸せな最期」を過ごすヒントを、1,000人超の患者を看取ってきた40代現役医師の中村明澄先生に聞いた。
「幸せな最期」を過ごすために大切な21のこと #1
終末期と知らされずに最期を迎えた患者の姿
——中村先生は在宅医として、これまで数多くの患者さんを看取ってこられました。その中で印象的だったエピソードは何でしょうか。
私の原点ともいえるのは、研修医時代に会った末期の膵臓がん患者さんです。
その方は39歳で、終末期のがんであることは知らされておらず、毎週病院で溜まった腹水を抜いて仕事にでかけるような状態でした。
彼に「仕事に行くのはつらくないですか?」と聞いたところ、「働いてお金を貯めて、元気になったら妻を海外旅行に連れていきたいんだ」と。しかし会社に通えるギリギリまで働いたのち入院し、近場の旅行さえ行けないまま、亡くなりました。
彼は最期が迫ったことを知ったときに「もう旅行に連れて行くことはできないんだ」と悟ったと思います。「もっと早く知りたかった」とも思ったかもしれません。そんな彼の心中を思うと無念で仕方なく、今でも思い出すと涙がこぼれます。

とはいえ、彼に告知をしなかった家族が悪いわけではありません。病気との向き合い方や終末期の過ごし方は人それぞれです。私は在宅医で、在宅医療の選択肢はすべての方に知っていただきたいと思いますが、病院でしか受けられない治療もありますし、病院医療と在宅医療の選択もそれぞれだと思っています。
自分が自分らしく最期まで過ごせるよう、ぜひ一度、自分にとって「幸せな最期」とは何かを考えてみていただきたいです。また親がご存命であれば、親にとっての「幸せな最期」を聞き、それに対して自分がどのような対応ができるかを検討してほしいということです。
「幸せな最期」を考えるヒントは「人・物・お金・夢」
——そもそも自分や親にとっての「幸せな最期」がわからない方が多いかもしれません。どのようにイメージしたらよいのでしょうか。
「幸せな最期」について考え始める際は、「人」「物」「お金」「夢」という4つの観点からイメージを膨らませるとよいと思います。
「人」は、いざというとき、どれだけ自分が動けるのか、もしくは頼れる人的リソースにはどのようなものがあるのか。
「物」は、最期を過ごす場所や困ったときに相談できる場所などを検討します。
「お金」は文字通り、老後や終末期に使えるお金が誰にどれだけあるのか。
「夢」は、最期にどう過ごしたいか。例えば「余命3カ月と言われたらどのように過ごしたいか」などをイメージしてみます。
これらを考えるときのポイントは、今の自分や親ではなく「病気になった自分や親」「老後を迎えた自分や親」を想像することです。終末期や老後に関する書籍を読んだり、介護に関するテレビ番組を観たりして情報収集すると、より確かなイメージができるでしょう。
その上で「最期は病院で過ごすか、家で過ごすか」「延命治療はするか」など、より具体的な事柄まで元気なうちに話し合っておけたら、いざとなったときに齟齬を減らせると思います。

——「親の最期について話し合うタイミングがわからない」「親が本音を話してくれない」という声も聞くのですが、その点はどうお考えですか。
例えば、人間ドックや健康診断に行ったときなど、健康や病気に関するイベントがあったときに話してみるのはいかがでしょうか。切り出し方も「もし万が一、何か病気が見つかったとき、手術は絶対したくないとか、何かお母さんが決めてることってある?」など、フランクな聞き方でよいと思います。
基本的に親は子どもに心配をかけたくないと思っているので、本音をあまり話してくれないかもしれません。私も父にいつも「お前に任せるよ」と言われてしまいます。
そのため「私が決めるのは私の負担になるから、ちゃんと教えてよ」などと言って、親の考えを引き出すようにしています。「親が本音を教えてくれないと子どもが困る」ということを、わかりやすく伝えてはどうでしょうか。
重要なのは、本格的に体調を崩す前に話し合っておくことです。特に、がんは病気の特性上、一見元気そうに見える時期から亡くなるまでの期間が短いこともあり、いろいろ考えようと思ったときには、すでに思うように動くことができなくなっていた、、ということがあります。「元気なうちに」がキーワードですね。
今からでも「幸せ感じ力」を身につけて
——すでに親が亡くなり「あのときこうしておけばよかった」と後悔している人もいるかもしれません。どのように気持ちを切り替えたらよいのでしょうか。
後悔と同じくらい「親にやってあげられたこと」を思い出すとよいと思います。「あの日、仕事をがんばって切り上げてお見舞いに行ったな」「去年孫を見せられたな」など、やってあげられたことは絶対にありますから。そして反省はしないことです。自分で自分に「よくやったね」と声をかけてあげてください。
患者さんの家族にも「亡くなる瞬間に同席できなかった……」と悔やむ方がいらっしゃいます。でも私は、逝く瞬間は本人が選んでいる気がしてならないんです。この話は医療従事者間での通説でもあります。
例えば、家族がベッドサイドでうたた寝している間に亡くなったのなら「見ていないときに逝きたいな」「しっかり休んでほしいな」と思って逝ったのかもしれません。非科学的な話ではありますが、私はそう考えています。
——これまで先生が看取った患者さんで「幸せな最期」を迎えた方には、どのような共通点がありますか?
穏やかな最期を迎えられた患者さんには、どのような状態の方でも「今が幸せなんだ」とおっしゃっている方が多いと感じます。
ある末期がん患者さんは「がん終末期と知ったおかげで、死ぬ準備ができてよかった」と話していました。余命いくばくもないことを知ったつらさは相当のものだったと思いますが、それでも「余命がわかるから、がんでよかった」とうれしそうに言っていた姿が忘れられません。
この幸せや喜びを感じられる能力のことを、私は勝手に「幸せ感じ力」と呼んでいます。どんなときでも物事を暗い方向から見るのではなく、明るい方向から見ることができると、人生の豊かさが変わってくると思うのです。
食が細くなってきたときに「一口しか食べられなかった……」と思うのか、それとも「一口しっかり食べられた!」と思うのか。同じ事象であっても、受け止め方によって心のありようが変わります。
私もこの「幸せ感じ力」を身につけるべく、日々ものの捉え方を見つめ直しているところです。一朝一夕で身につく力ではないので、プラスの側面から物事を見られるようにと日々意識しています。

——最後に、これから親を看取っていく読者に向けて、メッセージをお願いします。
私が45歳を過ぎて思うのは、自分の老化がどんどん進んでいるということ。老眼は進み、身体能力も落ちていきます。だからこそ、自分がやりたいことは今のうちにやったほうがよいと思います。
その中には、自分が親にしたいことや、親が一緒にやりたいことも含まれるでしょう。そうした行動を経て、自分や親が最期を迎えるときに「いい人生だったな」と思えたら100点ではないでしょうか。
取材・文/金指歩 写真/shutterstock
『在宅医が伝えたい 「幸せな最期」を過ごすために大切な21のこと』 (講談社+α新書)
中村 明澄 (著)

2023/8/23
¥990
208ページ
978-4065332641
もしあなたがあと余命数か月と言われたら。あなたは何をしたいですか? 残された人に何を伝えたいですか? どのような最期を迎えたいですか?
相続やお墓のことは考える人は多いけれど、意外と考える人が少ないのが最期の日の過ごし方。残された日の過ごし方で、幸せな思い出を遺された家族に残すこともできれば、逆に家族自体がバラバラになることもある。
そのために必要なのは、きちんとした知識と自分たちによる選択です。
1000人以上を看取ってきた在宅医が、最新の医療の常識をもとに考える最良の最期を送るためのヒント。
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