かつて友部正人は、腰の重い“坊や”を、「どうして旅に出なかったんだ」(※1)となじった。
宮本浩次は「愛を探しにいこう」(※2)と、オザケンは「旅に出る理由がある」(※3)と高らかに歌い、清志郎は「さあ荷物をまとめて旅に出よう」(※4)と畳みかけた。
ネットやテレビが悲しいニュースや嘘ばかり伝える2022年初頭、僕は唐突に旅へ出たくなった。
オザケンへのアンサーとして、「旅に出る理由はだいたい百個くらいある」(※5)と歌ったのは岸田繁だったが、僕にもだいたい百二十個くらいの理由があり、そのひとつひとつを説明する気にはならない。
いや、いずれ少しずつ説明するかもしれないが、今はまず旅に出なければ。
友部正人に飽き飽きされる前に。
※1『どうして旅に出なかったんだ』友部正人
※2『今宵の月のように』エレファントカシマシ
※3『ぼくらが旅に出る理由』小沢健二
※4『JUMP』忌野清志郎
※5『ハイウェイ』くるり
あてもない旅なんて、若者だけに許された特権のようにも感じるが、世界でまれに見る少子高齢化社会に生きているんだから、気にする必要はない。
なにしろ現在52歳の僕だって、日本の平均年齢を5歳ほど上回っているにすぎない若造。人生は何十年か残っている。まだ先は長い。
ここらで一発、さすらってもいいはずだ。
沢木耕太郎の『深夜特急』をはじめ、北杜夫のマンボウシリーズや椎名誠の焚き火テント旅、蔵前仁一のバックパッカーものなど、昔から旅の本が好きで数えきれないほど読んできたが、なかでも座右の書と呼んでもいいほど感銘を受けた本が二冊ある。
ひとつはエルネスト・チェ・ゲバラの『チェ・ゲバラ モーターサイクル南米旅行日記』。もうひとつはジョン・スタインベックの『チャーリーとの旅』だ。
車中泊の旅に出るならルーフテントがなくてははじまらない~ああ、旅に出たい、スタインベックのように
昨今のアウトドア・キャンプブームのその先にある「車中泊」。気ままな旅も遠出も思うようにならないコロナ禍においては、ひょっとして強い味方なのかも……? だが大人の車中泊たるもの、ちょっとしたこだわりが大事でして……。
車中泊の旅に出るなら #1
「どうして旅に出なかったんだ」と言われたくはないから

左から『チェ・ゲバラ モーターサイクル南米旅行日記』(エルネスト・チェ・ゲバラ=著 棚橋加奈江=訳 1997年 現代企画室)、『チャーリーとの旅』(ジョン・スタインベック=著 竹内 真=訳 2007年 ポプラ社)、『チャーリーとの旅』(ジョン・スタインベック=著 大前正臣=訳 1987年 サイマル出版会)。『チャーリーとの旅』は好きすぎて、旧訳と新訳の両方を読んだ。
『モーターサイクル南米旅行日記』は、喘息持ちのひ弱な医学生だったゲバラが1951年、友人とともに古いバイクで南米諸国を旅した日記。
『チャーリーとの旅』は、アメリカを代表する文豪・スタインベックが1960年、58歳にして、愛犬とともに特注キャンピングカーでアメリカ一周をした記録だ。
まだ何者でもなかった頃の革命家の貧乏旅と、すでに名声を博し、ノーベル文学賞の呼び声も高まっていた大作家の晩年旅、さらにはバイクとキャンピングカーという根本的な違いもある。
だが両者に共通するのは、自分が生まれ育ち、ずっと暮らしてきたのに何も知らないのかもしれない祖国(と周辺国)を再発見するため、行き当たりばったりで、地べたを這うように自由な旅をしたことだ。
僕の旅も、そうありたい。
旅の原則は「宿には泊まらない」ことと「公共交通機関を使わない」こと
まず、旅の原則を決めよう。それは二つだけだ。
1、宿には泊まらない。
2、公共交通機関を使わない。
旅を長く持続するうえでの予算的なものもあるが、目的地がホテルや旅館になったり、移動手段によって行き先が左右されてしまったりするのは嫌だ。
自分の足を使って動き、たまたま行き着いた先で、「今日はここまで」と床に就くのが理想。
とすると旅の手段は、巷で流行っている車中泊一択になる。
車中泊をするなら、もっとも快適なのはキャンピングカーだ。
だがこれまでに何度も家族とレンタルキャンピングカーの旅をした経験から、日本国内の一人旅にキャンピングカーは向いていないという思いがある。
車重がかなりあるキャンピングカーは走行が安定しないうえ、燃費が極端に悪い。
入れない道や停められない駐車場も多々。
家族との短い旅行ならそれでもなんとかなるが、一人の長旅に適した車とは思えないのだ。
小回りの良さや燃費面から考えると、車中泊マニアの間で評価が高い、軽のハイトワゴンもいいのかもしれない。
車内の宿泊環境も、工夫次第でとても快適なものに仕上げられるらしい。
実際、地方の道の駅などでは、軽のハイトワゴンを使って長旅をしている人をよく見かける。
でも、自分があれをすると考えると、どうにも気分が乗らない。
車内から窓という窓に目隠しを貼り、駐車場の片隅で息を潜めるようにしている軽を見ると、なんとも不穏な気持ちになるのだ。
最近は増えたのでそう思わなくはなったが、最初に見かけたときはちょっとびっくりして「これ、通報しなくていいのか?」と思った。
それらに加え、車にかかってくる税金や駐車場代など世知辛い諸事情を総合的に勘案すると、結局、いま自分が乗っているスバルXVを使って旅に出るのがもっとも現実的であることに気づいた。
だがコンパクトSUVであるスバルXVは、決して車中泊に向いている車ではない。

我が愛車・スバルXV。2017年式で、すでに68,000km弱の走行距離。
後部シートの背もたれを倒して荷室を広げれば、大人一人寝られるスペースは確保できるが、広々とした空間にはならない。
前後左右の幅はなんとかなっても、天井が低いので頭がつかえるのだ。
できればもっと余裕のある空間を確保したい。
あれやこれやと思いを巡らせた僕が行き着いたのは、愛車の屋根にテントを設置するというアイデアだった。
前から気になっていた“ルーフテント”。今こそ買うときだ!
折り畳み式の“ルーフテント”は、前から気になっていた。
とはいえ高価だし、かなり嵩張るものなので、安易に自分の車につけようとは思わなかったのだが、今回の旅計画には最適かもしれないと思うようになったのだ。
駐車環境によっては、屋根のテントで寝るわけにはいかない場合もあるだろうが、その際には多少の窮屈さは我慢して車内で寝る。
しかし条件が合い、気持ちよさそうな場所を見つけたら、ルーフテントを広げて体を伸ばして寝る。
この二刀流でいけば、僕の旅は最高のものになるだろう。
さっそくネットでさまざまなルーフテント情報をかき集めた。
日本ではちょっと前まであまり注目されていなかったので、売られているのは50万円前後もする高級品ばかりだった。
だが、車中泊人口の増加に伴い最近は徐々に需要が増えてきたためか、お手頃価格のものも販売されるようになっている。
狙い目はそこだ。
僕は20万円ほどの製品に目星をつけた。
同じ品でも店によって価格差があり、一番安く手に入れる方法は、やはりネット注文だ。
だが重量が60kg以上あり、長辺が200cm以上もある大型製品を、実物を見ずに買うのはあまりに不安。
自力で設置できるのかどうかもわからない。
そこで、店頭で見学ができて、よかったらその場で購入・設置までやってもらえるお店を探した。
あちこち電話をかけまくった結果、「在庫があります。即日設置可能ですよ」と答えてくれたのは、静岡県湖西市にあるキャンピングカー販売店だった。
東京・世田谷の我が家から片道250km以上・3時間超のまあまあな遠距離だが、僕は居ても立ってもいられず、お店に仮押さえの連絡をした直後、高速道路上の人になっていた。
果たして、この目で確かめたルーフテントの実物はとてもよかった。
想像していた以上に余裕のあるサイズで、中に入ってみると一人で寝るには十分すぎるほどのスペースが広がっていた。
骨組みには油圧ダンパーを使っているので、テントを広げる作業は数分で完了する。
ひと目で気に入った僕は、「じゃあ、買います」と即答していた。

予想以上に大きく、宿泊環境としては申し分なさそうなルーフテント。
さっそく我が愛車・スバルXVへの設置作業がはじまった。
販売店のスタッフ3人がかりで持ち上げ、まずはルーフレールに仮置き。
いいぞいいぞ。
僕はこれからはじまる車中泊ならぬ“車上泊”の旅に思いを馳せ、ゾクゾクするような気分を抑えられずにいた。

購入を決めると、すぐに設置作業がはじまった。
ルーフテント設置断念。僕の旅は全然はじまらなかった
だが、そこで何か問題が持ちあがったようで、スタッフの皆さんは作業の手を止め、首を傾げながら何やら話をしていた。
「どうしました?」と聞くと、スタッフの一人が仮置きしたルーフテントの前方部分を指差しながら説明してくれた。
XVの屋根は前後幅が短く、後部のハッチバックと干渉しない位置にルーフテントを固定すると、前方のかなり長い部分が中空に浮いてしまうのだという。
これは“自己責任で”と持ち主に投げて販売できるレベルではなく、危険かもしれないともおっしゃる。
確かに、我が愛車に仮乗せされたルーフテントはあまりにもアンバランスで、居心地悪そうに見えた。
もし中空に浮いた部分に体重をかけたら、バキッと折れてしまいそうな予感さえする。

「ここの、中空に浮いている部分が問題なんです……」
“カード払いNG、現金のみ”と聞いていたので、ポケットには作業代込みで支払う予定の諭吉23枚が入っている。
こんなに買う気満々なのに……。
でも、ここで焦って無理に買っても、のちのち後悔することは目に見えている。
相思相愛なのに実らぬ恋、という感じでこちらもお店側も泣く泣くあきらめ、僕は手ぶらで世田谷の自宅へと帰った。
もし買えていたら、今夜中にも東海道のどこかでルーフテントを広げ、我が旅の第一歩を記そうと思っていたのに。
気分はガックリなのだが、考えてみれば、安いからとネットで注文しなくてよかった。
それに「売らんかな」ではなく、丁寧・誠実に対応してくれたフジカーズジャパン浜松店のスタッフの皆さんには感謝です。
今回はすみませんでした。いつかビッグになったら800万円のキャンピングカーを、キャッシュで買いにいきますから。
ということで、僕の旅はまだ全然はじまっていない。

購入できなかったルーフテントくん。お名残惜しい。
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