病院で死ぬとなぜ苦しいのか

死そのものは本来、苦しいものではありません。しかし、病院で治療を続けると、体力の限界まで「生きさせられる」から苦しいのです。

私は外科医時代、病院に訪れてきた人に、数々の検査をし、病気を見つけ、入院、手術、術後の治療を続けてきました。でも、病気を治せば元気になるわけではない、死ななくなるわけではないことに気づきました。

病気の進行を遅らせることはできても、日々老化していく体を「元どおりに戻す」ことは、医療にはできないことを痛感しました。元の体に戻すためにはタイムマシンに乗る以外に方法はないのです。

口から食事がとれなくなった患者さんには、お腹に穴を開けてチューブから胃に直接栄養を送り込む「胃ろう」などの延命治療をし、死の瞬間を少しでも先延ばししました。1分1秒でも延命をすることが医療の使命だからです。

しかし、延命治療を続けると、患者さんの苦しみや痛みは二の次になってしまいます。死ぬよりは、どんな状態であれ生きていたほうがいい。そう考えるのが医療です。

もちろん、患者さんや家族も、治療当初は同じように考えています。でも、いつしか「患者さん本人」の思いがおざなりなってしまうことが頻繁に起こるのです。

延命治療を受けている患者さんの中には、それこそ「死にたいほどつらい」状態の人が少なくありません。本当は治療をやめたいのに、家族からは「頑張れ」「あきらめないで」と鼓舞され、また病院や医師に頼るしか選択肢を持たないため、そのままズルズルと延命治療を続けてしまいます。しゃべれもせず、「もういいから、死なせてくれ」と思いながら亡くなっていくのです。