「認知症=人生の終わりではない」…人気東大卒医師が警鐘「中期までの認知症患者は自由な行動をさせた方がいい」
いまや50人に1人が90歳以上と呼ばれる超高齢化社会の日本。「自分がそんなに長生きするわけない」と思っていても、今後の医学の進歩や栄養状態の改善によって、90代まで生きる確率はどんどん上がっていく。そこで幸せな90代になるために必要なこととは。『90歳の幸福論』(扶桑社)より、一部抜粋・再構成してお届けする。
『90歳の幸福論』#1
90代は認知症が多数派
高齢者の健康を考える上で、避けて通れないのが認知症の問題です。
歳を取れば、誰であっても認知症になる可能性があります。認知症の診断テストでは、70代前半の人が認知症になっている割合は4%ほど。70代後半では約10%になります。そして、80代になると約20%、85歳には40%強にまで増えていきます。
90歳以上になると60%以上、95歳の場合は80%の人が認知症として診断されてしまいます。90代になれば、もはや認知症になっている方が多数派なのです。
私がかつて働いていた高齢者専門病院では、1年に100例ほど、高齢者の脳の解剖を行っていました。解剖している病理医に話を聞いたところ、85歳を過ぎるとほぼすべての患者さんの脳にアルツハイマー型の認知症にみられる変性があったとのことです。
認知症は誰しもが避けて通れない老化現象のひとつ。「ならないように」と予防することはもちろん大切ですが、どんなに予防しても、老いから逃れることはできません。程度の差こそあれ、誰もが認知症になる可能性はあるのです。
まずは、この事実をぜひ受け入れてほしいと思います。

そうはいっても、他人の顔もわからなくなり、果てには自分の名前すら忘れてしまう……。そんな状態に陥るのは、誰もが怖いと感じるはず。
ただ、実態を知らないのに「認知症になるのは怖い」「認知症になるのは不幸だ」と過剰に認知症を怖がるのは、いかがなものかと思います。
まず、認知症の進行は数年単位で進むものです。老化はゆっくり訪れるもの。認知症になったとしても、最初は少しずつ物忘れをしてしまう程度しか異変は起きないので、日常生活にはさほど支障をきたしません。
たとえば、よく認知症の進行具合をチェックする質問例として挙がるのが、「夕飯の内容」です。「昨日の夕飯は何を食べた?」と言われたときに、誰でも少しは考えてしまうもの。認知症がある程度進んだ人の場合は、夕食を食べたこと自体を忘れてしまうのです。
ただし、この程度の物忘れであれば、日常生活で困ることはありません。
もしも、夕食を一緒に食べた相手に、「あれ、昨日はカレーを食べたのに覚えてないの?」と不安がられたら、「あぁ、そうだったね!」と笑顔で返答すればいいのです。
待ち合わせを忘れても、大事な用事なら先方から連絡があるはずです。
道に迷ったなら、誰かに助けを求めればいい。
先ほども述べたように、基本的には90代までに6割の人が認知症になります。認知症を避けることに注力するよりも、もしなってしまった場合は、どのように対策を取るかという心構えのほうが大切なのです。
「認知症=人生の終わり」ではない
いざ、認知症になった場合、最も大切な対策となるのが、「自分がやりたいと思っていることを可能な限りやること」です。
たとえば、認知症の代表的な症状のひとつが、「今いる場所がどこなのかわからない」「何月何日で何時かがわからない」など、自分の置かれた状況がよくわからなくなること。この症状は、「失見当識」と呼ばれます。
ただ、初期や中期の認知症であれば、「失見当識」が出たとしてもできるだけ自由な行動を心がけたほうが、本人の意欲や認知機能が衰えずに済みます。
しかし、その事実を知らないと、行動を控えようという意識が働いてしまいます。たとえば、失見当識が出ると道に迷いやすくなるため、ご自身は「ひとりで出かけるのは怖い」と思い、周囲の人も「散歩させるのは怖い」と感じるようになって、あまり外に出なくなってしまうのです。ただ、行動しなければしないほど意欲は失われるし、体の筋力も衰えてしまいます。
だからこそ、「失見当識」のような認知症の症状が出たとしても、むやみに行動を抑えるのではなく、万が一に備えた対策を心がけることのほうが大切です。たとえば、ネックストラップを取り付けた見守り用GPSを常に携帯しておけば、道に迷っても家族はどこにいるかを確認できます。

「認知症の人が散歩などに出たら、自動車に轢かれてしまうのではないか」と心配されるケースも多いのですが、それは杞憂です。
私はこれまでに4000人ほどの認知症の患者さんを診察しましたが、「自由に歩き回って車に轢かれてしまった」という患者さんはひとりもいません。
認知症の症状が進んだとしても、すべての能力が失われるわけではなく、いくつかの能力は残り続けます。なかでも、自分の身の危険性を感じる能力はもはや動物的本能なので、最後の最後まで発揮されるのではないかと思います。
認知症のひとり暮らしも危ないと考えられがちですが、実は認知症患者さんでひとり暮らしをしている方は大勢います。かなり重い人でもひとり暮らしをしています。
認知症になったからといっても、いきなり何もかもができなくなるわけではありません。
「残存機能」といって、昔から習慣づけていた行動ならば、認知症になっても変わらずにできることもたくさんあります。
「認知症=人生の終わり」だと悲観しないでほしいと思います。
「きんさんぎんさん」のように幸せなお年寄りに
認知症は悪いものという印象がありますが、それはあくまで外部からの見方にすぎません。繰り返しになりますが、私自身、認知症は長くこの世を頑張って生きた人への〝ごほうび〞なのではないかと思うこともあるほどです。
たとえば、幸せそうなお年寄りとして有名なのは、かつて100歳の双子の姉妹として知られた、「きんさんぎんさん」でしょう。きんさんとぎんさんは、いつもニコニコとして、とても穏やかです。あの柔和な笑顔を見て、「自分もこんなお年寄りになりたいものだ」と思った人もいるでしょう。
100歳まで生きていた上、彼女たちの話を聞くかぎり、きんさんぎんさんもおそらくなんらかの認知症の症状は出ていたはずです。あのように幸せそうだったのは、過去の辛いことをある程度忘れ、しがらみからも解放され、穏やかな心を保ち続けることができたからではないかと思います。

きんさんぎんさんのような穏やかなお年寄りになりたいと思う方に、ぜひ心がけていただきたいのは、日頃から「笑顔」や「明るさ」を保つことです。
認知症になると、昔の性格が強く出てくることが多いものです。明るかった人はより明るく。笑顔が多かった人はより笑顔が多く。そして、怒りっぽい人はどんどん怒りっぽくなるし、ひがみっぽい人はますますひがみっぽくなってしまうのです。
認知症になってからでは、なかなかこの性質を変えることはできません。だからこそ、いまから考え方を変える必要があるのです。
幸せなお年寄りになるために、日頃から幸せな態度を心がける。細かいことは気にしない。自分がしたいことには素直になる。他人の親切には感謝する。多少何か物忘れがあって、他人に指摘されても、「なんだ、そうだったか」と笑い飛ばせる心構えこそが、実は一番大切な対策だといえるでしょう。
そんな毎日の積み重ねがあれば、認知症になっても、ずっとニコニコと幸せなお年寄りでいられるはずです。
見逃されがちな「高齢者のうつ病」
発見されづらいという点で、認知症よりも気を付けてほしいのが「うつ病」です。
高齢になると気力をなくして、何もかもやる気が起こらない……という状況に陥る方もいらっしゃいます。
こうした現象が起きても、「歳を取ったから仕方ない」と受け入れがちなのですが、調べてみると実は老人性のうつ病を患っていたというケースも少なくありません。
そもそもうつ病は自分がかかっていることに気が付きづらい病気です。それゆえ、うつ病の人が実際に医療機関へ受診するケースはわずか30%程度だと言われています。残り70%の人々は、自分の病気を単なる不調だととらえて、医療機関に頼らずに苦しい日々を送っています。
だから、少しでも異常を感じたら、早めに精神科に行ってほしいと思います。
高齢者のうつ病は、「気持ちが落ち込む」「やる気が出ない」などという一般的に知られた症状だけではなく、頭痛やめまい、吐き気、腹痛、耳鳴り、体のしびれといった身体的な症状が起こることもあります。
その結果、「どこか体調が悪いのだろうか」と内科や外科などを受診するものの、特に異常が見当たらず、加齢のせいだと見なされて放置され、症状が悪化することもあります。

うつ症状は一度悪化すると完治に時間がかかってしまうので、できるだけ早い段階で対処することが大切です。早期発見できれば、その分、完治も早くなります。
特に高齢者がうつ病になりやすいのが、自分の「老化」を必要以上に気にしすぎること。
たとえば、「最近、何かと昔のことが思い出せない」と物忘ればかり気にしていると、前頭葉の老化が加速しますし、「認知症だったらどうしよう」という不安が強くなることで、意欲がよけいに低下してしまうこともあります。そうこうするうちに、うつ病を発症してしまうのです。
なお、軽度の老人性うつ病の場合は、適切な薬を飲めば症状はすぐに回復していきます。
「なんだか最近やる気がない」
「欲しいものがない」
「よく眠れない」
「夜中に何回も目が覚める」
「妙にイライラする」
「食欲が以前に比べて減ってしまった」
などの症状が2週間以上続いている方は、うつ病かうつ病に近い状態に陥っている可能性があります。「おかしいな」と思ったら、ぜひ一度精神科を受診してみてください。
『90歳の幸福論』(扶桑社新書)
和田秀樹

2023/3/1
968円
192ページ
978-4594093891
50万部超の大ベストセラー『80歳の壁』著者の最新作!
92歳の母を持つ高齢者医療の医師がいまいちばん伝えたいこと
「壁」の先にある人生最後の“ごほうび”の時間!
【健康】【お金】【生活習慣】【介護】
人生100年時代、気楽に「老い」を楽しむコツ
(目次)
▼第1章 幸せなお年寄りの条件
・年寄りが不幸だなんて、誰が言った
・認知症への大きな誤解とは?
・老いれば見栄や嫉妬から解放される!
・「高齢者になるのは怖い」という誤解が広まったワケ
・老いは人と比べられない
・要介護を避けたければ「フレイルサイクル」に陥るな
・高齢者に大切なのは「これがしたい」という意欲
・前頭葉を刺激し続けて活性化させよう!
・老後こそ脳や体に刺激を与えるべき
・愛されるお年寄りと愛されないお年寄りの壁
・常識に囚われすぎると窮屈な老後に
・完璧主義だと老け込みやすくなる……
▼第2章 他人や道具を頼って第2の人生を楽しむ!
・日本の高齢者は他人に頼らなさすぎる!
・道具で行動のハードルを下げよう
・補聴器で認知症の入り口を遠ざける
・「年寄り扱いされたくない」が一生のケガに……
・2回骨折しても歩ける92歳の母
・高齢者こそ情報発信をしてほしい!
・「人の力を借りる」ことが「老い」の解決策
・ 助けてもらう下地をつくっておく
・「一足先にお世話になるね」の精神
・デイサービスも徹底的に利用しよう
・なぜ家族に介護をさせないほうがいいのか?
・「できること」を喜ぶ
▼第3章 医者を信じすぎず健康な高齢者に
・医者の言葉を信じる必要はない!
・「個人差」が無視される現代医学
・欧米の健康法をそのまま導入する日本の医師
・健康診断の数値は信じなくていい
・なぜ医者はたくさんの薬を処方するのか?
・人によって薬の適正量は違う
・90 代は認知症が多数派
・「認知症=人生の終わり」ではない
・「きんさんぎんさん」のように幸せなお年寄りに
・見逃されがちな「高齢者のうつ病」
・「がん」は誰にでも起こりえる
・実験台が嫌なら大学病院に行くな
・自分が生きてきた人生を信じよう!
▼第4章 老後のお金を心配しすぎていませんか?
・歳を重ねるほどお金はいらなくなる
・元気なうちにお金を使いまくろう!
・「終活」をおすすめしない理由とは?
・子どもに財産を残してもケンカになるだけ
・「自分は役に立たない」と思わなくていい
・消費する高齢者こそ、日本経済を救う
・介護に必要な金額とは?
・介護保険は申請が必要
・「老人ホームに入れないのでは」と心配する必要はない
・収入があっても生活保護は受給できる
・生活保護は恥ずかしくない!
・理想的だった祖母の葬式
・本当の終活とは?
・可能な限り、働くという選択肢もある
▼第5章 “ごほうび”の時間を最大限満喫する生活習慣
・高齢者こそ栄養価が高いものを食べるべき
・コレステロール値を上げるべき医学的な理由
・「自炊しなければいけない」に縛られるな
・「脳トレ」よりもアウトプット!
・日の光でセロトニンを増やす
・カラオケで幸せな老後をつくる
・メモの習慣で認知症を予防
・若い異性との接点をつくろう
・「若づくり」はできるだけしたほうがいい
・毎日の変化が老化を防ぐ第一歩
・「笑顔」と「謙虚さ」で愛されるお年寄りに
・「都合のよいお年寄り」にならない!
60歳以上の高齢者や90代の親を持つ人は必読!
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