――「仕事で疲れがたまってぐったり。連休こそは温泉に出かけてリラックスしよう」といつも思っていますが、何がどう間違いなのでしょうか。
梶本医師:そもそも疲労とは、自律神経の中枢がある脳が疲れることで生じます。自律神経は自分の意思に関わらずに、心拍、血圧、血管の拡張や収縮、消化、発汗などを調節する神経です。体と心の活動時、緊張時、興奮時に働く交感神経と、安静時やリラックス時に働く副交感神経の2つがバランスを取り合ってヒトの体と精神の機能を調整しているわけです。
仕事が忙しい、運動がきつい、悩みがある、不眠症だ、また猛暑や極寒、寒暖差が激しいなどの場合は交感神経が長く優位に働き続けることになります。リラックスしている時間が短いわけです。すると、自律神経をコントロールする脳の神経細胞(ニューロン)が活動しっぱなしになって活性酸素が大量に発生し、酸化ストレスを受けます。この酸化ストレスというのは神経細胞にとって毒なのです。これが疲労の正体です。疲れると脳の細胞がサビるとイメージするとわかりやすいでしょう。
旅行に出かけることは日常とは違う刺激的な行為であり、予定を立てる、準備をする、同行者とさまざまな調整をする、などの時点で緊張と興奮状態になります。遠方に出かける場合、飛行機、列車、自動車などで長時間の移動をすることになり、渋滞がからむと肉体的にも精神的にも疲れるでしょう。
しかもお楽しみの目的地に着くと、気分が高ぶって知らない場所をぐるぐると観光し、いつもより大いに歩き、たくさん買い物をして、おいしいものや珍しいものをあれこれと食べ、お酒の量も増えます。宿に着けば、やれやれひと息しようと言いながら、休む間もなく温泉に入りたくなります。実際に、日ごろより熱いお湯に、長い時間、それもくり返し入ることが多いでしょう。
さらに、旅の初日はとくに寝つきが悪くなります。「枕が変わると眠れない」という人は多いのですが、昼間の興奮に加えて、環境が変わったことで緊張し、安眠できないのは自然な現象でもあります。つまり、旅や温泉浴は、それだけ心身に負荷が強くかかる、疲れる行為なのです。

疲労回復にと温泉旅やサウナでととのえるのは間違い【疲労の医学博士に聞く】
疲労回復のために、「連休は温泉旅行に出かけてのんびりしよう」とか、「サウナでたっぷりととのえよう」と考える人は多いのではないか。しかし、疲労医学の第一人者でベストセラー『すべての疲労は脳が原因』(集英社新書)シリーズの著者・梶本修身医師は、「連休だからと遠方の温泉に出かけても、実は疲れが増幅するだけ。連日サウナに入るのも同じことです」と話す。ではどうすればいいの!?
1〜2泊の温泉旅行はかえって疲れるだけ
温泉浴で汗をかくのは強い運動をしているのと同じ
――温泉地では、温泉の入り方の注意が掲示されていますね。長湯をしない、お酒を飲んで入らない、1日目の入浴は2回までに、などの記述を見かけます。
梶本医師:その注意のとおりに、無理をしない入浴をすることが、疲れを軽減する旅のポイントのひとつです。旅行で気持ちが高ぶると、実際には疲れているのに脳が元気だと錯覚します。そして、「せっかくの温泉だから」と、熱い湯に肩までつかる、長湯、くり返し湯をしがちでしょう。
疲労が蓄積すると、全身の組織や血液中に疲労因子「FF(Fatigue Factor)」(Fatigue・ファティーグは「疲労」の意味)というタンパク質が増えることがわかっています。また、これに対抗するように、疲労回復因子(FR:Fatigue Recovery Factor)も出現します。
我々の研究チームで、「42度の熱いお湯で半身浴を8分間」した後、「肩までつかる全身浴を8分間」行い、疲労因子FFと、疲労回復因子FRの分泌量を調べる実験を行いました(図参照)。その結果、半身浴でも全身浴でもFFは右肩上がりで増え続けました。一方でFRはというと、全身浴では増えませんでしたが、半身浴では右肩上がりに増えるという結果を得ました。

つまり、42度以上の熱い湯につかると疲れるだけということ、全身浴よりも半身浴のほうが疲労回復になることが判明しています。
全身浴では心臓や血管に負荷が強くかかることも明らかで、強い運動をしているのと同じです。すると自律神経は心拍や血圧を平常時に保とうとフル稼働をするので、自律神経の中枢がある脳は疲れるのです。
――確かに調子に乗って1日に何度も温泉に入り、めまいがして吐いたことがあります。
梶本医師:めまい、おう吐、のぼせは、ほかの病気がないなら、「これ以上疲れると危険ですよ」と脳が発するサインです。自律神経が心身の状態を調整しきれずに、バランスを崩した状態ですね。体調に異変を感じたらすぐに安静にしましょう。
サウナは脳疲労が蓄積、水風呂との往復でヒートショックも
――では、近場のサウナで「ととのえよう」とするのも、同じメカニズムで疲れるということでしょうか。
梶本医師:そうです。サウナは高温なので数分間で体温を上昇させますが、この異変を察した自律神経は、発汗させて体温を下げるように働きます。
そして呼吸が苦しくなって水風呂に入ると、激しい温度差で交感神経が刺激され、血圧が急上昇してさらなる自律神経の働きを必要とします。当然、脳疲労は蓄積します。高温サウナと水風呂の往復は血圧の上昇と低下をくり返すので、ヒートショックを起こして脳梗塞や心筋梗塞の原因にもなりかねません。とくに自律神経の働きが弱くなる40歳以上の人は注意が必要です。
疲れにくい温泉旅のコツ
――計画、移動、観光、温泉浴、飲食、睡眠…すべての行動が日ごろと違うので交感神経が優位になりっぱなしで疲労がたまるということですね。では疲れにくい温泉旅の方法はありますか。
梶本医師:実のところ、休日に疲れを回復させるには、安心できる自宅で何もしないで、ごろごろ、だらだらと過ごすことがもっとも良い方法です。
それでも旅に出たい場合は、できるだけ近場で3泊以上とし、移動しない日を設定することです。また、温泉は38~40度程度のぬるい湯に半身浴で10分以内、1日2回までにしましょう。肩までつかりたい場合は、1~3分以内とし、それ以上は半身浴に切り替えてください。
目安として、汗ばんでくると自律神経に負荷が強くなっているサインです。汗ばんできたな、と思ったら湯から上がりましょう。汗が流れ出すと運動のし過ぎと同じで、脳が疲れていると察知してください。
そして、食べ過ぎ、飲み過ぎにならないように、日ごろの食事量程度をよく噛(か)んでゆっくりいただいてください。消化吸収は、副交感神経が優位にならないと促進されません。旅先で便秘になりやすい理由は、緊張や興奮で交感神経が優位になり続けているからです。
疲労回復にとって最重要なのは睡眠です。寝る前3時間は水や白湯以外は口にしないで、7時間ほどは睡眠時間をキープしましょう。翌朝すっきりと起きることができたら疲れは回復していますが、起きづらいなあと思ったら疲れがたまっていると意識して、その日の行動をセーブしてください。
――疲れにくいサウナの活用法はありますか。
梶本医師:入らないにこしたことはありませんが、どうしても活用したい場合は、急な温度差を極力避けてください。先に湯につかって体を温めてから、高温サウナではなく40~60度のミストサウナやスチームサウナを5分程度利用するようにします。そのほうが皮膚の乾燥も防ぐことができます。サウナ後の水風呂は避けて、ぬるい温度のシャワーをしてください。その後、安静にする時間を持ちましょう。
――ありがとうございました。癒しの温泉旅のつもりが、緊張と興奮、移動と温泉浴という運動過多、食べ過ぎ・飲み過ぎで消化不良、さらに睡眠不足と、逆に疲れ旅に出かけているだけだった……なるほど、どれも思いあたります。次の旅では近場で3泊以上とし、温泉の入り過ぎをセーブし、ゆっくり休憩する時間を設けたいものです。
取材協力・監修:梶本修身 構成・文 藤井 空/ユンブル
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