毎年10月に発表される「TRYラーメン大賞」が今年も開催された。著名なラーメン評論家が1年かけて食べ歩き、そのなかから選び抜いた名店をランキング形式で紹介する“業界最高権威”ともいわれる賞である。今年の「第23回 TRYラーメン大賞 2022-2023」では、「らーめん 藁」が新店大賞を受賞した。新店部門は2021年7月1日~2022年6月30日にオープンしたお店が対象となっている。
オープンわずか4か月で「TRYラーメン大賞」新店大賞受賞の名店が、店内に一切ウンチクを貼らない理由
例年、秋はラーメン業界が騒がしくなる季節だ。今年は新型コロナウイルスの影響で中止となっていた「大つけ麺博」(新宿・大久保公園)が3年ぶりに復活。駒沢オリンピック公園では「東京ラーメンフェスタ」も開催される。ここ数年寂しい秋が続いたが、「ラーメンの秋」が戻りつつある。
注目のラーメン店「らーめん 藁」
「第23回 TRYラーメン大賞」新店大賞

「第23回 TRYラーメン大賞 2022-2023」で新店大賞
JR東海道本線・辻堂駅の西口から住宅街を歩くこと14分。国道1号線沿いに「らーめん 藁」はある。なんと、オープンは2022年の6月22日。開店からわずか4か月で栄冠に輝いたのだ。

最寄り駅から徒歩14分
店主の廣田裕さんは北海道生まれ横浜市戸塚区育ち、小学校3年生の時に父の実家のある茅ケ崎市に移った。父が幼い頃からあった茅ヶ崎駅前の「都亭」(現在は閉店)に通い、ラーメンをよく食べていた。ラーメンは廣田さんのソウルフードだった。

「らーめん 藁」店主の廣田さん
大学を出て、30歳まではアルバイトの日々を過ごし、30歳を区切りにして定職に就くことに決めた。ここで頭に浮かんだのが一番好きな食べ物であるラーメンだった。
仕事をするならいつか自分の城を持ちたいと思っていた廣田さんは、ラーメン屋になろうと決意する。
5年という期間を決めて修行開始
当時、東京の町田に住んでいた廣田さんは塩ラーメンの名店「町田汁場 しおらーめん進化」に月に1回ぐらいのペースで通っていた。

廣田さんが修行した名店「町田汁場 しおらーめん進化」
醤油ラーメンが好きだった廣田さんだが、塩ラーメンをまったく知らなかったので、あえて「進化」で修行して学びたいと思った。店に貼ってある求人を見て、思い切って応募してみることにする。こうして廣田さんはラーメンの世界に飛び込んだ。
「独立を前提に入れていただき、期間は5年と決めていました。自分の性格上、納得したら独立という形にすると延々と伸びていくと思ったので、期間を決めさせていただいたんです」(廣田さん)
「進化」の店主の関口信太郎さんはラーメンの肝である“塩”をはじめ、気になる食材に出会ったらあり得ないレベルでのめり込み、ラーメン道を極めていくタイプ。廣田さんは働けば働くほど関口さんの凄さが分かるようになってきたという。
入店してから1~2年はとにかくがむしゃらに目の前の仕事をこなした。1年経たないうちに町田駅前店の店長になり、店を任されることに。
「自分が任されたお店を守れない奴に自分の店なんかできるわけがありません。とにかく『進化』をしっかり守っていこうと目の前の仕事をしました。関口さんに少しでも追いつけるようにと必死でついていきましたね」(廣田さん)
3年目から独立を少しずつ考え始め、ラスト1年で準備を始める。
独立した時のメニューを想定したラーメンを「進化」の限定メニューとして作らせてもらい、様々な食材を試すことができた。
駅から遠くても味が良ければ勝負できる
高校の同級生である奥さんも茅ケ崎市出身ということで、独立するなら地元の茅ケ崎でやろうと決めていた。しかし、駅前で探すもののいっこうにいい物件が出てこない。翌年3月に「進化」を卒業することは決まっていたが、もう年末になっていた。
「物件探しには一番苦労しましたね。結局1月に見つけたこの物件にしたのですが、駅から遠いこともあり、とても不安でした」(廣田さん)
確かに、駅から徒歩14分というのは距離にして1km近くあり、決して便利な場所ではない。しかしここで背中を押してくれたのが、師匠である関口さんだった。「進化」の本店は小田急線の町田駅から徒歩16分、JR横浜線の町田駅からはなんと徒歩20分だ。しかもマンションの1階というわかりづらい立地で連日行列を作っているのである。

「町田汁場 しおらーめん進化」のしおらーめん
「この立地で大丈夫かどうか相談すると、関口さんは『味が良ければ絶対いけるはず』と勇気をくれました。それでも不安は残りましたが、思い切ってここに決めたんです」(廣田さん)
店名は笑顔溢れるお店になれるように、「笑」の「わら」を文字って「藁」と名付けた。「藁」はその昔、生活を支える身近になくてはならないものだった。かといって主張することもなく、身近な存在であり続ける。このお店もそういう存在になりたいという廣田さんの思いが込められている。
塩ラーメンの名店のはずが、看板は醤油ラーメン?
看板メニューは「しょうゆらーめん」。

「らーめん 藁」のしょうゆらーめん(二色の味玉トッピング)
塩ラーメンの名店出身であるにもかかわらず、券売機の左上が「しょうゆ」であることはラーメンファンの間でも話題になった。これには大きな理由がある。

券売機の最上段が「しょうゆらーめん」に
「都内でも代表的な塩ラーメンの名店『進化』出身で、看板メニューを塩ラーメンにすると、その瞬間から『塩ラーメン屋』になってしまうと思ったんです。塩ラーメンももちろん自信がありますが、自分は醤油ラーメンが一番好きだし、醤油も食べてほしい。そうなると看板メニューを『しょうゆらーめん』にするほかはなかったんです。それだけ『進化』のイメージが大きいということですね」(廣田さん)
開店当初から「オススメは塩じゃないの?」と聞かれることがしばしばあるという。そのたびに「どちらもオススメです」「私がしょうゆラーメンが一番好きでして」と答えているという。
醤油と塩それぞれに合った麺を製麺
「藁」は麺へのこだわりがハンパではない。
「しょうゆらーめん」は平打ち麺、「しおらーめん」は細めストレート麺と麺を変えている。しかも自家製麺だ。

平打ち麺(左)と細めストレート麺(右)
「麺だけは譲れなかったポイントです。『進化』で一番勉強になったことですね。働くまでは『麺が旨い』という感覚になったことはなかったのですが、『進化』に入ってからそれぞれのスープに合う麺が存在することを知ったんです。『藁』では他ではあまり見ないけど奇はてらってはいないギリギリのところで麺を作っています」(廣田さん)

特に「しょうゆらーめん」の平打ち麺は珍しい。鶏・鴨・豚の厚みある清湯スープに、4種の醤油を合わせた醤油ダレを合わせ、少し甘みが特徴的なスープに仕上げている。平打ち麺がこのスープをこれでもかと持ち上げてくる。通常の細麺よりも麺の表面積が広い分、スープが持ち上がってくるのだ。
「しおらーめん」は鶏ベースの動物系に、鯛煮干しなどの魚介系を合わせたWスープ方式だ。醤油らーめん以上にダシ感が強く、柔らかく茹でられた細麺はスルスルと啜り心地が良く絶品だ。

「らーめん 藁」のしおらーめん
廣田さんは「進化」では製麺担当ではなかったので、独立に向けて製麺を学んだ。だからこその自由な発想で、他にはない麺にトライできているのだという。
「ウンチクを知ったからラーメンの味が変わるわけではない」
ここに来たら絶対トッピングしたくなるのが「二色の味玉」。

白身部分の色に注目
「藁」の味玉は、塩味と醤油味の「二色」でトッピングされてくるのだ。そもそも、2種類の味玉を作ること自体が凄いのに、それを半玉ずつ入れようという発想も凄い。
スープの中だとそれほど味の違いは出ないのではと思い、食べてみると、驚くほどに味わいが違うことに気づく。しかもどちらもマッチしていて美味しい。食べながら「これは面白い」と感じた。これが廣田さんの狙いなのである。
「自分のラーメンは“普通の中の最高“になれればいいなと思って作っているんです。派手な個性や奇をてらったことはできないので。そのためには“普通”の中に“面白さ”を組み込む必要があるなと思いました。醤油と塩で印象を変えたかったので、スープだけでなく麺も変えました。二色の味玉も“面白さ”を狙ったトッピングです」(廣田さん)
このシンプルな中での新しさが「TRYラーメン大賞」の評価に繋がったのだろう。
「地元密着で細く長く続けていきたい」
これほどまでにこだわり尽くした「藁」のラーメンだが、店頭や店内の壁にはウンチクが一切貼られていない。

メニューもシンプルなたたずまい
これは筆者が入店してまず思ったことだ。
「お店でお客さんにくつろいでいただくことを考えると、ここはリビングルームです。そうなるとウンチクなどの予備知識は不要かなと思いました。ウンチクを知ったからラーメンの味が変わるわけではありません。食べて美味しく帰っていただければそれで最高だと思いますので」(廣田さん)
こだわりを書かないことが廣田さんのこだわりなのだ。“普通の中の最高”になるためにはウンチクは必要ない。
「まさかうちが受賞するとは思っていなかったのでとても驚いています。『進化』の看板に泥を塗らないように、少しでもかすってくれればと思っていたので大変嬉しいです。これからも地元密着で細く長く続けていきたいと思います」(廣田さん)
とてもまっすぐな廣田さんの思いが一杯のラーメンの中に詰まっている。ラーメンの美味しさだけを持ち帰ってもらえれば、廣田さんの思いはしっかりと伝わっている。
取材・文・撮影/井手隊長
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