――以前、漫画誌「ココハナ」の連載『とことこクエスト』で、くらもち先生が名久井さんおすすめの陶器店に行く回がありました。おふたりは、どんなきっかけでお知り合いになられたのですか?
くらもち 文庫版『いつもポケットにショパン』の新装カバーでご一緒したのがきっかけです。「有名なデザイナーさんがいる」と編集部の方から紹介いただいたのですが、出来上がったカバーが斬新で! まさかのモノクロだったものですから…「この人はただ者ではない」と思いました(笑)。

「実は先輩後輩! 武蔵野美術大学時代の思い出を語る」くらもちふさこ×名久井直子スペシャル対談(上)〜デビュー50周年記念画集『THEくらもちふさこ』こだわりのすべて その2
画集「THEくらもちふさこ」のデザインを担当した名久井直子さんとくらもちふさこ先生の初対談。本とペンをにぎりしめ、恥じらいながら互いに「サインしてください!」とあいさつを交わすキュートなおふたりの“ほんわかトーク”をお楽しみください。(撮影:細川葉子)ⓒくらもちふさこ/集英社
名久井さんは<予想外>をする人
名久井 私は先生の作品の読者なので、お仕事でご一緒する前から勝手に慣れ親しんでいました(笑)。『いつもポケットにショパン』のときは、作中で「音楽が流れるイメージ」を表現しようと苦心した記憶があります。あと、連載時の手描きロゴがとても好きだったので、効果的に使いたかったのです。
文庫版『東京のカサノバ』の新装カバーでは、せっかくなので前のカバーからイメージを変えて、暁とターコが並んでいるものにしました。

パステルのストライプがチェックのように画面全体を彩るポップなデザイン。原画のイメージを一変させた(撮影:ハナダミチコ)

『東京のカサノバ』1983年別冊マーガレット12月号扉 Ⅲ期展にて展示。人物イラストの上にピンクの紙を重ね、破いて貼っている(撮影:細川葉子)ⓒくらもちふさこ/集英社
くらもち これも予想外でした。『東京のカサノバ』は夜のイメージがあるのですが、とてもポップなデザインに仕上がっていて「面白い人だな」って(笑)。私は、新鮮に感じられることが好きなんです。どんなものが出来上がるかわからないのが楽しくて、文庫版『駅から5分』のカバーも名久井さんにお願いしました。あれも大好きなデザインです。
名久井 意外な配色で綺麗ですよね。
くらもち 名久井さんから「地図を描いてくれませんか?」と言われて。どういう使い方をするのかはうかがっていましたが、自分の頭の中で考えていたものよりも良いものができました。私の地図の描き方がもっとおしゃれだったらなぁ(笑)。
名久井 おしゃれですよ!

『駅から5分』文庫カバー描きおろし地図 駅の近くのチョコレート工場もしっかり描かれている ⓒくらもちふさこ/集英社
くらもち 私の描いた地図をカバーしてくれるほどのものが出来上がったから、あの時点で「名久井さんは私のもの」と思っていました(笑)。
名久井 ありがとうございます。ついていきます(笑)。
くらもち先生と名久井さんの大学生活
――くらもち先生と名久井さんは、ともに武蔵野美術大学出身ですよね。
くらもち&名久井 そうなんですよ!
くらもち 実はその話は今までしたことなかったですよね。年齢も離れているし、デザイン科と日本画だから、両極端です。私が学生の頃は、デザイン科は憧れの的でした。颯爽とした感じで。
名久井 いやいや…こちら側からファインアートはすごいなって。ただ、授業も校舎も別棟が多いので、交流は少ないですよね。
くらもち 今もまだ食堂とかありますかね?
名久井 ありますよ。くらもち先生が卒業されたあとに大きな校舎ができて、その地下にも食堂ができました。
くらもち そうなの?
名久井 私が卒業したあとにもまた新しく校舎ができて、結構変わりました。
くらもち そうなの!?
名久井 昔ほど牧歌的ではない感じがしますね。私がいた頃は校内のびわの木から実を採って食べたり、彫刻科から鉄板を借りてきて焼き肉をしたりしていたけど……(笑)。
くらもち そうそう、昔は何でもありだったよね(笑)。
地味な学生生活からも生まれる物語
――『学生会議の森』の並木道は、大学へ行く道をモデルにしているそうですね。

『学生会議の森』扉絵 1977年別冊マーガレット4月号 並木道を静かに歩いて通学するシーンから物語が始まる ⓒくらもちふさこ/集英社
くらもち&名久井 玉川上水!
くらもち 今も昔も、私は自分の周りのものを漫画のネタにしたくなるんですね。場所も人の名前も(笑)。欲張りなんですかね。
名久井 そこがすごいんですよ。私は同じものを見ていたのに、玉川上水を何にも使えていないですから(笑)。いつもあの道を通りながら、太宰治のことを考えたりはしていましたが。
くらもち それは私も考えていました。やっぱり考えちゃいますよね。あの道は、いつも重いパネルを持って歩いていました。課題の荷物がずっしり重くて。
名久井 そうそう。それに、道もガタガタしていて、足場が悪いでんすよね(笑)。私は学生のころは勉強とバイトしかしていない地味な学生でした。運良く現役で入れたけど、当時は4浪、5浪の人もたくさんいて、みんなすごく上手なんですよ。私はずっと劣等生で、勉強するのに必死でした。漫画になりそうな華やかな出来事はなかったですね。
くらもち 私も地味な学生生活を送っていましたよ。華やかな思い出は、芸術祭くらいかな?
――『銀の糸 金の針』では芸術祭のことが描かれていますね。

『銀の糸 金の針』カラー 1981年別冊マーガレット9月号 Ⅲ期展示の原画の1枚 (撮影:細川葉子)ⓒくらもちふさこ/集英社
くらもち そうです。芸術祭のときの雰囲気を描いてみようと思っていました。私は高校が女子校だったので、羽目を外すような学園祭の経験がなくて、大学の芸術祭で急に「いままでと違う世界」を見たんです。初めて知ったあの面白さを作品に入れたつもりでしたが、当時の担当編集さんには「何が言いたいのかわからない」と言われました(汗)。確かに、私もその面白さを言葉として表現できていたわけではなく、感覚でしか伝えることができなかったんです。それでも、その感覚をキャッチしてくれた読者の方もいて。私はそれだけで十分だし、成功だと思っています。

『銀の糸 金の針』後夜祭のビールかけのシーン。美大の芸術祭は作品展示の場でもある。準備期間の緊張からの解放が心地いい ⓒくらもちふさこ/集英社
観察から生まれるもの
名久井 ご自身の体験すべてを漫画に使うことはどうしてもできないと思うのですが、体験以外の創作の源は何なのでしょうか?
くらもち 生活をしていて、自分が持っていないところを持っている人や、「そういう考え方をするんだ」という人に出会うと、「この人を描いてみたい!」「この人を自分が料理したらどうなるんだろう」と思うことがあります。キャラクターが見えると、細かいエピソードも生まれてくるんですよ。
――さきほど「マーブリング」を使った絵が多いのは、予想外のものが生まれるのが楽しいから、と仰っていましたね。

『海の天辺』扉絵 画集ではマーブリングを外して、総扉に使用した (撮影:細川葉子)ⓒくらもちふさこ/集英社
くらもち はい。決まった通り、考えた通りにならないのが面白いと思っています。普通の生活をしながらいきなり面白いものが飛び込んでくるのが良いから、自分から求めず、アンテナだけはっています(笑)。
名久井 先生は観察者なんですね。
くらもち たしかに観察するのは好きです。私、昔から人付き合いが苦手なんですよ。誰かと一対一になって話すことに悩んできた人間だから、それまでよくわからなかった相手のことが見えてくる瞬間を面白いと感じるんです。それが自分の描きたいキャラクターに繋がるんだと思います。
対談<中>につづく
ⓒくらもちふさこ/集英社
撮影 細川葉子
取材・文 ハナダミチコ

©くらもちふさこ/集英社
デビュー50周年記念くらもちふさこ展―デビュー作から「いつもポケットにショパン」「天然コケッコー」「花に染む」まで―
<開催地>弥生美術館
<開催期間>2022年1月29日(土)〜2022年5月29日(日)
<リンク> https://www.yayoi-yumeji-museum.jp/yayoi/exhibition/now.html
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